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2013年3月

日本語文法:「虫の目」、「話者の目」視点の言語

2013/03/30(土)

(1)日本語の立ち位置

 再読:『英語にも主語はなかった』金谷武洋:講談社選書メチエ:2004年1月10日
 初読:『日本語の深層』<話者のイマ・ココ>を生きることば:熊倉千之:筑摩選書:2011年7月15日

○どちらの本も、日本語の本質を分析したもので、
日本語の構文が印欧語・中国語のような「神の目:客観・遠景の目」から陳述されるものでなく、「虫の目、話者の目:主観・近景の目」で語られるものだという。

○どちらの本も、時間表現の比較では、
・印欧語は「過去・現在・未来:絶対時制(テンス)」を持つが、日本語は「完了・未完了:相対時制(テンスよりアスペクト)」をもとにするという。
・日本語文法書で、「過去形=過去」/「非過去形=現在・未来」との表現をするものもあるが、
 絶対時制と混同しやすい「過去形/非過去形」用語は使わないほうがよい。
・相対時制と絶対時制の関係は、「完了=過去・現在・未来」、「未完了=過去・現在・未来」と見るべきなので、文章の時制は、文脈の中の相対時間に拘束されるだけです。

○どちらの本も、「モノ」と「コト」のとらえ方を解析しています。
・印欧語では、「主語+述語+目的語」構文を述べる必要から、「モノ」を拾い上げて「モノ」に役割・所作を与えます。
・日本語では、関わる「モノ」がどういう状態になるかの「デキゴト」を述べます。
○熊倉本には、もっと「日本語の深層」を体験できる内容が述べられてあります。
(ぜひ、一度お読みください)

(2)主観的と客観的/能動と受動

 虫の目、話者の目が主観的な語法であり、神の目が客観的な語法なのだと一応の区分けする。
○しかし、「神の目:上から目線」で「行為者」、「被行為者」、「対格物」を説明することで、客観的な表現が可能になるわけではない。
注意しないと、他動詞を多用する言語では、攻撃的な文化を誘発してしまう。
 日本語の場合、
○他動詞が行為者と被行為者の間での行為を表現する。能動行為と受動行為が双対で存在する。
○自動詞が行為者(自然物も含め)の行為・状態を表現する。
話者の目から見ると、行為者の能動行為によって、直接または間接に影響を受けると感じるコトを受動行為で表現する。
つまり、自動詞でも能動と受動の双対関係が確立されている。
○これは言語文化として望ましいと言える。主観的な「話者の目」とは言え、行為者・被行為者のどちらの立場になったとしても、能動/受動で事態を表現できるのだから。

(3)例文:「ドアが閉ります」

 金谷本の例文:
「ドアが閉ります。ご注意ください」と言う電車内の車掌アナウンスについて、日本語勉学者から
○なぜ「ドアを閉めます」とアナウンスする車掌がいないのか?
と質問があったそうだ。

○車掌が自分の能動行為を明言すると、乗客は「閉められる」という受動行為を感じてしまう。
○閉める結果で「ドアが閉まる状態」をアナウンスする方法なら、車掌も乗客も直接の行為(能動/受動)を感じない。

 印欧語の場合、行為者が能動行為をする構文が好まれる。
○受動行為の表現では、対格物が主語になる。(被行為者が対格でない場合の受動表現は少ない)
・「本が贈られる」、「足が踏まれる」、「財布が盗まれる」が印欧語の受動表現です。
○一方、日本語話者ならば、
・「本を贈られる」、「足を踏まれる」、「財布を盗まれる」というのが普通でしょう。
○これが、被行為者として話者が受動行為を表現する文法則ですね。
○行為者に能動述語を、被行為者に受動述語を組み合せるという原則があるから、構文のなかで人称名詞を立てなくても意味が十分に通じます。
○行為者が能動述語を使う場合にも、同様の配慮があります。
「ドアが閉ります」のように「対格物の結果状態」を示して、行為の能動性を弱める言語活用です。
○「お茶がはいりました」、「用意ができました」などと自動詞構文にするという言語文化です。

(4)「モノ」と「コト」の撚り合せ

 熊倉本の「はじめに・あとがき」に記された思いの底流には、
○日本語の主観性が「モノ造り」技術に活かされている。しかし残念ながら世界を動かす「コト造り」には期待されていない。
○日本語は使い方次第で「世界のコト」を動かせるのではないか。
○印欧語・中国語の「客観」の良い部分を使い分けながら、日本語の良さとも共存させれば「コト」を成就できるのではないか。
○日本語での抽象単語は漢字・印欧語を援用する場合が多いが、事態の「~するコト」表現は慣用されている。
○能動重視的な印欧語・中国語が世界を救えるとは思えない。日本語話者が双方のよいところを撚り合せて貢献する余地は大きい。
○主観と客観がしっかりと二重らせんのように撚り合される状態を保つ努力が必要なのだろう。

日本語文法:修飾、副助詞、接辞、膠着?

