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2017年1月

態文法:動詞二段活用が可能態も派生した

2017/01/28(土)

 前回の終わり部分に記載した動詞活用の一般式を推敲すると、二段活用の効用
が身に染みて分かってきました。
〇動詞語幹(子音/母音):D、挿入音素:[][r][s]、機能接辞:ar/as/er、
・文語体の受動態:ar付き動詞の二段活用の一般式。
(古語のつもりで活用:未然/連用/終止/連体/已然/命令)
 ・読まる、見らる:D[r]ar[](e/e/u/uru/ure/eyo)
  【未然、連用には活用語尾に「e」が付加される】
・文語体の使役態:as付き動詞の二段活用(強制態相当)の一般式。
 ・読ます、見さす:D[s]as[](e/e/u/uru/ure/eyo)
  【未然、連用には活用語尾に「e」が付加される】
・文語体の二段活用は、受動態:D[r]are[r]、使役態:D[s]ase[r]を派生させる
 大きな役目を果した。文語でも「読まる、見らる」表記より「読まれ、見られ」表
 記のほうが馴染やすいはずだ。
〇新派生の「読まれ、見られ」を原動詞に使えば、一段活用で口語体表記できる。
・口語体の受動態:are[r]付き動詞の一段活用の一般式。
(現代語の活用:未然/連用/終止/連体/仮定/命令)
 ・読まれる、見られる:D[r]are[r](-/-/u/u/e/o)
  【未然、連用では[r]を引き去る意味で、-記号を表記】
・口語体の使役態:[s]ase[r]付き動詞の一段活用の一般式。
 ・読ませる、見させる:D[s]ase[r](-/-/u/u/e/o)
  【未然、連用では[r]を引き去る意味で、-記号を表記】

〇文語時代の二段活用は後に一段活用に収れんする。二段活用には自他交替機能
 の「eru」接辞を生み出す功績があったと思う。
・江戸時代までの動詞は、四段活用と二段活用を併用することがあったはずで、
例:立つ:D[]u:D[](a/i/u/u/e/e)←四段活用:立つ自動詞のまま。
 ・立つ:D[]u:D[](e/e/u/uru/ure/ero)←二段活用:立てる派生の芽。
例:割る:D[]u:D[](a/i/u/u/e/e)←四段活用:割る他動詞のまま。
 ・割る:D[]u:D[](e/e/u/uru/ure/ero)←二段活用:割れる派生の芽。
このように、二段活用は自他交替の機能を果していたはずです。
時代を経て、立つ/立てる、割る/割れる、が自動詞、他動詞として独立してきた
ので、立つ、割るは四段活用、立てる、割れるは一段活用に整理収束したのだろう。
(未然、連用の「立て、割れ」:D[]e、か、連体の立つる、割るる、か、どちらが現在
 の「立てる」、「割れる」につながったのか、または両方の影響か、定かでない)
まず、これが二段活用の大きな効用の一番目です。

二番目は功罪半ばするのだが、古来より受動態:D[r]ar[]、使役態:D[s]as[]に
対しては、二段活用に限った使用を指定したこと。(功罪の功の部分)
〇態を扱う場面で二段活用を使用するのは当然で、態が表現できるからです。
例:立つ→立たる:D[r]ar[](e/e/u/uru/ure/ero)←立たれ派生の芽。
 ・立つ→立たす:D[s]as[](e/e/u/uru/ure/ero)←立たせ派生の芽。
 ・立たす→立たさる:D[s]as[]ar[](e/e/u/uru/ure/ero)←立たされ派生の芽。
〇江戸時代までは、「ar」や「as」、「asar」の付いた態動詞に対しては二段活用を
 させることにより「日常不便無く受動態、使役態が使えた」のです。
・立たる:D[r]ar[](a/i/u/u/e/e)←四段ならひどいことになります。
・立たす:D[s]as[](a/i/u/u/e/e)←強制態は四段でも様になるか。
〇問題は、態接辞が付かない原形態:「立つ、割る」などの動詞に対しての文法的
 指定が不十分だったのです。(功罪の罪の部分)
・本来、原形態では四段活用と二段活用を併用しつつ、自他交替の機能を果した
 わけですから、
 ・原形態:D[r]u→:D[](a/i/u/u/e/e)←四段(子音語幹)。
 ・原形態:D[r]u→:D[r](e/e/u/uru/ure/ero)←二段活用【可能態の芽
  を子音、母音語幹ともに派生可能です】
〇可能態の芽をはっきりさせるには、二段活用のたとえば連用形を引き出せば、
・D[r]e→立て、割れ、読め、見れ、書け、走れ、食べれ、などを得る。
 これに「る」が付加すると、「立てる、割れる、読める、見れる、書ける、走れる、
 食べれる、」となり、動作可能の意味合いになる。新動詞が生まれるのです。
【いわゆる子音語幹動詞だけでなく、母音語幹動詞も可能態へ派生できる、と言
 う文法的考察を記述した】

