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2015年9月

日本語動詞:「態の双対環」質問箱2

追記はじめ-
★★→投稿本人注:2015/11/16:動詞基幹の名称概念を廃止します。態接辞にしか通用せず、動詞活用接辞、助動詞接辞などを含めて通用する概念としては、「動詞語幹+挿入音素+機能接辞」の全体構成から「動詞語幹+挿入音素」の部分を「機能接辞」と接続するという解釈がよい。(一般化した「動詞語幹+挿入音素」は子音終わりの基幹形態にならない場合もあるから)
追記終わり-

2015/09/24(木)

(2)「可能態」に起きた不都合な言い訳:

Q-2 なぜ子音語幹の動詞だけに可能態、可能動詞が認められたのですか?
 口語文法でも『母音語幹の動詞は(可能態を生成しないで)受動態で可能表現する』に呪縛されっぱなしなのはなぜですか?

A-2 学校文法の「可能動詞」説明では、子音語幹動詞にしか可能態を認めていませんね。
〇最近その理由に気が付きました。(推測ですが、「こすい」理由で可能態の使用を狭めてきたようです)

★「子音語幹の動詞:本当は「す」語尾の動詞」は「受動態による可能表現」では「動作主の可能」を感じ取れない場合が多く、専用に「可能形態」を開発すべきだという要請が江戸時代に起きてきたのでしょう。
昭和時代になっても、「可能態」の要請は続きますから、「本来ならば、母音語幹の動詞にも同様の可能形態を認めるべきだった」のです。
★まず「受動態で言っても可能表現だと感じれない」実例を検証します。(図中の赤字受動態)
(図参照:「す」語尾動詞の可能表現)
Photo

 図の受動態赤字表記に示すように、「す」語尾動詞の場合、受動態で可能を表せないのだと急に気づいたら言い淀んでしまいます。江戸時代の知恵に感謝すべきですね。
★江戸人は受動態で可能を「表されない」から、受動態では「表せない」という明確な判断をしていたのです。
 非常に素直な言語感覚です。(可能を感じれないから、当然感じられるわけがない)
・学校文法では「す」語尾の動詞に対処するという肝心の視点が欠落しています。
 日本語学全体でも「す」語尾の動詞の影響を深くは研究対象にしていないのでしょう。
・各種の国語辞典には可能動詞の例に「す」語尾動詞があるだろうか。どうやら見つかりませんね。
・「態の双対環」を提唱してきましたから、「す」語尾の動詞への対処方法が可能動詞の始まりだと直感できました。
★「す」語尾動詞は、他動詞性:対象へ向かう動作性を深層意義に持っている。その他動詞性を含んだ動作を「結果まで進んだ事態」として表現する受動態では、動作主の自力動作心理としての「可能」を表現できないのです。
だから、結果以前の動作意図、意思としての「可能」を表す「可能態」によって「す」を中和、緩和する必要があるのでしょう。
(「す」語尾以外の動詞の受動態では、受身、尊敬、結果可能が感得できますから、可能態を必須としないはずですが、実利には勝てなかったのでしょう)

★なぜ、「す」語尾動詞の可能動詞を積極的に例示しないのでしょうか? 推測ですが、「す」の可能態は「せる」になり、「せる、させる」の使役態に形態が似てくるから、意識的に説明を避けたのではないでしょうか。
その代わり、「書ける、読める、走れる、歩ける」などを可能動詞として積極的に例示してきたのでしょう。
〇なんだか「こすい」言い訳で、はぐらかされて来たわけですね。
★「書ける、読める、走れる、歩ける」が可能動詞なら、「見れる、着れる、食べれる、来れる、考えれる、覚えれる」なども立派な可能態動詞として認めてもよいはずです。
・もちろん可能態と受動態の結果可能との意味の違いを十分踏まえて併存使用することが条件です。
(可能態:e.r-接辞、受動態:are.r-接辞です。受動態は結果:ar-と可能:e.r-の合成です。つまり、受動態は結果を受けての状態、結果を見通しての可能を表現するものです)