2013/03/19(火)

(1)金谷本の再読:『英語にも主語はなかった』

 『英語にも主語はなかった』金谷武洋:講談社選書メチエ:2004年1月10日
を-:再読、}:斜め読みしている。):
能動/受動双対関係の文型記号を-:試したり}:思考したり}:している>:と、金谷本の「虫の目」が-思い出された。(:
金谷曰く}:
現代の英語が-:「神の目」視線で言葉をつむぐ>:のと-:くらべ、}:日本語は*:「虫の目」視線で-:ことばを-:発する。):

(2)金谷本での角田太作/寺村秀夫論評

 本題の「虫の目」に-:入る>:前に-:読み直して}:再発見した>:ことを-:記す。):
金谷曰く}:
角田太作は『世界の言語と日本語』で英語におけるDoの大活躍ぶりを理由に「万能助動詞Doは他の言語に見当らない珍しいものである」とも「英語はこれらの点で実に特殊な言語である。決して、人間言語の中で代表的な、標準的な言語ではない」とも述べている。言語類型論(タイポロジー)の分野の専門家で世界の130にも及ぶ言語を比較検討した上の言葉だから説得力がある。
と-:金谷本に記述がある。):
また、金谷曰く}:
(三上章:主語廃止論・述語一本立て)寺村秀夫が三上文法の学問的後継者と見なされているが、日本語学派の「三上離れ」は寺村自身が種を蒔いたものだ。それは『日本語のシンタックスと意味(1)』を読むとよく分かる。こういう箇所がある。
 --日本語では、補語は、シンタクティックには、任意要素である。
  また、述語の性質によって、ひとつだけのことも、2つ以上のこともある。--
「述語が補語を少なくともひとつとる」というのは、明らかに三上の「述語一本立て」の主張に反する。
(三上が注目した話者の心的態度のムード/コト二分法)を寺村は発展させ、豊かな研究結果と学問的後継者を多く出した。その反面、三上文法の生命線である「述語一本立て」が背景に押しやられるという弊害を生んだ。と-:金谷本で記してある。):

○今回、-:金谷本を-:再読して}:角田太作/寺村秀夫の業績が-:記述されて{:あることに-:気づいた。):
○「人魚構文」新聞記事に-:触発されて{:角田論文を-:ネットから-:引出したり}:「連体修飾節+被修飾名詞」関連論文を-:検索・ダウンロードして}:思考実験した>:直後でしたから、}:これもまた、おもしろい>:巡り合せです。):
○寺村書籍を-:直接でなく、}:「連体修飾節+被修飾名詞」(関係節)について-:後継者が-:発展分析した>:もの2編のPDFを-:読みました。):
○角田論文も-:分析手法など関係節と同様な論調では-:ありますが、}:肝心な結論が-:無残なものです。):
○「人魚構文」=「動詞述語文(意味完結述語文)+名詞だ」と-:定義された。(:
(関係節)「連体修飾節+被修飾名詞」と-:比較検証する>:場合、-:関係節内で述語文が-:完結し}:被修飾名詞が-:意味論的に完結文の外に出ている>:構文=「外の関係」の構文を-:対象にすべきです。): 角田論文では-:関係節に対する例文に-:内・外の構文を混用している。):
 「外の関係」の関係節は*:人魚構文と-:なにか違いが-:ありますかね。):

