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日本語文法:自他対応接辞と動詞態5

2015/01/15(木)

(6)なぜ「れ足す言葉」を使ってしまうのか

 まず、修正を記述します。3回目の内容・図表で自他対応接辞の(4型)解説を直しました。
〇取る(他動詞)/取れる(自動詞)群の自他交替で派生する動詞は2義あり:一つは自動詞自発態、一つは可能他動詞です。
・「人形の手が取れた」:自然物の変化状態を言う自発自動詞の使い方です。
・「免許証が/を取れる」:人の動作だから可能他動詞としての使い方です。
〇さらに注意すべきは、2義ともに動作の表現でなく、状態や性状を言い表す動詞(所動詞)になっており、これ以上に態の活用を進めると意味が飛んでしまいます。
(受動態が作れない動詞:所動詞)
・動作動詞(能動詞)ではないと確認するには、「態の双対環」で
・取れる→?取れれる→?取れらる→?取れられる、と派生させてみる。態の回りがおかしく、意味が異常になります。
〇特に図4型動詞の解説には必須の重要事項であるのに欠落させてしまいました。お詫びいたします。(図と記事内容をすでに訂正)
〇自他対応接辞の思考実験原則②を忘れず実践しなくては・・・

 「れ足す言葉」とは、
・読める→読めれるのように、すでに可能態である「読める」に「読め(れ)る」と「れ」を足すことから名付けられたようです。
・二重可能態という変な形態です。
〇若者の傾向として、動詞の語幹を見つけるのに、「ひらがな分析」を続けているから、子音語幹だと見つけられないのでしょうか。
・読む=読m・uに戻れずに、読める=読め・ると分解したうえで、読め・れる と二重に可能活用してしまうのか。(下一段活用が増えていく理由だろうか)
・「られる」の「ら抜き:れる」が独り歩きしているのでしょうか。
・可能態は「れる」付ければよいとの安直な教えに従っているのでしょうか。
・逆に可能態には「ら・れる」しかないと、すべてに「ら足し」する傾向もある。
・また、強制・使役態での「さ入れ言葉」の問題もありますね。
〇学校文法での助動詞教育に問題がありますが、特に「動詞の態」に関しての教育内容が貧弱です。
・英語教育の前に、日本語の音素教育をローマ字つづりで教えることと、動詞の語幹を見つけられるように動詞活用をローマ字つづりで練習するのがよい。世界では通用しない「ヘボン式」を教えるのではなく「訓令式ローマ字つづり」が日本語の五十音図表に適合しています。
・その上で「態の双対環」で動詞の態活用を操作しながら、意味を考える練習をすると、なにが間違いかが分かるようになる、と思います。

 今までに「れ足す言葉」の実例を直接耳にしたことがありません。
〇「取れれれば」と言われて、即座におかしいと感じるかどうか自信がない。
・しかし、「態の双対環」を操作して可否を判定できますし、なにがおかしいのかを説明できます。
〇「入れれれば」を聞いて、即座にOKと感じるかどうか自信がありません。
・しかし、「態の双対環」を操作して可否を判定できますし、なにでOKなのかを説明できます。
〇もしも「態の双対環」でなく、手抜きして「ら足し検査」を試してみると、
・「取れ・ら・れれば」で判定できますか。
・「入れ・ら・れれば」で判定できますか。
 通常、この「ら足し検査」に近い感覚で可能態を判定しているのでしょう。
「ら足し:r・ar・eru検査」ですから、受動態検査:所動詞検査でもあります。
〇しかし、「入れれれば:可能他動詞」を「入れられれば:結果可能・受け身」と言い換えてはいけません。意味が違います。
〇「予断の視点」に染まっていると意味の違いに気づきません。
・また「ら足し検査」だけで、「取れれれば」の間違いを相手に納得させるだけの説明ができるでしょうか。
(取れるが持つ可能他動詞性を生かすなら「取れれば」で十分のはずだが、納得が得られますか)

 自他対応接辞の4型の修正解説から始めましたが、別の視点で無対自動詞、無対他動詞などでの「れ足す言葉」を考察したい。(語尾が~れる・~eru の動詞)
・忘れる・忘れれる・忘れらる・忘れられる:忘れ・までが共通語幹。(語幹が見つけやすい)
・別れる・別れれる・別れらる・別れられる:別れ・までが語幹。
・避ける・避けれる・避けらる・避けられる:避け・までが語幹。
・触れる・触れれる・触れらる・触れられる:触れ・までが語幹。
〇文語体では、忘る、別る、だったのが、口語体へ変化するとき、忘るる、別るるから→忘れる、別れる、と融通性のある「れる」になったのだろうか。
・下一段活用の動詞が増えてきたのは間違いない。
〇小島剛一本「再構築した日本語文法」の記述では、忘れれる→忘れれれば、別れれる→別れれれば、(可能+仮定)が論理的に派生できるのだが、実際には忘れられれば、別れられれば、が使われる場合が多いとある。
たしかに、「3連れれれ」は珍しいだろうが、昔語りに出てくる忘れる、別れるのことだとすれば、当然「忘れられれば」「別れられれば」という「結果の可能態」で話されるはずです。
目先の忘れるや別れる可能性を話しているわけじゃないだろうから。
・「結果」を本当に実感するには、「忘れらる」、「別れらる」という結果態を脳裏に浮かべて「忘れるがすでにある」、「別れるがすでにある」と想像するように訓練すると良いのだが、どうだろう。
〇「予断の視点」を修正して、受動態に含まれる「結果接辞」を見つけてほしい。
・「忘れれれば、別れれれば」などでは「3連れれれ」が理論的に派生できるし、必要なら使うべきでしょう。
・強制態接辞:(s/r)asuの場合、二重強制受動態で「食べささされる、試ささされる」のような「3連さささ」が論理的に派生できる。必要なら使うべきでしょう。
・親に命じられた子どもに餌を食べささされている猫からみた受け身表現ですから、めったには必要にならないでしょうが、、、
こんなときは、省略的に一段の強制受動態にして、子どもに餌を食べさされる猫と言っても遠からずかもしれませんが、、、
〇いずれにしろ「態の双対環」方式で、可能態、結果態、受動態、強制態、使役態を動詞語幹+態接辞で作り上げる練習ができれば、「ら抜き、れ足す、ら足し、さ入れ」などの動詞態の混乱問題は全部解消できるのだろう。
・日本語教師や学習者のための考える道具になるはずです。

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