 明治時代には、二段活用が一段活用へ整理(新動詞が派生)され、学校文法も
一応の役割を果しているが、
・子音語幹動詞の可能形:D[]e[r]u:「立てる、割れる、読める、書ける、走れる、
 許せる、渡せる、移せる、探せる、動かせる、」は可能動詞と認定したが、
・母音語幹動詞の可能形:D[r]e[r]u:「見れる、食べれる、来れる、見せれる、出
 れる、」などを可能態と認定しないでいる。
・本来はどちらも正式に「可能態」として認定されるべき論理的な形態です。
 一般式→D[r]e[r]u:により可能態動詞を記述でき、子音・母音語幹ともに含み
 ます。(二段活用の自他交替で派生したD[r]e[r]u:可能態動詞を認めて一段動
 詞に組み入れることで、一段活用化へ移行してきたのです。その基本原則を見
 失った迷路で立往生なのです)
〇江戸時代のまま時間が止った状態にいるようですが、遅々としているけれど、
 旧来文法もしぶといけれど、すこしずつ可能態全体に光が当ってきています。
〇「態の双対環」方式では、「態の双対環」鏡像図に示すように能動系、強制系、使
 役系の3つの「双対環」には必ず可能態があります。子音語幹・母音語幹の区別な
 く可能態動詞を定義し、かつ、「可能付加の軸」上に相似的配置で実在してあり
 ます。

態文法:文語体の態は下二段活用だった

2017/01/26(木)

 前回の終わり部分で提起した項目の周辺事情を考察する。
〇態の「原形態構文と所動態構文の関係」を起点にして文章を区分する考え方を
 整理してみたい。簡単な側面で構文を区分すると、
①原形態動詞とは、能動系「双対環」の原形態や、強制系、使役系「双対環」の原形
 態動詞を総称する概念ですが、原形態動詞を述語に用いて描写する構文を「原
 形態構文」と呼び、「事象叙述文」に相当すると考える。
・自動詞、他動詞、自律動詞、律他動詞など区別しないで、事象生起の根源が原形
 態動詞による動作であると想定する。
②所動態動詞とは、3つの「態の双対環」の原形態を除いた態動詞:可能態、結果態
 受動態の各態動詞を総称する概念で、これを述語に用いて描写する構文を「所
 動態構文」と呼び、「属性叙述文」に相当すると考える。
・「属性叙述文」の中心的な意味領域は、実体の性質、属性を叙述することであり
 動作状態に関与するとしても心理的影響や感覚、感情、習慣などを表現するこ
 とが含まれるだけだろう。
 (態動詞が直接的に感情を描写するわけではないですが)
以上を前提として思考実験に入る。