○角田結論は*:端的に言えば、「動詞述語文>:名詞だ):」を-:「大きな名詞述語文」だ}:と-:みなす}:よりも-:「動詞述語文+名詞接辞(複合述語=動詞と名詞の複合とみる)」と-:解釈する>:ほうが-:言語の一般文型に-:適合させ得る。):と-:記述した。):
なんとも無残で}:日和見的な結論に-:なったこと。):
○角田論文も-:「主語のない名詞文」に-:耐えられない>:という立場なのでしょう。):
○日本語文法の現状は、*:日本語の膠着語としての振舞いに-:惑わされて{:語尾に-:いろいろな語句が-:連結されて{:いく>:「たび」に-:その接辞機能を-:分類する>:ことで-:なりたっている。):
○一般大衆の言語運用メカニズム(文法則)が-:働く>:原点・原典は*:もっと根源的な>:弱くても-:切れない>:法則に-:支えられて{:いる>:はずだ。):
○広く適用できる>:「連体修飾節+名詞」=「大きな名詞節」の文法則のほうが-:はるかに優れている。):

(3)「虫の目」視点

 本題にもどりそこねて、今回は「虫の目」視点をまとめられなかった。別の機会にまわしたい。
「述語一本立て」:金谷武洋ならば、角田論文:人魚構文の解析法を何と評価するのだろう。

日本語文の構図:文型記号を再考する

2013/03/15(金)

(1)文の要素を記号で表示する
日本語文の構図:盆栽型から熊手型へ
日本語文の構図:盆栽型から熊手型へ
で記述した「文型記号:文要素の識別記号」について再考しました。
 今回あらたに提案し直したい。
日本語の動詞述語は、能動形と受動形が双対性を持っているので、能動/受動を区別できる双対記号を割当てます。
①主題記号「~は」: *:
②補語記号「~格助詞」: -:
③述語完結記号:
  能動 ): 受動 (:
④述語修飾記号:
  能動 >: 受動 <:
⑤述語連節記号:
  能動 }: 受動 {:

 述語には、能動/受動の態(ボイス)が裏・表の対関係で必ず存在するというのが、日本語の構造です。

 参考文例に文型記号を書き入れて示します。
・警官が-:必死で-:逃げる>:犯人を-:追いかけた。):
・太郎は*:かめが-:こどもたちに-:いじめられている<:のを-:みて}:いそいで}:救けました。):
・きのう-:図書館から-:借りて}:来た>:この本は*:タイトルに-:惹かれた<:んだよ。): すぐ-:読んだが}:面白かった。):
・「北海道から-:母が-:出て}:来た>:んです。):」

(2)文型記号で態様(ボイス)を見極める

中島本文例:
◎①女が-:なぐられた<:男に-:復讐する。):
△②なぐられた<:男に-:女が-:復讐する。):
×③女が-:なぐった>:男を-:復讐する。):
◎④男が-:なぐった>:女に-:復讐される(:
△⑤なぐった>:男が-:女に-:復讐される。(:
×⑥なぐった>:男を-:女が-:復讐する。):

 思考実験で、①~⑥の例文に評価点をつけました。
文法的には間違いと言えないが、紛らわしさが起きやすい文に×印をつけました。
一つの評価尺度は、視点の固定状態が定まっているか。
○女からの態:なぐられた/復讐する。
○男からの態:なぐった/復讐される。
という述語の態が一定の立場を明確に表現しているかです。
もう一つの尺度は
○従属節+主節の構造が、時間順もしくは原因・結果を現す場合、
従属節の修飾強度を弱くして、述語連節形に変更して文意を確認する。
×③女が-:なぐって}:男を-:復讐する。):
×⑥なぐって}:男を-:女が-:復讐する。):
述語連節形に変換して従属させると意味が変ってしまう。
それ以外の各文は述語連節形にしても意味が変らない。安定した表現と言える。

高橋本の文例:『すっきり!わかりやすい!文章が書ける』:すばる舎:高橋俊一(訂正追記)
△・警官が-:必死で-:逃げる>:犯人を-:追いかけた。):
◎・警官は*:犯人が-:必死で-:逃げる>:の):を-:追いかけた。):

○警官の態:追いかける/逃げられる。
○犯人の態:逃げる/追いかけられる。
述語が追いかける/逃げるの能動/受動がたすき掛けになるので、
両方とも能動述語で表現している。
○両者能動の場合、
・~①は*:、~②が-:~②する>:の(>:)を-:~①する。
という構文が好まれるのかもしれない。
それが◎印をつけた理由です。

(3)連体修飾節が日本語の「関係節」

 「連体修飾節」が印欧語系の「関係(代名詞)節」に相当する機能を持つと思っているが、
○日本語では「(人称)代名詞」を使わないから、「関係節」と呼ぶほうが実態に合っている。
○代名詞を文中に振りまかないから、文中の視点位置を一定にした「態の使い方」が求められる。
○「関係節」を時々「述語連節形」に変換して意味が通じるかの確認をする。
○「述語連節形」は時間順に並ぶ事象の説明に適するので、そういう構文ならばわかりやすい文章だろう。