2015/09/26(土)
 追記:「す」語尾の動詞を拾い出して、可能態と受動態を並置しました。
可能表現に適するのは、どちらの態か、語感を自己診断してみましょう。
①群:自律、自力動作が身近にとどまる感じの動詞:
★濡らす:濡らせる/濡らされる、よごす:汚せる/汚される、減らす:減らせる/減らされる、のばす:伸せる/伸される、直す:直せる/直される、生かす:生かせる/生かされる。
②群:自律、自力動作が離れていく感じの動詞:
★落す:落せる/落される、動かす:動かせる/動かされる、移す:移せる/移される、倒す:倒せる/倒される、逃す:逃せる/逃される、滅ぼす:滅ぼせる/滅ぼされる。
③群:想像で古語では「す」語尾動詞だったか、「す」を飛び越えて「せる」になり終えた動詞:
★見せる:(見す→)見せる:見せれる/見せられる、浴びせる(浴びす→)浴びせる:浴びせれる/浴びせられる、乗せる:(乗す→)乗せる:乗せれる/乗せられる、任す:任せる(使役形?):任せれる/任せられる。
 このように、「す」語尾動詞の可能態は「せる:~s+e.r-」形式になる。①群、②群の受動態は「される:~s+are.r-」形式になる。
学校文法や国語辞典では、可能態で誕生する「せる」形式についてはまったく説明がない。使役の「せる:ase.r-」を説明するだけです。
★やはり、可能態には動作可能の意思、意図が感じられるが、受動態だけでは可能表現にならないですね。
 時代の流れが「可能をはっきり表現したい」と強く要請してきたわけで、本来なら一番に「す」語尾動詞で可能態を採用する動きがあったのではないだろうか。
〇可能の「せる:s+e.r-」を説明するには、学校文法でも正式に「可能助動詞」を定義するところからの準備が必要です。

 なお、蛇足ですが、可能態接辞:e.r-、受動態の接辞:are.r-ですから、可能態動詞、受動態動詞ともに「.r/s-」付きの動詞基幹になります。

日本語動詞:「態の双対環」質問箱

追記はじめ-
★★→投稿本人注:2015/11/16:動詞基幹の名称概念を廃止します。態接辞にしか通用せず、動詞活用接辞、助動詞接辞などを含めて通用する概念としては、「動詞語幹+挿入音素+機能接辞」の全体構成から「動詞語幹+挿入音素」の部分を「機能接辞」と接続するという解釈がよい。(一般化した「動詞語幹+挿入音素」は子音終わりの基幹形態にならない場合もあるから)
追記終わり-

2015/09/23(水)

(1)動詞基幹とは? 動詞語幹は何種類もあるのか?

Q-1:動詞語幹との違いは? 動詞基幹はあまり聞かん言葉です。 語幹には何種類もあるものなの?

A-1:動詞語幹と区別するために動詞基幹を考えました。
〇動詞基幹:動詞原形(基本形、終止形)の語尾子音までを基幹部分だと定義します。

★動詞実例で基幹の形態を示します。
①子音語幹動詞の基幹形態:歩k-、立t-、残s-、読m-、など。(子音語幹と同じ)
②母音語幹動詞の基幹形態:疲れ.r-、立て.r-、のび.r-、考え.r-、など。 (「.r-」付加)
(詳細に定義すると、語尾が「~e.r-」、「~i.r-」の動詞で、かつ、強制態、使役態へ変換する場合に、「.r-を→.s-」に交替が必要な動詞)
★それゆえ、疲れ.r/s-、立て.r/s-、のび.r/s-、考え.r/s-、の形態で把握しておくほうがよいかもしれません。
〇考えられる(=考え.r+are.r-)、考えさす(=考え.s+as-)、考えさせる(=考え.s+ase.r-)のように文法的な態形態変化に「r/s交替」で柔軟に対応できます。
(態活用以外では.r-、.s-を外して動詞活用させる場合もあります)
③不規則動詞の基幹形態:
★来る:こ.r/s-(態生成時:来れる:来.r+e.r-、来られる:来.r+are.r-、来させる:来.s+ase.r-)
★する(す):S-(態生成時:せる:S+e.r-、される:S+are.r-、させる:S+ase.r-)