 言語学の研究で「動詞」については、「目的語を/主語が」を取りうる動詞の存在
に注目する事例もあり、当方も調べ始めています。(ネットから情報論文探査)
〇たとえば、自他同形動詞:
・泥を/がはねる、扉を/がひらく、(自他交替(能格動詞):主語・目的語同一)
・盗みを働く/智恵が働く、(自他交替でない:主語・目的語が不一致)
〇たとえば、「事象表現と動作局面の表現」:疑似自動詞文
・イチゴが売っている、(イチゴを売る:事象が進行する局面表現なら許容内)
・映画がやっている、最新器具が置いている、付箋が貼っている、赤みが帯びてい
 る、更新が怠っている、名前が書き忘れている、など
 特に、疑似自動詞文は、無意識のうちに使用することが多いかもしれない。

〇イチゴが売る時期に、イチゴは売っている、イチゴの売っている、イチゴを売
 っている、イチゴが売られている、などの文章形態でいろいろな文節、連体修飾
 節に使われるだろう。
・「~ている」:動作進行相や、結果相にも利用されるが、本来は区別したほうがよい。
・「~てある」:完了結果相の表現にもっと使うとよいのではないだろうか。
 特に、最新器具が置いてある、付箋が貼ってある、など配置・存在の説明文には
 ピタリの表現になる。(ピタリ過ぎて動きが固定されて、存在感が強くなりすぎ
 てしまうが)

この「~てある」を態形式に引き当てると、結果態、受動態に相当します。
〇無対他動詞を自動詞化するには、自他交替の一手段として他動詞の結果態化、
 受動態化を用いるのが通常の文法的方法です。
・イチゴが売られている、最新器具が置かれる、付箋が貼られる、などの受動態化
 で表現できる。いくぶん意味が窮屈になります。
・映画がやられる、赤みが帯びられる、更新が怠られる、など受動態では(動作結
 果が出た状態だと受け取るから)まったく手が出せる感じがありません。
〇売る→売っている→売ってある→売りてある→売りたり→(態)売る+ある→
 売らる→売られ→売られている、

・「売らる→売られ」で気がついた。
 文語体時代には、「売られ」と受動表現を使えたが、「売る→売れて」と言える可
 能性がなかったのではないか。「売れば、売れども」という已然形の表現ができ
 たから、あるいは「売れて」のような表現があったのか、どうだろう。
〇『徒然草』をみると、「筆をとれば物書かれ、楽器をとれば音を立てんと思ふ。
 盃をとれば酒を思ひ、賽をとれば攤(博打)打たんことを思ふ。・・・」の文が思い
 浮ぶ。
 とれば=取るの四段活用仮定形、書かれ=受動:書かるの下二段連用形、
 立てん=立つの下二段未然形+ん:意思、他動詞:立てるのあつかい。四段仮定
 形+ん:意思?、
 打たん=打つの四段未然形+ん:意思?、と言うことが分かった。
〇古語辞典でも、「立て:下二段、他動詞」、「立ち:四段、自・連用形」との説明がある。
 自他交替の機能:立ち/立て、が四段活用と下二段活用の間で起きているのです
 ね。(だが、『徒然草』ではまだ「売れて」までにとどかないようだ)
 江戸時代になって下二段が下一段へ整理収束していく段階で、自他交替機能と
 同時に「態」としての汎用的な位置付けが確立しないうちに、「立てる」に可能動
 詞としての持味を感じてしまったのだろうか。

〇文語時代の態動詞の動詞活用を調べてみよう。
態の下二段活用:(未然/連用/終止/連体/已然/命令)
・読まる:読まれ/読まれ/読まる/読まるる/読まるれ/読まれよ
・見らる:見られ/見られ/見らる/見らるる/見らるれ/見られよ
・一般式→D[r]ar[]u:D[r]ar[](e/e/u/uru/ure/eyo)
・読ます:読ませ/読ませ/読ます/読まする/読ますれ/読ませよ
・見さす:見させ/見させ/見さす/見さする/見さすれ/見させよ
・一般式→D[s]as[]u:D[s]as[](e/e/u/uru/ure/eyo)
(文語時代では下二段活用を重用して、未然、連用に「e」形を得たようだ)