日本語の基本文型:人魚構文を捨てる理由

2013/03/12(火)

 3月5日、朝日新聞夕刊文化面に載った国立国語研名誉教授・角田太作:「人魚構文」取材記事や角田論文PDFに対して、すでに2回も当方の感想を記述してきた。
この3回目で人魚構文を離れることにする。

(1)なぜ既知の落し穴に落ちますか
 角田例文:「太郎は明日、大阪に行く予定です」

 「動詞述語文:太郎は明日、大阪に行く」と「名詞(+だ)述語文:予定です」が合体する構文が人魚構文とのこと。
角田解釈では、名詞文での言い切り『太郎は予定です』に通じるから「奇妙な文」だという。
○では、(作例)「太郎は勘違いして時々、嘘を言う人間だ」を角田解釈すると、
 『太郎は人間だ』となり「奇妙な文」というのだろうか。
○統語的には同じ構造だから、両方ともに「奇妙な文」と解釈できる。そうでしょうか。
○問題は名詞文に対する角田解釈の仕方がそもそも間違いだと思う。
○名詞文は「予定です」、「人間だ」と考えればよいのです。
○名詞文に名目上の主格語がなくてもよいのです。
○「落し穴:文には主語が必須だと思うこと」
 日本語文では不要な補語は付けなくてよいのですから。
○「動詞述語文」と「名詞述語文」が連結して「意味の相互作用」が文章の意味を決めるのです。
○「意味の相互作用」とは、意味の重点が動詞述語部分にあるのか、名詞部分にあるのか、発話情景で決まる力関係のことです。
○後段の「名詞述語文」は(動詞述語文の意味作用を受けて)
 「(こういうことをする)予定です」、「(こういうことをする)人間だ」という構造になります。
○落し穴に入ったままだと、
 「こういうことをする」のが「予定です」
 「こういうことをする」のが「人間だ」
と解釈してしまう。(角田論文では言及していないが)

(2)知らぬ間に落し穴を作っていたのですか

○「(こういうことをする)予定です」という構文は、(連体修飾節)で「予定:被修飾語」を修飾していると考えるものですね。
○角田解釈では、
 「(こういうことをする)予定です」文型に焦点を当て、「(こういうことをする)予定を取りやめる」などの通常の動詞述語文型への拡がりは別扱いにします。
○角田解釈では、
 「(こういうことをする)予定です」文型にしぼったうえで、少し解釈を変形して
 「こういうことをする(予定です)」という方向へ向かいます。
○つまり、(予定です)は文章の付足し、文法上のムード・接尾辞のように位置づけたいようだ。
○ネットから入手したPDF角田論文を読んでいると、筋道がわかる。
・通常、「名詞述語文」=「主格語+名詞+だ」であるべきだ。
・だから、主格語がない「(こういうことをする)予定です」を「(連体修飾節)+予定」と解釈したくない。(なぜか?)
・主格語がないならば、動詞述語文のほうを主要構成とする。
・後続の名詞文を副助詞や、終助詞、ムード接尾辞的に解釈する。
・「大阪へ行く(だけ)です」の「だけ」と似たような機能を想定する。
という研究方針になっているように感じる。

(3)落し穴から出たほうが楽ですよ

 角田論文には前段の述語文に動詞文、形容詞文、形容動詞文、名詞文を据えて考察している。
後段の名詞についても各種考察がある。
・用例考察の方法・深さに問題があり、
×[花子は名古屋に行く]急な予定だ。(人魚構文では、「急な」の挿入はないという)
◎急な予定ができた。(通常の述語文なら挿入できるという)
○「予定」を接辞扱いするうえでは、「急な」挿入ができないほうがよいだろうが・・・
○しかし、用例を思考実験すれば、
「君には悪いが、太郎は明日、大阪へ行く楽な予定なんだよ」とか、
「太郎は今日、新潟に、明日、大阪へ行く強行予定なんだ」とか
なんの制限もないことがわかる。