 動詞語幹の考え方には何種類もあるのでしょうか。
★動詞語幹の定義のうちで、すでに学校文法で言う「ひらがな解析での語幹」は破綻しています。
(誰も公的改訂に尽力していないと思われる)
〇米国言語学者などによる「音素解析:ローマ字解析」で、「子音語幹、母音語幹」の考え方が提唱され、現在では日本語学の分野で定着しています。
〇しかし、日本語学者は動詞の態活用や助動詞活用などの文法に対して、ひらがな解析の法則の延長線から抜け切れていません。
〇時代が変わって、接辞の接合法について米国言語学者の手法による「接辞r/s交替」法則が現れました。
★米国学者提唱:歩k+(r)are.r-→歩k+are.r-:子音語幹では(r)削除。
・考え+(r)are.r-→考え+rare.r-:母音語幹では(r)を活かす。ということに応用できる。
 ・子音語幹+態接辞の先頭子音削除して接合する規則化。
 ・母音語幹+態接辞の先頭子音残して接合の規則化。
★しかし、日本語学界の大部分は、「(r/s)are.r-」には追従したが、
・可能態:歩k+(r)e.r-:歩ける には(別の理由で)追従したように見えても、
・考え+(r)e.r-:考えれる に踏み出せないでいる。
 文語文法『一段動詞に対しては(可能態を生成しないで)受動態で可能表現する』の呪縛にはまったままです。
★動詞基幹なら、米国追従ではなく、動詞の基本形に従う方法ですから、
・歩k+e.r-:歩ける、
・考え.r+e.r-:考えれる、 と、問題なく解決できます。
 態接辞に細工する必要がないからです。
〇もし、日本語学界がすべての態接辞の頭部に(r)や(s)をつける方向に進めば、動詞基幹の概念は不要になるのだろうか。
・「動詞基幹」で形態が変るのは母音語幹動詞だけですし、いずれにしろ(r/s)を基幹側につけるか、態接辞に付けるかの違いです。
〇日本語話者は「r/s」付加を文法的判断によって習慣的に使用判断しています。一日も早く明確に法則化して広く普及すべきものです。

 「動詞基幹」を提起する前に、「動詞の終止形に態接辞を接合する」と言う考え方でも等価ではないか?
と考えた時期もありました。ただし、素人には検証するだけの力量がありません。思考実験する方法で進みます。
★動詞の態を選ぶことは、態動詞を生成することであり、動詞活用段階の前に態生成をします。
・態接辞そのものが、動詞の「自他交替の接辞」から生まれたもので、動詞語彙にたくさん使われています。その機能と整合をとりつつ「文法的態機能」を発揮しているわけです。
・自他交替の動詞群を観察すると、子音語末の原動詞に接辞を接合させる方式で多くの動詞を生成するのが基本になっています。
また、実際の子音語幹と母音語幹の同形動詞を態生成した結果を比べて見れば、「動詞基幹」が同形になり、態の生成も同形になります。つまり動詞基幹は論理的な法則だと感じます。
・帰る:基幹:帰r-:帰r+e.r-/帰r+ar-/帰r+are.r-
・変える:基幹:変え.r-:変え.r+e.r-/変え.r+ar-/変え.r+are.r-
・切る:基幹:切r-:切r+e.r-/切r+ar-/切r+are.r-
・着る:基幹:着.r-:着.r+e.r-/着.r+ar-/着.r+are.r-


日本語動詞:「態の双対環」語感調査3

2015/09/12(土)