〇現代口語の態動詞は「e[r]」付き形態なら下一段活用となり、
態の一段活用:(未然/連用/終止/連体/仮定/命令)
・読まれる:読まれ/読まれ/読まれる/読まれる/読まれれ/読まれろ
・見られる:見られ/見られ/見られる/見られる/見られれ/見られろ
・一般式→D[r]are[r]u:D[r]are[r](-/-/u/u/e/o)、
 (未然、連用では[r]を引き去る意味で、-記号を表記)
・読ませる:読ませ/読ませ/読ませる/読ませる/読ませれ/読ませろ
・見させる:見させ/見させ/見させる/見させる/見させれ/見させろ
・一般式→D[s]ase[r]u:D[s]ase[r](-/-/u/u/e/o)
 (未然、連用では[r]を引き去る意味で、-記号を表記)
〇子音語幹の「ある:aru」、「あす:asu」付き形態なら五段(四段)活用となる。
「態の双対環」で扱う結果態(つかまる、受かる)、強制態の五段活用:
・つかまる:つかまら/つかまり/つかまる/つかまる/つかまれ/つかまれ
・受かる:受から/受かり/受かる/受かる/受かれ/受かれ
・一般式→D[r]ar[]u:D[r]ar[](a/i/u/u/e/e)
・読ます:読まさ/読まし/読ます/読ます/読ませ/読ませ
・見さす:見ささ/見さし/見さす/見さす/見させ/見させ
・一般式→D[s]as[]u:D[s]as[](a/i/u/u/e/e)

〇下二段から下一段への収束段階で、「e」、「eru」態接辞が生まれてきた。
 いわゆる可能態:D[r]eruは、Dが自動詞なら「える:eru」で他動詞化/自動詞
 ・可能の二義を持ち、Dが他動詞なら「える:eru」が自動詞化/他動詞・可能の二
 義を持つという(Dの意味に依存した)独特の意味合いなのです。
・「あれる:areru」、「あせる:aseru」など接辞合成では自他交替の機能は起きて
 いません。(可能の意味は残る)

態文法:態でアスペクトも構文も感じとる

2017/01/13(金)

〇前回、「態の双対環」を一行文字列表記で表して、
・原形態-可能態-結果態-受動態、の形式を記述しました。
この4つの態動詞を組み合せたお蔭で、4つの態が醸し出す「絶妙なアスペクト」
が感じられるとの説明もしました。
・前回は、動作主体が行う動作の局面を4つの態動詞を使って描写しましたが、
 今回は、動作主体でない客体を主語に挙げて考えて見ましよう。
(折角の態動詞を考察するのですから、客体に焦点を合わせて試してみよう)

 例文は同じく、
例:SMAPの曲「夜空ノムコウ」の主要歌詞:「あれからぼくたちは 何かを信じて
 これたかなぁ」の「何か」で考察してみよう。
・「あれからぼくたちは 何かが信じてこれたかなぁ」(可能態:意味成立する)
×「あれからぼくたちは 何かが信じてきた(の)かなぁ」(原形態:意味不成立)
・「あれからぼくたちは 何かが信じてこられたかなぁ」(受動態:意味成立する)
〇動詞を直接に態活用し、(~てくる)を外しても同様の成/不成になります。
・「あれからぼくたちは 何かが信じ(てこ)れたかなぁ」(可能態:意味成立する)
×「あれからぼくたちは 何かが信じ(てき)たかなぁ」(原形態:意味不成立)
・「あれからぼくたちは 何かが信じ(てこ)られたかなぁ」(受動態:意味成立する)
〇原形態動詞は能動性が強いので、動作主体と結びつく要求度が高いのです。
・可能態や受動態の態動詞は所動性が強いので、動作の意味に関連する客体が主
 語になることができるのです。「何かが」の「が」は、動作を誘引する根源が「何か
 :客体」であることを表現しています。
〇態は事象に登場する主体や客体に対して行われる動作、状態の相互関係を叙述
 するものだが、動詞そのものが、動作動詞であったり、状態動詞であったり、継
 続動詞であったりするから、おのずとアスペクト的(動作移行局面)な意味合い
 が付随する。
・可能態の一般式:D[r]eru、で表され、
 可能態接辞:eru、の意味は、Dになる/Dになす(なるようにする)です。
 来れる:来るようになる/する、(できる)という意味ですね。
 信じれる:信じるようになる/する、(できる)という意味ですね。
〇「ぼくたちは 何かを信じて来るように(なった/した)かなぁ」
 能動詞文では、態動詞を意訳して原形態構文にすれば、意味が成立する。
×「ぼくたちは 何かが信じて来るように(なった/した)かなぁ」
×「ぼくたちは 何かが信じるように(なった/した)かなぁ」
 所動詞文では、態動詞を意訳して原形態に戻す構文にすると不成立になる。
〇「ぼくたちは 何かが信じるように(できた)かなぁ」
 やはり、「できる」という所動態動詞を使った場合には意味が成立します。