○角田論文の随所に考証が不十分な部分があり、意図的に寸止めされて「連体修飾節」を避ける印象がある。
○人魚構文に限定するあまり、前段の述語文を「終止形述語」と見なしたいとの思惑が強すぎる。
 角田論文では、「な-形容詞」が非過去形の場合だけ「連体形述語」で名詞修飾するという。
 現在の口語文では、終止形と連体形がすべて同形になっている。(な-形容詞以外)
 また、過去形助動詞「~た」も動詞、形容詞の連用形に接続して過去終止形をつくる。
 これも終止形と連体形が同形ですから、すべての人魚構文の「前段の述語文」は「連体修飾節」構造と見るほうが、合理的で応用範囲も広くなります。
 (「前段の述語節」が「終止形」である例文を区別して提示していない)

○角田解釈に従っても「すっきり納得の文法則」を得られそうにない。

日本語の基本文型:人魚構文は無用に

2013/03/08(金)

 3月5日、朝日新聞夕刊文化面に載った国立国語研名誉教授・角田太作:「人魚構文」取材記事から話を先にすすめたい。

(1)角田例文:「太郎は明日、大阪に行く予定です」

 「人魚構文」とは、動詞述語文と名詞(+だ)述語文とが合体して一つの文になった構文です。
角田解釈では、「太郎は人間なのに『太郎は予定です』と表現するのは意味の点でおかしい。奇妙な文だ」というのが出発点でした。 (この出発点に得心が行かない。直前に基本文型を思考実験したばかりだから・・・)

(2)動詞:活用俯瞰図で確認

 すでに思考実験中の動詞:活用俯瞰図で人魚構文の論点を整理する。
日本語の動詞:活用俯瞰図

○文例の「~行く+予定です」は、活用俯瞰図表の「語句連結(+動詞/+名詞)」×「連体形」の交差欄の「書く+方法/考える+葦」に該当する活用が基本となるものだろう。
○「連体修飾」節が後続の「名詞」を修飾する形式で、さらには「名詞+通常の述語文」を修飾できる。
○角田論文は「人魚構文」のとらえ方を「考える+はずだ/書く+ところだ」などのムード・アスペクトに近い活用を想定している。
○なぜ、角田論文が「連体修飾」を採らず、接尾辞(ムード、アスペクト)的な位置づけにこだわるのだろう。
○後続の「名詞」は相当自由に選択可能だから、一々接尾辞と認定して文法化していくならば、ややこしくなるだけだ。

(3)提案:「人魚構文」の定義を廃止する。

○「動詞(イ形容詞/ナ形容詞)述語文」に「+(の)だ/+なのだ」を付加して名詞述語化する構文を、いわゆる人魚構文とみなす。
○つまり、(表2)日本語の基本文型:全部が名詞述語化へ変化できる(次節の図表参照)
で示した文型がいわゆる人魚構文でしょう。
○ことさら人魚構文と名付ける必要がないのですが・・・
○角田論文でいう人魚構文=「動詞述語文」+「名詞+だ」は、文法則を膨大化するだけで利点が少ないので廃止する。
○その代わり、「動詞述語文」+「名詞」=「連体修飾節」による「関係構文」という文法則でまとめる。

(4)全部名詞述語化(表2)基本文型 

日本語の基本文型図表

 バカボン父の「~のだ!」構文を仮に「のだ構文」と呼ぼう。
○この「のだ構文」も欧州語圏の方々にはまったくなじみがないものらしい。
○(表2)基本文型の
・「動詞→名詞述語化例」の各例文
・「イ形容詞→名詞述語化例」の各例文
・「ナ形容詞→名詞述語化例」の各例文
が、「(な)のだ構文」に相当する。
○残りの名詞述語文「名詞+だ」は変換の必要はないので、(表1)、(表2)とも同じ文例を載せてあります。
○②、⑤文型例に現れる「名詞」が漢字による「動名詞」形であることに注目したいですね。
 意味的に動詞であり、文型的に名詞扱いしてでき上がる構文です。
(②、⑤文型:「~を」補語を求める形容詞述語はない。強いて言えば、②~を「嫌いなのだ」と(形容)動詞扱いした場合か)
○動名詞も基本文型として定着していくと思います。
○和語による「動名詞」の文例も多くあるはずです。
・②~が~を「上手投げ+です」
・⑤~が~に~を「橋渡し+です」
○この文形は実況中継の語り口にぴったりですし、紙面の小見出し文の用途にも合います。

日本語の基本文型:人魚構文のこと

2013/03/05(火)