(3)「態の双対環」の独自提案は3つ:
 態の双対環では、通常の学校文法と大きくかけ離れた考え方を採り入れています。
3つの独自提案をまとめて記述します。
★独自提案-1:動詞基幹とは?
①動詞語幹の見つけ方:態生成には「子音末揃え」を提唱する。
・子音語幹の動詞はそのままの子音語幹を使います。
・母音語幹の動詞は、動詞原形・終止形の最後音「る」の子音「.r」を語末に残す形態で子音語末に揃えて使います。
★両者の語幹を以下「動詞基幹」と呼ぶことにします。(動詞基幹の採用で、意味、形態が互角平等になります)
・動詞基幹の実例をあげます。
〇子音語幹:書k-、休m-、走r-、読m-、・・・
〇子音語末:見.r-、食べ.r-、起き.r-、下げ.r-、・・・
(文法措置で残置するのでピリオド付きのr-で表現します。)
〇強制系、使役系での子音語末:
 見.s-、食べ.s-、起き.s-、下げ.s-、・・・
(文法措置で「.r-から.s-に交替」します。「見させる」のように「s」付きの使役系に順応させるためです)

★独自提案-2:態接辞は助動詞から独立した態動詞生成のための接辞です。
②「動詞基幹+態接辞」の合成で「態動詞」が生成されます。
・合成完了した態動詞は、次に「通常の動詞」として動詞活用されて使われます。
〇つまり、他の助動詞群よりも前段階で「態動詞の生成」を行うことが絶対必要条件です。
★態接辞を動詞活用の未然形に接続するという旧来の文法は間違いです。
・市販の国語辞典では後段付録に「助動詞一覧表」を掲げていますが、ほとんど例外なしに一覧表の最初に受動(尊敬・自発・可能)と使役の2つの助動詞が並んでいるはずです。
〇学校文法、国語辞典も暗黙のうちに「態の助動詞」はまず最初に先行使用すべきものだと気づいてはいる?のですが、どこかで論理が間違って「未然形接続」だと言い続けている。
〇新提案では先行使用を明示する意味で、「態動詞生成」のための接辞と位置づけます。
(動詞生成と動詞活用を区別する。態以外の助動詞は動詞活用の段階で使用されるもの)

★独自提案-3:態接辞は元来一つの原動詞から自動詞/他動詞の対動詞を生み出す接辞として使われてきたものですが、同時に態変換を述語動詞に加える機能接辞です。
③態接辞の形態と意味:
・可能態接辞:e.r-
 →可能:~できる/動作意図、意思がある/自発:~になる/他動:~にする。
・結果態接辞:ar-:文語体受動接辞を現代も再利用。
 →動作結果がある/結果になる/結果にする。
・強制態接辞:as-:文語体使役接辞を現代も再利用。
 →他者に自律・自力動作を指示、強制する。
・受動態接辞:are.r-:結果態+可能態の合成接辞。
 →動作結果がある(受身、尊敬)/結果になる(自発)/結果になれる(結果可能)。
・使役態接辞:ase.r-:強制態+可能態の合成接辞。
 →他律、他力動作を指示、許容、放任する。
(母音語幹扱いの可能態は動詞基幹で表示すると、「e.r-」(または「e.s-」)となります)
④「態の双対環」:図式把握に、
・各系原形態(12時位置)/可能態(右3時)/結果態(左9時)/受動態(下6時位置)の環状配置を想像する。
★態の3系統と「態の双対環」:
〇能動系「態の双対環」例:簡略表記には、
 書く/書ける/書かる/書かれる。
 見る/見れる/見らる/見られる。
〇強制系「態の双対環」例:
 書かす/書かせる/書かさる/書かされる。
 見さす/見させる/見ささる/見さされる。
〇使役系「態の双対環」例:
 書かせる/書かせれる/書かせらる/書かせられる。
 見させる/見させれる/見させらる/見させられる。

以上、概観的に「態の双対環」方式の独自提案3項目を記述しました。

★提案3項は相互に関連しあっています。
〇態接辞はどれも「母音始まり」です。古来、「原動詞は子音語幹を持つものが多く」、直に態接辞と接合して動詞派生していた。また「原動詞が母音語幹を持つものは」:残る/残す、移る/移す、治る/治す、など「る/す」語尾対応で子音語幹の自他動詞を生み出す伝統もあり、直に態接辞と接合できる状態が多かったはずです。
★もちろん、完全に母音語幹の動詞が存在し、また常に生まれてきますから、先人は暗黙のうちに解決策として動詞基幹「~.r-/~.s-」法則を伝承してきたのではないだろうか。その智恵により態の接辞形態を統一活用できたわけです。