・受動態の一般式:D[r]areru、には、「ar:ある」が付加してある。
 受動態接辞:areru、は結果態接辞:aru、と可能態接辞:eru、が連結した口語体
 の受動接辞です。(文語体では、結果態で受動表現をしたもの)
 受動態接辞:areru、の意味は、動作:D(の結果)があるように「なる/なす」です
 が、これを意訳して原形態動詞で表すのがむずかしい。
 「ある」が唯一の存在動詞だから置き換えができないので、(あるようにできる)
 で置き換えてみようか。これは所動態動詞のままですね。
・「ぼくたちは 何かを信じて来[r](あるようにできた)かなぁ」(動作主体構文)
・「ぼくたちは 何かを信じ[r](あるようにできた)かなぁ」(動作主体構文)
・「ぼくたちは 何かが信じて来[r](あるようにできた)かなぁ」(主客複主語文)
・「ぼくたちは 何かが信じ[r](あるようにできた)かなぁ」(主客複主語文)
〇やはり受動態は意訳して別動詞にしにくいし、変えると意味の語感が湧きにく
 い。

 以上、態動詞が示すアスペクトの問題を考えてきましたが、いかがだったでし
ょうか。このSMAP曲の考察で、2つの文法事項に触れた記述ができました。

1つは、「態とアスペクトの関係」です。
・結果態と受動態は動作結果を描写するので、動作局面の完了点を表す機能とし
 て使われます。
・それに対して、可能態は、動作局面では内心の動作取りかかりを表す機能でし
 ょう。
・可能態と受動態可能の意味の違いは「アスペクトの差」と「内心と見える結果の
 差」でしょう。

2つ目は、「原形態構文と所動態構文の関係」です。
 文法的な構文区別に、事象の生起転回を叙述する「事象叙述文」と、それ以外の
 構文:実体の性質、属性を叙述する「属性叙述文」で二分する方法がある。
・「原形態構文と所動態構文の関係」がその二分法に近い部分もありますが、動作
 主体構文では、原形態動詞も所動態動詞も使います。
所動態動詞を用いると「即属性叙述文」と見做すべきかどうか、未確認です。

態文法:「態の双対環」でアスペクトも感じとる

2017/01/09(月)

〇「態の双対環」は、
・原形態と受動態の対向関係の軸と、
・可能態と結果態の対向関係の軸を 直交させた「双対環」を想定したものです。
〇「双対環」を文字列表記するときには、簡略のために一行で、
・原形態-可能態-結果態-受動態、の形式で記述しています。
〇「態の双対環」では、4つの態を残さず正確に組み合せたお蔭で、4つの態動詞が
 醸し出す「絶妙なアスペクト」が感じられます。
・それは、動作主体が行う動作の局面を4つの態動詞を使って順次描写できるか
 らです。