 偶然のことか、本日の朝日新聞夕刊文化面に日本語研究の記事が載っていました。
見出し:「人魚構文」なぜか東アジアに
小見出し:日本で多用の奇妙な表現 20言語で確認
の記事で、
国立国語研究所の共同研究によって東アジアを中心に約20の言語で同じ構文の存在が確認されたとの記述がありました。
「人魚構文」とは、動詞述語文(イ形容詞述語文、ナ形容詞述語文)と名詞(述語文)とが合体して一つの文になった構文です。
言語学者の角田太作(国語研名誉教授)が20年前に「奇妙な文だな」と思ったそうだ。

(1)例:「太郎は明日、大阪に行く予定です」

 記事を抜書きすると、
「太郎は人間なのに『太郎は予定です』と表現するのは意味の点でおかしい。前半は『太郎は行く』という動詞述語文、後半は『予定です』という名詞述語文。こんな人魚のような構造の文は、たとえば英語では成り立たない。しかし従来の日本語研究には、これを奇妙な文ととらえる見方がなかった」・・・

(2)世界的共同研究:人魚構文の存在は?

 記事を抜書きすると、
「人魚構文は日本語固有のものなのか」と疑問をもつ角田が中心になり、2009年から12年まで共同研究が行われ、世界の諸言語の研究者40人が参加した。
その結果、アイヌ語、朝鮮語、中国語、モンゴル語、サハ語(シベリア)、ビルマ語、ネワール語(ネパール)タガログ語(フィリピン)、ヒンディー語(インド)など約20の言語で人魚構文が確認された。
東アジア以外ではエチオピアのシダーマ語だけ。
日本語の場合、万葉集などの古典にも人魚構文はあった。
・・・
「・・・日本語は特殊とよくいわれるが、世界の数多くの言語と比べてみて初めて類似点と相違点がわかる」という。

(3)記事を読んで感じたこと

 「人魚構文」の呼び名を初めて認識し、最近の研究対象として国際的な共同研究がなされていたのだと初めて知らされました。
○欧州語にはなくて、日本語の特長の一つだと考えていましたが、東アジアには同類の言語があるとわかり安心しました。
○ネット上から、「人魚構文:日本語学から一般言語学への貢献」PDFの角田論文を見つけて読みました。
○専門的記述、術語解釈に理解が及ばないのが残念です。
○論文のなかで「奇妙な文構造だ」と着目されて、深く類例を研究されています。専門分野が言語対照研究系ですから当然でしょうが、国際共同研究のテーマに取り上げ、調査を主導されたのですね。
○当方浅学の身で考えた範囲は前回に記述した「日本語の基本文型」のごとく、「動詞述語文、形容詞述語文を名詞化述語文へ転換する」文法則を想定しています。
○つまり、「人魚構文」でなく、先行の述語文が「連体修飾節」であり、後続の「名詞」と結合して「大きな名詞文」になると考えている。
○「連体修飾節」に後続する「名詞」の出現関係を「内の関係/外の関係」と分析する方法があり、「連体修飾節」でほとんどの事例を解釈できるのではないか。(次節に思いを書く)
○ただ、連体修飾節だと想定してしまうと無難な文法になる。
 「主格者が結びつくのは動詞述語文であり、後続の名詞述語文に結びつくのも動詞述語ですから」と解釈できる。 「太郎は予定です」とはなりません。
○「奇妙な文」だと着眼し「人魚構文」と把握すれば、国際研究テーマとして比較対照の視点がはっきりする。(特異な構文として研究目標を明確にできる)

(4)「関係(代名詞)節」との関係は?

 「人魚構文」の呼び名は、殊更に異種文連結を連想させる。
角田論文や夕刊記事のなかで肝心な比較対照論点が抜けている。
○「人魚構文」を有する言語には、「関係(代名詞)節」がなく、
「関係(代名詞)節」を有する言語には、「人魚構文」がないというだけのこと??
共同研究の結果にその真偽を見たかった。