(明治の急激な文明開化以降に、動詞語幹を「ひらがな解析」したり、「音素解析:ローマ字解析」したりの両極端に揺れる解析に無定見な追従をしてきたけれども、真ん中寄りの解析で「動詞基幹:.r-/.s-」の伝承文法に回帰したいと提案するわけです。
・伝承文法:日本語の動詞は「有対の自他動詞」を生み出す「自他交替の法則」が根づいている。態の生成もその法則が深く関与しているはずだと思うのです)

〇態の選択は、動詞活用ではありません。「態の動詞を生成する」ことです。態動詞を選択、決定してから、その態動詞を動詞活用させて文章を作成します。
 「態の双対環」方式は独自の態文法解釈です。
〇解釈例:読む:は他動詞ですが、「原書が/を読める」の読める:は自動詞か、他動詞か、
 文法書の立場により解釈が分かれるかもしれません。
・でも「態の双対環」ならば、態接辞は本来、自他交替の機能を持つとの立場にあるから、自動詞であり、他動詞であり二面性があると判断します。

日本語動詞:「態の双対環」語感調査2

2015/09/11(金)

(2)可能動詞、ふぞろいの誕生。

 現代語の可能態、可能動詞の形態へと統一されてきたのは江戸時代後期になってからのようだ。それまでは受動態の受身表現と同居していた動詞も多かったわけですね。
★受動態から独立して「可能態、可能動詞」が誕生したのは、五段活用・子音語幹動詞が最初です。
(一段活用・母音語幹動詞の可能態は、「ら抜き」と誤解されてしまい、受動態の流用しか認められない風潮があります)
〇なぜ子音語幹動詞が可能態・可能動詞をいち早く抜駆け的に誕生させたかったのでしょうか。
★子音語幹動詞の受動態は「可能表現」を連想させにくい語感だったから、独立した「可能態・可能動詞」を創造したかったのでしょう。
〇子音語幹動詞の可能態と受動態をいくつか例示すると、
①群:歩ける/歩かれる、並べる/並ばれる、渡れる/渡られる、飲める/飲まれる。
②群:思える/思われる、話せる/話される、しゃべれる/しゃべられる、触れる/触られる。
③群:動かせる/動かされる、渡せる/渡される、起こせる/起こされる、満たせる/満たされる、なぐれる/なぐられる、切れる/切られる。
★③群の動詞は、動詞語尾「す」の他動詞(動かす、渡すなど)、対人・物他動詞(なぐる、切るなど)などの受動態は、受身印象が強く可能表現に全く結びつかないという致命的な弱点があります。
・①、②群の動詞は、日常的な自律・自力動作を表現するので、辛うじて受身と可能も同居しているように感じられるものです。
(当然ながら独立型可能態のほうが明確に可能表現できる)
★これが子音語幹動詞に対して早い時期に可能態形式が広がった理由でしょう。
〇可能態:歩k+eru→歩く動作意思・意図があり、可能だの意味を持つ。
〇受動態:歩k+areru→歩く動作の結果がある、結果になる、結果になれるの意味を持つ。
・可能態「er」=受動態(結果態「ar」+可能態「er」)-結果態「ar」=結果には言及しないで
 動作意図・意思を表現します。

