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態文法:態接辞「ある:結果」の意味(4)

2016/11/24(木)

4.態接辞「ある:結果」の意味

(1)結果態接辞「ある:aru」の意味
 態接辞-aruは、存在を意味する唯一の単語「ある」と同根であり、文語体で
 は「書かる、読まる、疑わる」など「ある」接辞がついて、受動態とした。
 現代語では、「ある+える=あれる」接辞をつけて、「書かれる、読まれる、
 疑われる」の形態にして受動態とする。

〇「態の双対環」文法では、「ある」接辞を結果態接辞と命名して、敬意を持っ
 て活用すべきだと提唱する。
・理由を記すので、少し感覚を澄まして読んでください。
(動詞「ある」と態の接尾辞「ある」と同等扱いします。どうぞ異論を考えなが
ら読んでください)
①存在を表す動詞は「ある」だけですから、「ある」接辞も「存在する状態」と
 いう深層概念を呼び起します。(これに気付かない方が多いと思います)
〇反証として動作動詞:「いる、おる」で結果態が派生できるか試そう。
 *「書きる、読みる、疑ひる、書こる、読もる、疑ほる」はダメでしょう。
  これでは「書く、読む、疑う」の動作表現のままで、結果表現にならない。
  国語辞典では「いる」の意味に動作進行と動作結果の継続の2つを記載し
  てあるが、進行中の継続を結果の継続と混同したもの。
・つまり、動作進行は「いる」で表現し、動作結果は「ある」で表現すべきとこ
 ろを国語辞典は混同した記述です。(多数の文法書も混同しています)

②結果相:「~てある」、進行相:「~ている」は自動詞、他動詞に共通する。
 (大多数の文法書に対向して反証するために記述してみます)
・自:「歩いてある、届いてある、走ってある、開いてある、閉ってある」など
・他:「書いてある、読んである、教えてある、開けてある、倒してある」など
 どちらも動作結果相:動作済み状態が一定時間経過しても「結果がある」こ
 とを表現する。作為動作である、ないに関係なく「結果相」の表現です。
・自:「歩いている、届いている、走っている、開いている、閉っている」など
・他:「書いている、読んでいる、教えている、開けている、倒している」など
 どちらも動作進行相:動作動詞に「いる」動作がつながって進行中を表現す
 る。自動詞の進行相が動作継続相(結果相的)も含むと仮定しても、本来の
 動作進行相が意味の中心をなすわけです。
・例:「立つ」が瞬間動作で「立っている」を動作継続相と見なすことに慣れて
 いる方でも、「立っている」が動作結果相と感じるのでしょうか。

〇「書いてある/書いている」、「歩いてある/歩いている」の結果相/進行相
 の意味感覚差は、他動詞、自動詞で何も違いはないはずです。
 自他の差で進行→結果の差異が起きるはずはなく、瞬間動詞か継続動詞か
 の差で動作感覚に違いがあるかもしれません。しかし、結果状態、体験状態
 を表現するには、「~てある」でしか明言できません。
 (「考えてある、調べてある」と返答する場面はあっても、「予定は立って
 ある」、「もう歩いてある」などを使う場面が少ないだけでしょう)
 (例:準備メモに従って大量の物品を購入する場合、購入したか「してある
 、してある、してある、してある、」というように目視確認をする。
 「している、している、している、している、」ではないはずだ)
〇他動詞:「書いてある」が意図する動作の結果を表す結果相であるし、
・自動詞:「歩いてある」も予定行動の実行結果を言明する結果相である。
 自動詞と他動詞とで根源的な意味の差異がないことを感得しておきたい。
 「自分の行動を実行した」と自動詞で言い立てる必要が少ないだけです。

・今読んでいる清瀬義三郎則府『日本語文法新論-派生文法序説』:桜楓社:
 1989年でも、残念なことに旧来の文法と同様な解釈を記述する。
 ・「~ている」:他動詞では進行体、(いるは存在の意義を失い、動作の進行
  中を表す):という。しかし、自動詞に対しては、
 ・「~ている」:自動詞で状態体。(動作作用の結果が保たれている状態)→
  自動詞では進行体を表さず状態体だと記す。
 ・「~てある」:他動詞で状態体。(作為的に動作を遂行した結果の状態)
 ・「~てある」:自動詞については言及なし。(全く眼中にないようだ)
*清瀬本が指摘する「状態体」の枠付が考察を誤らせた原因だと思う。
 「動作結果が保たれる」状態だと把握したなら、「結果相:結果が存在する」
 と見立てるべきであった。「状態体」の命名は的外れである。
・「~てある」を「結果相」と命名しておけば、自他動詞に通用するし、自動詞
 の「~ている」は進行相と継続相を兼ねているとの認識になったはずでし
 ょう。(自動詞の「ている」を進行体としてないのはなぜか。奇異な謎です)

・多数の文法学者も自動詞の「歩いてある、届いてある、立ってある」などを
 容認しないかもしれません。唯一「態の双対環」文法では、結果相と認めて
 自他動詞での差別はしないように提起します。
★本来、「いる」は動作動詞であり、「ある時点で存在を保つが、何時か居なく
 なる」ことを内包する。同様に「~ている」も進行の終り目が内包されている。
・「安定な状態にいる」は仮の安定状態しか意味しません。
・「安定な状態にある」は特定時間内の安定状態を肯定する意味です。
・否定の場合:「歩いてない」は「結果の存在:あるの否定」を思わせる。
 「歩いていない」は「動作の否定」です。
★「ある」は「ある時間点、時空間での存在が真実であると肯定する」こと。
 存在を表現できるのは「ある」しかありません。
〇もう一度、②の頭から読み直すと、理解が深まります。

③本題の結果態接辞:「ある:aru」について
(次回へつづく)

★「ある」についての追記:
 「ある」は「存在を真実であると肯定する」機能があり、動詞以外にも付加さ
 れて、「存在を肯定する」と陳述する。また、品詞を用言化します。
・形容詞に付加:楽しk・aru/楽しk・atta/楽しk・aroo、
・名詞(繋辞、断定辞)に付加:である←で・aru/で・atta/で・aroo、
 /で・arimasu→です、
・「である」をさらに簡略化して:だ←d・a[ru]/d・atta/d・aroo、
 のように用言化目的に使われ、形容詞文、名詞文・形状名詞文などへの派生
 動詞を生み出した。

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