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日本語動詞:「態の双対環」語感調査2

2015/09/11(金)

(2)可能動詞、ふぞろいの誕生。

 現代語の可能態、可能動詞の形態へと統一されてきたのは江戸時代後期になってからのようだ。それまでは受動態の受身表現と同居していた動詞も多かったわけですね。
★受動態から独立して「可能態、可能動詞」が誕生したのは、五段活用・子音語幹動詞が最初です。
(一段活用・母音語幹動詞の可能態は、「ら抜き」と誤解されてしまい、受動態の流用しか認められない風潮があります)
〇なぜ子音語幹動詞が可能態・可能動詞をいち早く抜駆け的に誕生させたかったのでしょうか。
★子音語幹動詞の受動態は「可能表現」を連想させにくい語感だったから、独立した「可能態・可能動詞」を創造したかったのでしょう。
〇子音語幹動詞の可能態と受動態をいくつか例示すると、
①群:歩ける/歩かれる、並べる/並ばれる、渡れる/渡られる、飲める/飲まれる。
②群:思える/思われる、話せる/話される、しゃべれる/しゃべられる、触れる/触られる。
③群:動かせる/動かされる、渡せる/渡される、起こせる/起こされる、満たせる/満たされる、なぐれる/なぐられる、切れる/切られる。
★③群の動詞は、動詞語尾「す」の他動詞(動かす、渡すなど)、対人・物他動詞(なぐる、切るなど)などの受動態は、受身印象が強く可能表現に全く結びつかないという致命的な弱点があります。
・①、②群の動詞は、日常的な自律・自力動作を表現するので、辛うじて受身と可能も同居しているように感じられるものです。
(当然ながら独立型可能態のほうが明確に可能表現できる)
★これが子音語幹動詞に対して早い時期に可能態形式が広がった理由でしょう。
〇可能態:歩k+eru→歩く動作意思・意図があり、可能だの意味を持つ。
〇受動態:歩k+areru→歩く動作の結果がある、結果になる、結果になれるの意味を持つ。
・可能態「er」=受動態(結果態「ar」+可能態「er」)-結果態「ar」=結果には言及しないで
 動作意図・意思を表現します。

 では、母音語幹動詞で可能態の誕生が遅れたり、いまだに正当化されないでいる理由はなんでしょうか。
★母音語幹動詞の原形:終止形をよく見ると、「見る、食べる、下げる」のように語尾「る」が付加されています。
〇この「る」音の意味は「自律・自力動作」の動詞であることを示す文法的な語尾音です。
(動詞語尾「す」音が他動詞性を示すための文法的な対向性を持っています)
〇そこで、「見.r-、食べ.r-、下げ.r-」を態派生のための語幹と考えると、子音語幹の場合と統一が取れる方法で考察できます。
★可能態/受動態の並置で比較してみましょう。
④群:見.れる/見.られる、食べ.れる/食べ.られる、下げ.れる/下げ.られる、着.れる/着.られる、逃げ.れる/逃げ.られる、離れ.れる/離れ.られる、届け.れる/届け.られる、生き.れる/生き.られる、起き.れる/起き.られる。
⑤群:考え.れる/考え.られる、感じ.れる/感じ.られる、憶え.れる/憶え.られる、忘れ.れる/忘れ.られる、数え.れる/数え.られる。
★④、⑤群ともに受動態でも受身と可能の両方の意味を感じとれることが分かります。「~られる」がもつ自律動作の表現力のお蔭です。
〇自律・自力動作の動詞は自分自身の動作として行動した経験・記憶が染み込んでいますから、動作可能の意味が容易に浮ぶのでしょうね。
・だから、可能態への独立化の動きが緩慢で、方言的にしか進まなかったのかもしれません。
〇しかしながら、可能態と受動態が並立する意義は十分にあります。
・④群:可能態:食べ.r+eru→食べる動作意思・意図があり、可能だの意味を持つ。
・並立の受動態:食べ.r+areru→食べる動作の結果がある、結果になる、結果になれるの意味を持つ。
・⑤群:可能態:考え.r+eru→思考動詞(継続動詞:考える)の動作意思・可能「考え.れる」は別意(~と判断できる)になるかもしれませんが。
・並立の受動態:考え.r+areru→考える継続動作の「区切り、結果」を表現する重要な意味を持つ。
★すべての動詞が「可能態と受動態を別形態で明示する」という統一的な文法法則を活かしたいですね。
 「母音語幹の動詞に対しては法則を取り入れず捨ててしまう」のは正しい選択でしょうか。
 簡単で統一的な法則性を求める動きは今後も続くでしょう。
 (学校文法で行われている「無用な制限」を解除していきたいですね)

★最後に、強制系、使役系についても調査しておきましょう。
〇母音語幹動詞は最初に原形:終止形「る/r-」を「す/s-」へ転換した形式で
 強制態・使役態へつながります。
・母音語幹動詞の強制態:「見.s+as-、食べ.s+as-、下げ.s+as-」となり、
・子音語幹動詞の強制態:「歩k+as-、並b+as-、渡r+as-」となり、
 (強制態では)まずいことに両方とも語末が「す/s-」語尾になります。
〇可能態/受動態の並置比較でやはり問題がでます。
⑥群:見.させる(=使役態)/見.さされる、歩かせる(=使役態)/歩かされる→受動態は「受身」にしか感じないですね。
 しかし、現代語では使役態を使うことが多いので、
⑦群:使役態を使うと:見.させ.れる/見.させ.られる、歩かせ.r+eru/歩かせ.r+areru
 となり、これなら使役可能態と使役受動態(受身と結果可能が感じられるから)を併行して使えます。
使役態に対しても⑦群方式ならば、統一的な文法法則を採用して適法な態動詞活用が実行できます。
もちろん、強制系は「す」音の影響で意味範囲が狭まりますが、受身表現としては小粒でピリッと機能します。

★こうして受動態の全体を見渡して形態を比べてみれば、
 ③群「~される」受動態と、④群⑤群「~られる」受動態との語感の違いがすべての分岐点であるようです。
・つまり、「s+ar・e.r-:される」受動態であるのか、(受身の意味が強い)
・「r+ar・e.r-:られる」受動態であるのか、(受身と可能の意味が感得できる)の違いというのは、
 「s」がつくのか、「r」がつくのかの違いです。
 (もちろん動詞種類にも起因します。日常的に自力動作する動詞ほど受身・可能の両方を感じるはずです)
・文法的な「る」と「す」の機能差については、広く知られていることなのですが、態の形態、構造にも大きな影響があるのですね。
・「る」は自律・自力動作の動詞を作り出す機能が文法の深層にあるから、「動作結果」を表現する受動態では、(他者が自律・自力動作した影響による)受身と併行して自分が行った動作結果の表現とも感じられるのです。
・「す」は他律・他力動作を指示する動詞を作り出す機能が文法の深層にあり、受動態では「他者が受ける」受身表現にしか感じられないのだろう。動作指示主に帰ってくる動作結果が感じられないからです。
★使役受動態を解釈すると:歩かせ(他者へ動作させ)・られる(他者が受身+動作指示主が可能)の態形式です。 ぎくしゃく感があるのはこれが原因です。
〇もともと受動態「られる:r・ar・e.r-」を素直にみれば、「動作(の結果:ar:存在)が存在する/存在できる」ということを意味しているからです。
・「される:s・ar・e.r-」受動態は素直にみると、「他者への動作(の結果:ar:存在)が存在する/存在できる=他者が受身、他者への尊敬態(他者が結果可能)」という意味に解釈されることが多いのでしょう。

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