 では、母音語幹動詞で可能態の誕生が遅れたり、いまだに正当化されないでいる理由はなんでしょうか。
★母音語幹動詞の原形:終止形をよく見ると、「見る、食べる、下げる」のように語尾「る」が付加されています。
〇この「る」音の意味は「自律・自力動作」の動詞であることを示す文法的な語尾音です。
(動詞語尾「す」音が他動詞性を示すための文法的な対向性を持っています)
〇そこで、「見.r-、食べ.r-、下げ.r-」を態派生のための語幹と考えると、子音語幹の場合と統一が取れる方法で考察できます。
★可能態/受動態の並置で比較してみましょう。
④群:見.れる/見.られる、食べ.れる/食べ.られる、下げ.れる/下げ.られる、着.れる/着.られる、逃げ.れる/逃げ.られる、離れ.れる/離れ.られる、届け.れる/届け.られる、生き.れる/生き.られる、起き.れる/起き.られる。
⑤群:考え.れる/考え.られる、感じ.れる/感じ.られる、憶え.れる/憶え.られる、忘れ.れる/忘れ.られる、数え.れる/数え.られる。
★④、⑤群ともに受動態でも受身と可能の両方の意味を感じとれることが分かります。「~られる」がもつ自律動作の表現力のお蔭です。
〇自律・自力動作の動詞は自分自身の動作として行動した経験・記憶が染み込んでいますから、動作可能の意味が容易に浮ぶのでしょうね。
・だから、可能態への独立化の動きが緩慢で、方言的にしか進まなかったのかもしれません。
〇しかしながら、可能態と受動態が並立する意義は十分にあります。
・④群:可能態:食べ.r+eru→食べる動作意思・意図があり、可能だの意味を持つ。
・並立の受動態:食べ.r+areru→食べる動作の結果がある、結果になる、結果になれるの意味を持つ。
・⑤群:可能態:考え.r+eru→思考動詞(継続動詞:考える)の動作意思・可能「考え.れる」は別意(~と判断できる)になるかもしれませんが。
・並立の受動態:考え.r+areru→考える継続動作の「区切り、結果」を表現する重要な意味を持つ。
★すべての動詞が「可能態と受動態を別形態で明示する」という統一的な文法法則を活かしたいですね。
 「母音語幹の動詞に対しては法則を取り入れず捨ててしまう」のは正しい選択でしょうか。
 簡単で統一的な法則性を求める動きは今後も続くでしょう。
 (学校文法で行われている「無用な制限」を解除していきたいですね)

★最後に、強制系、使役系についても調査しておきましょう。
〇母音語幹動詞は最初に原形:終止形「る/r-」を「す/s-」へ転換した形式で
 強制態・使役態へつながります。
・母音語幹動詞の強制態:「見.s+as-、食べ.s+as-、下げ.s+as-」となり、
・子音語幹動詞の強制態:「歩k+as-、並b+as-、渡r+as-」となり、
 (強制態では)まずいことに両方とも語末が「す/s-」語尾になります。
〇可能態/受動態の並置比較でやはり問題がでます。
⑥群:見.させる(=使役態)/見.さされる、歩かせる(=使役態)/歩かされる→受動態は「受身」にしか感じないですね。
 しかし、現代語では使役態を使うことが多いので、
⑦群:使役態を使うと:見.させ.れる/見.させ.られる、歩かせ.r+eru/歩かせ.r+areru
 となり、これなら使役可能態と使役受動態(受身と結果可能が感じられるから)を併行して使えます。
使役態に対しても⑦群方式ならば、統一的な文法法則を採用して適法な態動詞活用が実行できます。
もちろん、強制系は「す」音の影響で意味範囲が狭まりますが、受身表現としては小粒でピリッと機能します。

★こうして受動態の全体を見渡して形態を比べてみれば、
 ③群「~される」受動態と、④群⑤群「~られる」受動態との語感の違いがすべての分岐点であるようです。
・つまり、「s+ar・e.r-:される」受動態であるのか、(受身の意味が強い)
・「r+ar・e.r-:られる」受動態であるのか、(受身と可能の意味が感得できる)の違いというのは、
 「s」がつくのか、「r」がつくのかの違いです。
 (もちろん動詞種類にも起因します。日常的に自力動作する動詞ほど受身・可能の両方を感じるはずです)
・文法的な「る」と「す」の機能差については、広く知られていることなのですが、態の形態、構造にも大きな影響があるのですね。
・「る」は自律・自力動作の動詞を作り出す機能が文法の深層にあるから、「動作結果」を表現する受動態では、(他者が自律・自力動作した影響による)受身と併行して自分が行った動作結果の表現とも感じられるのです。
・「す」は他律・他力動作を指示する動詞を作り出す機能が文法の深層にあり、受動態では「他者が受ける」受身表現にしか感じられないのだろう。動作指示主に帰ってくる動作結果が感じられないからです。
★使役受動態を解釈すると:歩かせ(他者へ動作させ)・られる(他者が受身+動作指示主が可能)の態形式です。 ぎくしゃく感があるのはこれが原因です。
〇もともと受動態「られる:r・ar・e.r-」を素直にみれば、「動作(の結果:ar:存在)が存在する/存在できる」ということを意味しているからです。
・「される:s・ar・e.r-」受動態は素直にみると、「他者への動作(の結果:ar:存在)が存在する/存在できる=他者が受身、他者への尊敬態(他者が結果可能)」という意味に解釈されることが多いのでしょう。