 「態の双対環」で表すアスペクト:動作事象の推移を描写する。
〇原形態:動作・行為の中心(出来事、事態そのもの)を表現する。
・可能態:意思的に動作開始できる状態にある。
・結果態:動作の結果状態を表現する。
・受動態:(動作主体が)動作の結果を実績として叙述する。
〇事象の進行局面に沿って態動詞を並べると、(未来時間の流れは右へ)
・可能態動詞:開始→【原形態動詞:事象】→結果:結果態、受動態動詞。
という動作の流れが読み取れる。

例:SMAPの曲「夜空ノムコウ」の主要歌詞:「あれからぼくたちは 何かを信じて
 これたかなぁ」の「来る」で考察してみよう。(~てくる:補助動詞の来る)
①来れる【来る】(来らる)来られる:態動詞によるアスペクト表現を試す。
・来れる:意識として来る動作ができる状態を表現。はじめる段階。
・【来る】:事象:動作種別・来るを明言する。
・来られる:目的場所に姿を表すことが成就すると明言する。
②来れた【来た】来られた:時制が過去・完了のアスペクト表現を試す。
・来れた:意図の動作可能、始める段階だった。ただし、来る事象での動作達成を
 「来れた」で表現することもある。
・【来た】:事象:動作・来るの過去事象を言う。ただし、来る事象での動作終わりを
 「来た」で表現することもある。
・来られた:目的場所に姿を表すことが成就したと明言する。

①来れる【来る】来られる:現在、未来の時制表現、未完了表現。
②来れた【来た】来られた:過去の時制表現、完了表現。
が原則的な並び方だが、現実には事象が完了すると、①と②が意識のなかで合体
して、
①来れる【来る】②来れた、【来た】、来られた、のような表現形式になりやすいと
 推測する。完了を感じたときから②アスペクト側に移ってしまう。

 そう考えると、SMAP曲の「あれからぼくたちは 何かを信じてこれたかなぁ」
には、3通りの歌詞があってもよいわけです。
・「何かを信じてこれたかなぁ」、「信じてきた(の)かなぁ」、「信じてこられたかなぁ」
この3通りの歌詞を想定できるのは、どんな動詞でも起きることです。
例:子音語幹動詞:行くの場合でも同様です。
・「何かを信じていけたかなぁ」、「信じていったかなぁ」、「信じていかれたかなぁ」
つまり、問題が「ら抜き言葉」だけに関わることでなく、態表現の基本問題なのです。
「態の双対環」がすべての態形態を「双対環」に組み合せた構造になっているので
最初から「ら抜き言葉」は母音語幹動詞の可能態として正当に組み入れています。
「ら抜き言葉」を問題にすること自体が間違いなのだ、最初から正当に採用して
いればよかったのだ、との視点に川上さんが立たれたのだと思いたい。

 では、来れる:可能態と、来られる:受動態の選択は、どちらがよいのか・正しい
のか。違いは何か。
この両者の違いについては、大阪人なら即答できるのではないだろうか。
「のり・つっこみ」の要領で考えると分かりやすい。
・可能態:のりで「できる」と心で思いながら「試し行動」をやってみせる。
・受動態:つっこみで、「試し結果が成就する」ことを「明言」する。
 通常、つっこみの受動態は打消し表現なので、「試し結果が成就する」はずがな
 いことを「明言」する形式になる。
つまり、可能態は(個人の)意図として「できる」状態を表現する。
受動態は実行(予定も含め)の結果(見通しを含め)を明言する。相手に対して結
果を明示できることを表現する。
だから、公の場では、可能態を多用して話したら信用されない。「ら抜き言葉」が
悪いのではなく、可能態そのものが「内心の意図の可能状態」を表現するものだ
から、公の場では多用しないほうがよいのです。
逆に、受動態を仲間内で多用すると、自分の実績経験を自慢するように周囲の人
が感じてしまうだろう。

 だから、SMAP曲の「あれからぼくたちは 何かを信じてこれたかなぁ」が表現
する「内心の試しながらの可能性」を感じられて、ぴったりするのでは。

(次回へつづく)

