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2016年5月

日本語:態文法を再生する

2016/05/22(日)

 態文法:「態の双対環」方式の要点を再生まとめすることにして
日本語:態文法を再生する、に書込み始めました。
まだ、1/3ほどです。
28日 1/2くらいです。
6月20日 「あとがき」まで完了です。

日本語文法の論理10

2016/05/08(日)

 この連載項目も長くなりましたので、最後の締めくくりを試みます。
★現在の態文法には不都合な謎がいくつも在ります。謎を謎だと認識しないで見過されています。
〇「さ入れ言葉」や「れ足す言葉」、「ら抜き言葉」などが問題視され続けるのも、不都合な謎がそのまま放置されているからでしょう。
〇連載では「態文法の謎」に対して思考実験をしました。(今後、広く追試が行われることを期待したい)

【学校文法での態説明の謎】とは:
①動詞語幹の決め方が「ひらがな解析」なので、正確な子音語幹を定義できない:語幹無し動詞も存在。
②態の接辞(助動詞)を動詞活用の未然形に接続する、は誤解法則です。
・態に使役態接辞:aseru、受動態接辞:areruがある。接辞頭部がともに「a」だから、読ma+せる、読ma+れる、と見なして、動詞活用の未然形に接続するとの誤解説明が延々と続いています。
③受動態を用いた可能表現に関して言えば、「す」語尾動詞の受動態「例:渡される」は受身を感じるが、可能表現の語感が浮ばない。だから必然的に「渡せる」式の用法が生まれた。
当然ながら「未然形につなぐという誤り法則」が使えないから、可能態と言わず可能動詞と命名した。
・母音語幹動詞で:食べれる、見れる、来れる、などの可能態が無残にも正当化されず、「ら抜き言葉」と誤称され、これも延々と方言扱いが続いている。
 以上、学校文法での謎の誤解釈です。これらの謎を大半の人はそのまま見過しているわけです。

【ローマ字解析で解決できたこと】
★明治期以降の文法研究で「音素解析:ローマ字解析」する流れも起きてきました。
外国人学者などによる日本語研究で「ローマ字解析」の効果が表れたことで、
(1)動詞語幹の明確化:子音語幹と母音語幹の区別の定着。
(2)活用接辞の形態明確化:接辞共通部分の明確化。
日本人学者も「ローマ字解析」により、語幹共通部分と接辞側共通部分の抜き出しを体験して効果を確認できたことでしょう。
★動詞語幹:子音語幹と母音語幹の動詞がある。
★態接辞:子音語幹用形態と母音語幹用形態がある、旧習に引きずられているが。
★この知識成果だけで、謎の規則に従うと、
・動詞・子音語幹+態接辞・子音語幹用=態動詞・子音語幹だった動詞
・動詞・母音語幹+態接辞・母音語幹用=態動詞・母音語幹だった動詞
という概念で言語運用することになる。
〇この概念と、旧来の「未然形接続」の誤解の概念が混在した現代日本語では、まだまだ依然として「さ入れ言葉」や「れ足す言葉」、「ら抜き言葉」などの言い間違えが解消できないだろう。
(もっとも「ら抜き言葉」は間違いではないので、目指すべき態文法で正当化しましょう)
★つまり、「ローマ字解析」で功績があったのは、「未然形接続の法則は誤解だった」という現状認識だけです。
〇思考実験でも「態の双対環」を2013年に考えた時点では、動詞語幹と態接辞を子音・母音対応と区別して捉えていました。
2014年末、2015年になって、次に述べる考察にたどり着いて、ようやく正しい態文法に気づいたのです。

【目指すべき態文法】
 態動詞を生成する原理を一般式で表現すると、態動詞=「動詞語幹+挿入音素+態接辞」となる。
この一般式を如何に解釈するが重要です。解釈の可能性は3つあります。
【1】日本語教育現場:「動詞語幹+挿入音素+態接辞」を、連続構文として覚えさせる。
【2】日本語文法研究:「動詞語幹+(挿入音素+態接辞)」と旧来の文法形式を踏襲する。
→動詞語幹2種×挿入音素・態接辞2種の組合せのままだから、言い間違いの心配がつづく。
【3】態の双対環文法:「(動詞語幹+挿入音素)+態接辞」とし、動詞の自他交替生成と同様の機能を態接辞で行うと解釈する。
→目指すべき態文法としては、【第3】方式が最良です。
・動詞語幹子音形態で2種類×態接辞形態1種類ですから、組み合せで言い間違いする心配はありません。多くの人が態文法の熟練者になれると思う。
(態動詞の生成に第3方式が必須です。もちろん動詞活用表にも適用可能で、語幹・挿入音素・助動詞接辞の3つが分離して明示できる表形式がよい。ローマ字表示を付ける)
★態動詞の場合、態接辞(eru/aru/asu/areru/aseru)が母音始まりです。動詞語幹が子音語幹ではそれをそのまま、母音語幹では子音挿入音素「r」が文法的に必要になります。
母音語幹の動詞も本来原形(終止形)では、食べr、見r、考えr、のように「r」音素がついていたので、それをそのまま残せばよいのです。これで動詞側が両方とも語末子音形態として扱えます。
★ただし、使役系の態構文では、母音語幹付加音素「r」は「s」に交替させます。
 つまり、食べr+aseru、でなく、食べs+aseru、見s+aseru、考えs+aseru、のように「r/s」交替させる必要があります。文法的要請です。
★自他交替で生成した動詞「立てる」の場合も、使役態を作るときには、立teru→立tes+aseru、のように「r/s」交替が必要です。
★動詞語尾の「る」:自律動作の動詞です。(主に他者に関わらない自律的動作)
・動詞語尾の「す」:他律動作の動詞です。(他者に関わる、使役的な他を律する動作)
(この「る/す」語尾に対する:自律/他律の意味付け・解釈も独自考案によるものです)
(国語辞典:他律→他からの命令で行動する自分の動作。当方の他律:他を強制的に律する動作)
★「r/s」交替は、態接辞にも潜んでいる:結果と強制:aru/asu、受動と使役:areru/aseru、が「r/s」交替で生まれたかもと最近感じている。(仮説状態)
・思いつきで極論を言うと、例えば、食べr+areruをまとめて使役化操作したら、食べs+aseruになるのだ、と言えるかもしれない。もちろん所動性の高い動詞の場合は成立しない例もある。
★「r/s」交替の研究がもっと進めば、おもしろい展開になるかもしれませんね。