○「連体修飾節」が「内の関係/外の関係」とに両用され、この修飾方法が「関係節構文」を作れる重要な文法則だからです。
○冒頭の文例:「太郎は明日、大阪に行く予定です」に対して、情景を想像すると
 「予定として、太郎は明日、大阪に行く」という事態をわかっていることの表現でしょう。
 「太郎は予定です」とは考えていない。だから冒頭の文例のように言うのでしょう。
○角田論文では「太郎は明日、大阪に行く予定がある」の構文は、人魚構文ではないと判定する。
 「予定がある」は動詞述語文になるからだろう。前段の連体修飾節に何らの差もないのにです。
○論文内でも、動詞述語文、イ形容詞述語文、ナ形容詞述語文と後続の「名詞+だ」との結合を多数検討している。(4つの述語文を常に考えることが大切だと思う)残念ながら連体修飾節を避けたがっているような論調に感じる。
○人魚構文の解析の落しどころとして「動詞述部と名詞述部の複合述部とみなす」考え方を推している。
 動詞述語文と名詞述語文の「人魚構造」を隠蔽するために、例文で言えば「行く+予定だ」=「複合述部:行く予定だ」をひねり出したことになる。
その結果、「欧州語の文型に当てはめて説明できる」というのが根拠になっている。どうしても合体させて一文章と解釈したいらしい。
○「行く+予定だ」を連体修飾節「・・・行く」が名詞述部「予定だ」を修飾しているのだと解釈すればよいだけのことではないか。「行く予定がある」も同様に連体修飾節で解釈できるのだから。

○角田論文の「人魚構文の分析方法」で不可解な点がある。
・「動詞述語文」の動詞活用部分を連体形だと明言していないこと。
 (ナ形容詞述語文は連体形と言及するが、動詞、イ形容詞は違うと表現)
・「動詞述語文+名詞」を「連体修飾節」扱いして、格助詞の統語論を展開している。
・説明文中では「連体修飾節」を前段の「動詞述語文」とすることが多いのだが。

日本語の基本文型=補語+述語4つ

2013/03/03(日)

 参考書籍:
〇『日本人のための日本語文法入門』原沢伊都夫:
〇『目から鱗の日本語文法』鈴木明、櫻田淳一郎:
〇『日本語文法の謎を解く』金谷武洋:

(1)文法書でいう基本文型の説明要点は

〇文=補語(なくてもよい)+述語。
〇述語=動詞、または、イ形容詞、ナ形容詞+だ、名詞+だ。
〇基本文型=基本補語+述語(動詞、イ形容詞、ナ形容詞+だ、名詞+だ)。
ということになる。

 この要点を印欧語の文型に無理やり当てはめても意味がない。
〇日本語の文型法則は、まさに上記の3点に凝縮されている。
〇「述語の位置づけ」は、動詞でも形容詞でも名詞でもまったく同じである。
〇基本補語との組み合せでも、述語(動詞、イ形容詞、ナ形容詞+だ、名詞+
 だ)は、同等の文章生成能力を持っている。

(2)日本語の基本文型:新しい図表で表現する

 日本語文法の言語運用メカニズムを目に見えるように工夫して、基本文型
の例を図表化しました。
Photo
〇(表1)の説明
〇基本補語と4つの述語形式を同行に並べて1つの基本文型として把握する。
〇基本補語の部分を「~が」「~を」「~に」のままで、述語だけに例文を入れ
ました。
〇日本語話者ならば「~」部分に自分なりの言葉を入れて基本文を完成でき
 ると思います。
〇基本補語に対して、述語形式(文構造)が4つあり、それぞれが表現する言
 語情景の違いを認識できるでしょうか。
〇日本語の基本文型のすべてが4つの述語形式をもつ:学習者に憶えやすい
 文法則図表です。

(3)日本語の基本文型:名詞化述語への変身威力

〇(表2)の説明
〇同一行に4種の述語形式を図表化した結果、俯瞰的に文型を吟味できます。
〇天才バカボンの父親の専用文法ではなく、「これがいいのだ!」というよう
 な述語形式(述語が名詞述語化に変身する)の文法則を図表2で明示できま
 した。 正統な文法則です。
〇「動詞+のだ」「イ形容詞+のだ」「ナ形容詞+なのだ」という変換方法で「名
 詞的述語化」が可能になります。
〇「動作文、行為文」を「状態文、存在文」に変換する法則でもあり、「連体修
 飾文」を作る法則につながるものです。
〇この変換法則は日本語の言語運用メカニズムの特長でもあり、体系的に学
 習者を指導するために図表化が役立つだろう。

 今回は、ひょうたんから駒の基本文型の図表作成になりました。
思考実験していたのは、「ボイス(登場人物)活用俯瞰図表の一般化」なのた
が、難渋しており糸口が見つかりません。
基本文型に登場する人物、比定、態様をうまく分析できたならば、「基本ボイ
ス俯瞰図表」という一般化図表ができるはずとの思いが少し湧いて来ています。


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