態文法:「何段何行の動詞活用」の功罪

2017/01/08(日)

 現在の学校文法、国語辞典では、動詞活用(派生)を「ひらがな解析」した結果の
「五段何行/上・下一段何行」活用などと表現する。
これは歴史的には「ひらがなの制約のなかで、巧みに工夫した一覧表現」である
が、「ひらがな解析」では子音と母音の間を分断して表記することができないか
ら、正確な語幹を明示できない。
・動詞語幹も態接辞語幹も両方共に不正確な「妥協的な表現」となり、不正確な状
 態:「語幹と活用語尾」が混在御免で「何段何行形式」が出来上がったもの。
・例:見る、着る、には動詞語幹がなく、「み」、「き」が活用語尾に回される。
 例:読まれる:語幹「よ」活用語尾「ま」態接辞「れる」、
 例:食べられる:語幹「た」活用語尾「べ」態接辞「られる」、
 のように、語幹が不正、受動態接辞が「れる/られる」の異形態となる。

〇一方、現代の「ローマ字表記による音素解析」で動詞活用を解釈する立場では、
「動詞語幹:子音語幹/母音語幹」や、「態の接辞:あれる:areru(受動態)、あせる
:aseru(使役態)」など明確に共通要素部分を示すことができる。
・例:読まれる:語幹「よm」、挿入音素[]、態接辞「areru:あれる」、
 例:食べられる:語幹「たべ」、挿入音素[r]、態接辞「areru:あれる」、
 のように、語幹が正確、受動態接辞が「areru:あれる」で共通形態となる。
・挿入音素[x]は、語幹と接辞の連結で音素調和(音素衝突の回避)をとるために
 配置されるもので、
・動詞活用を表現する一般式として、動詞語幹:D、挿入音素[]、とすると、
 受動態:D[r]areru:→応用すると、読m[]areru、食べ[r]areru、
 使役態:D[s]aseru:→応用すると、読m[]aseru、食べ[s]aseru、
のように、語幹の子音/母音を[挿入音素]で調和させて、正確な態接辞に連結す
る派生構造であることが明白となる。
・学校文法では定義できなかった可能態も、一般式で正当に表現できる。
 可能態:D[r]eru:→応用すると、読m[]eru、食べ[r]eru、
正式な態形態として導入するのに何の支障もない。(可能態接辞:える:eru)

〇だから、「ローマ字つづりによる音素解析」に基づく「子音語幹/母音語幹」の動
 詞体系をうまく生かした教育法へ改善していく必要があるだろう。
〇教育法を改善しなければ、「何段何行の動詞活用」功罪の罪の面がなくならな
 い。

 文化庁が行う「国語に関する世論調査」は、「ら抜き言葉」、「さ入れ言葉」に関す
るものが含まれ、正に「ひらがな解析の動詞活用の功罪」の影響を調べているよ
うな感じがします。今回の調査で初めて「ら抜き言葉」が半数越えした項目もあ
り、功罪の悪い面にも負けずに「一般大衆の語感」が頑張っているなあと納得し
ました。
〇朝日新聞2016年12月7日(水)夕刊で、”あのとき、それから”欄に、>この文化
 庁9月発表の「世論調査」で「ら抜き言葉」がついに多数派になったと話題になっ
 た<要約引用、とあり、記事の後尾に>作家の川上弘美さんがエッセー「なまな
 かなもの」で、・・・母親から「東京の人間の使うものじゃありません」と刷り込ま
 れて、長い間葛藤があったそうだ。しかし、SMAPの曲「夜空ノムコウ」を歌うう
 ちに、「あれからぼくたちは 何かを信じてこれたかなぁ」という歌詞は、ら抜き
 でなければならないと確信し、禁忌を克服したという。こんな風に、ら抜き言葉
 とつき合えたならと思う。(記者署名)<要約引用。
〇「金を積まれても、ら抜き言葉は使わない」と公言する作家もいるなかで、川上
 さんはすごいなと思い、エッセイーを読んでみた。
 内容は母親の刷込み事情をくわしいく描写するが、肝心の「ら抜き」解釈の筋道
 は直接説明がなく感性が馴染んできたかららしい表現に止っている。
 これでは禁忌が蘇る可能性もあるかもしれません。