 以上でこの項目立ての締めくくりとします。

日本語文法の論理9

2016/05/02(月)

 日本語の動詞を考察する道具として、思考実験では「態の双対環」図解を提案しました。
★考察の核心は、「動詞は受動・自動・他動・使役と直線状に並ぶ」と言う仮説に反して、
「すべての動詞が受動になる日本語の特徴を考慮すると2本線に並ぶと考えるべきだ」とする立場からはじまった。
だから、有対の自他交替動詞の仕組みと受動態の対応関係、無対動詞と態の関係などを切り離さずに動詞全体の関連を考察してきた。
その結果、確信したことは、自他交替の機能接辞と態の機能接辞は形態も機能も共通するものがある、また、動詞と機能接辞の接続方法は、「動詞原形語末子音までの形態」に接辞がつながるのだということ。(動詞活用の未然形につなぐのは全くの間違いです)
<図参照>
Photo

【態の接辞】
 念のために態の接辞を書き出すと、
可能態接辞:eru、
結果態接辞:aru(文語体受動接辞)、
受動態接辞:areru(結果+可能の合成接辞)、
強制態接辞:asu(文語体使役接辞)、
使役態接辞:aseru(強制+可能の合成接辞)、
です。

【動詞語尾の「る」と「す」の法則】
★日本語の動詞原形で末尾が「る」であるものは、自律動詞が多く、
 (特に母音語幹動詞では原形語尾は「る」です)
・末尾「す」である動詞は、他律動詞:他を律する動作動詞や他動詞が多い。
・考えr・aru、考えr・areru、が自律動詞であり、
 これを強制系へ態交替させると、
・考えs・asu、考えs・aseru、能動系の語末「r」と接辞「r」が
 両方とも「s」に交替するのです。
つまり、自律的に行う動作を全体そっくり他者にさせるという表現が使役系の豪快無比なるところです。
★自分で「考えr・aru、考えr・areru」ことだから、
 他者にも「考えs・asu、考えs・aseru」ことができる、という論理なのだろう。
・子音語幹の動詞:「読m・aru、読m・areru」では、態接辞だけが使役交替して、
 「読m・asu、読m・aseru」となるので、普通のことですが、、、

【aru/asuもr/s交替の法則による】
★結果態と強制態:aru→asu、受動態と使役態:areru→aseru、「態接辞のr/s交替」です。これは大胆な仮説を提起していますが、日本語文法の学問書でも「る/す交替」については、自他交替の例として記述するところです。「態の双対環」で態接辞を考察していると、態接辞自体も「r/s交替」で生まれたように推測できます。
それほど、自他交替と態の交替は同じ法則に従っていると感じています。
また、日本語では自動詞でも受動態が発達しているのは、このような態の交替、使役・受動交替が円滑にできる構文法則・構造を生み出したからなのかもしれない。
★態の接辞を、(r/s)aru、(r/s)asu、(r/s)eruとして扱うなら、
 旧来の学校文法方式を踏襲することになってしまいます。利点より弊害が残ります。
また、次項の法則にも対処できるように、ともかく法則を絞り込まないほうがよい。

【動詞語尾の「k・asu」の法則】
・蒸す:自他:自律動作と他を律する動作を区別して、
 →蒸さす:他者に蒸させる、
 →蒸らす:自分が自律動作で蒸す。
・寝る:自:他者に対する寝させ方:
 →寝さす:他者自身の自律動作で寝せる、
 →寝かす:寝k・asu=他者の意向を忖度せずに寝せる。(赤ん坊を寝かす)
・だます:他:だm・asuではないのだが。
 →だまk・asu:他者の意向を忖度せず「だます」、
 →だまくらk・asu:他者の意向を忖度せず「だます」。
 (被害にあって「だまされた」より「だまかされた」と言うほうが心の痛手が少ない?)
・はぐる・はぐらす→はぐらk・asu:他者の意向を忖度せず「言い紛らす、ごまk・asu」。
・笑う:自他:
 →笑わす:他者の自律動作として「笑わす」、
 →笑k・asu:他者の意向に忖度せず「笑わす」ように気張る。
★k・asuの意味を仮説的に推測した。これが100%正しくないとしても、
・「r」:自律動作、「s」:他律(他者の自律動作)動作をしっかりと意識して、意向のあるなしを忖度をして強制・使役態を使いこなしているのでしょうね。
・態が動詞活用でなく、態動詞として造語するものだから、「~k・asu動詞」が比較的簡単に生まれて、試されて、定着するか、しないか短期間で命運が決るのかもしれない。
日本語、日本人の論理としては、自律か他を律する動作か忖度なしか、そういう心遣いのもとに言語運用しているのだと自覚していたいですね。

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