日本語動詞:「態の双対環」語感調査

2015/09/04(金)

(1)「態の双対環」演習に代えて:「回答例」記述しました:09/08(火)

 「態の双対環」の効用を予測するために、まず語感調査を実行したい。調査では、
〇例文を読んだときの感覚で判定してください。
〇現在は〇印や×印、追記などを示していませんが、後日回答例を付加記入しようと思います。
以下調査内容です。

調査事項:
 可能動詞による可能表現と受動態による可能表現を併行して読み比べた場合、両者に意味の差を感じるか/差を感じないか、について調査したい。
 〇文例に「可能動詞を使う表現」文と「受動態による可能表現」文とを並行に組み合せて提示します。
 〇読み比べて「意味の不自然さ」や「何らかの意味の差」を感じるか、などの意味認識の感覚差が存在するのか どうかを調査したい。
(調査範囲を上記に限定するため、いわゆる「ら抜き可能言葉」や受動態での「受身許容的表現」を文例に用いないように留意します)

調査方法:
 〇文例番号の前に回答記入欄(自然/差有り)がありますので、例文ごとに読後感として回答を「〇印、×印」で(自然/差:の項目に印付け)記入してください。
 〇上下の例文比較で「意味の差」について特にご意見があれば、3行目の空白部分に記入してください。
 〇例文番号に添え字:kを付してある例文は、可能動詞の文です。受動態の可能文には添え字:jを付しました。
 〇3行目は例文番号に添え字:追記>を付してご意見記入欄をもうけました。

調査用文章:09/08(火)当方の「回答例」を記述しました。
自然/〇差有り)1k:今度の発表会に行けるので、楽しみだ。
〇自然/〇差有り)1j:今度の発表会に行かれるので、楽しみだ。
(↑〇×回答↑)(1追記>:1jには発表会に行き体感する感じ、臨場感がより強く表われる

×自然/〇差有り)2k:それが今回の事故原因だと思えます。
〇自然/〇差有り)2j:それが今回の事故原因だと思われます。
(↑〇×回答↑)(2追記>:2kは思考継続みたい。2jで「思考結果の表出」があり、論理的だ

自然/〇差有り)3k:高学年生ならこの本を読めるでしょう。
自然/〇差有り)3j:高学年生ならこの本を読まれるでしょう。
(↑〇×回答↑)(3追記>:3k:生徒の能力に注目、3j:本の閲覧頻度に注目、多数回の可能性

×自然/〇差有り)4k:(成句変形)泣くに泣けぬ気持だった/言うに言えぬ苦しみを・・・
〇自然/〇差有り)4j:(成句原形)泣くに泣かれぬ気持だった/言うに言われぬ苦しみを・・・
(↑〇×回答↑)(4追記>:4k:感情を制御できる状態、4j:感情結果や制御を超えた過酷な状態

〇自然/×差有り)5k:この路地は狭いけど、ぼくでも通れるよ。
〇自然/×差有り)5j:この路地は狭いけど、ぼくでも通られるよ。
(↑〇×回答↑)(5追記>:5jのほうが通り抜けた実績があるように感じられる。が、大差はない

〇自然/〇差有り)6k:針穴に糸を通せるよ。
×自然/〇差有り)6j:針穴に糸を通されるよ。
(↑〇×回答↑)(6追記>:6jでは受身?尊敬表現?と感じられ、自己の可能表現には不適です

以上で調査文を終了します。

 この調査用紙を作成中に、「可能動詞誕生のいきさつ」を想像・実感することができました。
(別稿に記述予定)

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