(次回へつづく)

2017年主要記事一覧表

2017年主要記事一覧表

12月
11月
態文法:態文法を組み上げる2、 態文法:態文法を組み上げる1
10月
態文法:形状動詞:こわかる?こわがる?
9月
態文法:態の律仕方を伝える4、 態文法:態の律仕方を伝える3
態文法:態の律仕方を伝える2、 態文法:態の律仕方を伝える1
8月
態文法:解説6:そこで探査用「双対環」を、 態文法:解説5:態動詞に律仕方あり
態文法:解説4:一般式で「態の双対環」を、 態文法:解説3:一般式で汎用派生する
態文法:解説2:学校文法最大の欠陥点、 態文法:解説1:派生一般式
態文法:動作を律する全法則
7月
態文法:動詞強制形由来の形容詞語幹、 態文法:形状動詞にも[挿入音素]が必要か?
態文法:動詞派生の一般法則態文法:動作を律する法則
態文法:「ずる・ずらく・ずらかる」の派生態文法:已然の-e-と可能の-e[r]u
6月
態文法:態・用言の派生を流れ図で一覧する態文法:態の全体像を把握する3
態文法:態の全体像を把握する2態文法:態の全体像を把握する
5月
態文法:繋辞、断定辞に[挿入音素]なし態文法:「ク語法」を現代的に解釈する
態文法:発見!挿入音素と機能接辞の同源性態文法:可能態の謎が解けた!?
4月
SD手帳:リング綴じ具で薄型手帳へ工作
態文法:[挿入音素]が語幹・接辞の連結役態文法:動詞形(未然/已然)と挿入音素
態文法:形状動詞の派生と挿入音素態文法:動詞派生と挿入音素の働き
3月
態文法:派生文法と「態の双対環」文法態文法:挿入音素[e]から可能態が成立
2月
態文法:動詞活用形はアスペクト並び態文法:可能態動詞の成立条件2
態文法:可能態動詞の成立条件態文法:態の鏡像図に写ったものは?
1月
態文法:動詞二段活用が可能態も派生した態文法:文語体の態は下二段活用だった
態文法:態でアスペクトも構文も感じとる態文法:「態の双対環」でアスペクトも感じ
態文法:「何段何行の動詞活用」の功罪態文法:態文法カテゴリーを立てる
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態文法:態文法カテゴリーを立てる

2017/01/07(土)

 数年にわたり態文法を考察してきましたが、直近の2年間で大きく進歩しまし
た。これにより昨年10月『日本語動詞 態文法を再生する』の初出版につながり、
「態の双対環」方式の態文法を世に出すことができました。
区切でもあり、新たな開始でもありますから、ブログカテゴリーに「態文法」を立
てて、論旨を明確にしていこうと思います。
 態文法カテゴリーの開始は記述済みの「ら抜き言葉」は「ar抜き結果抜き」可能
からとして日本語文法カテゴリーと共有します。

〇次回には、「態の双対環」で表現する態動詞が示す「動作のアスペクト:動作局
 面」について記述したい。
・態動詞が「動作の授受様相:ヴォィス」を示すだけでなく、日本語の態構造は、動
 作主体が原形態、可能態、結果態、受動態のすべての態を使用して意味を為すと
 いう「動作のアスペクト:動作生起の局面」をも表現するのです。

〇このことを説明する文法書が他にはほとんどありません。
 「ら抜き言葉」は「ar抜き結果抜き」可能の中での説明は、
 可能態と受動態のアスペクトの違いを大事に扱うべきだということです。

・次回、文化庁の9月21日発表の「国語に関する世論調査」の結果の関連情報から
 始めます。

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