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態文法:態文法を組み上げる9

2018/02/04(日)

5-3. 能動系四態の律仕方を検証する:
 能動系での互律、果律、果互律を解説する。(強制系、使役系にも通じる)
①能動態:D[・/r]u:自律←自らの意図、意思で動作する。
②可能態:D[・/r]e[r]u:互律←対自・他・物に対し合理的動作を成し遂げる。
③結果態:D[・/r]ar[]u:果律←事象の(収束)結果が事態を律する状態を表す。
④受動態:D[・/r]ar[]e[r]u:果互律←事象結果に対して合理的態応を表現。
→互律、果律、果互律の言葉は新造語、新定義ですから、詳しく説明したい。
 ただ、動詞を一般形式で表記し、一般形式で動詞の意味を考えることに慣れて
 いない方には少し難解かもしれない。しんぱいです。

5-4. 可能態:互律とは
 ・可能態は、原形態動作が進展し、成就する局面になることを表す。(已然状態)
 ・動作主体の動作と対物・対人の動作が互に合理法則に則って成就する局面で
  あることを表す。(已然状態、自他交替、自発交替を結果的に起す)
→可能態は原形態の進展・已然状態を共通に内包するから、主体(と対象:自然界
 とか)が合理的な相互運動量の法則に則れば成し遂げる動作状態となる。
実例:可能態:D[・/r]e[r]u:可能と自他交替、自発交替へと多義になる例
 ・立つ→立てる:可能/他動詞交替:幼児が立てる/看板を立てる。
 ・割る→割れる:可能/自発交替:厚板を割れる/氷が割れる。
 ・流る→流れる:已然(態は替らないが、合理的な動作様態を想定できる)
実例:可能態:D[・/r]e[r]u:書ける、話せる、休める、食べれる、考えれる、。
 ・彼は字が書ける、英語が話せる、仕事が休める:字形や英語の発音が正しい法
  則に従い、また仕事の段取りに無理がないので、それぞれ動作を成し遂げる。
 ・彼は納豆が食べれる:互いの嗜好、嗜好性能に従い動作を成し遂げる。
 ・回りがうるさくて彼は宿題が考えれなかった:場所が不適当で動作に取りか
  かれなかった。(当然、考えらるに到達しないから、動作結果(成果)がない)
→互律:自動詞動作であっても「主体の動作」と「あるべき基本の動作様態」との相
 互関係が合理的か/不合理かはだれでも判定できる。これも互律という。
 ・他動詞、強制・使役では、2者/3者間の相互関係での合理/不合理に関わる。

★言葉の現場:「ら抜き言葉」という概念自体が間違い
→「見れる、来れる、食べれる」なども、已然形態からの必然の発展だから正当な
 可能態として認める必要がある。「ら抜き言葉」という概念自体が間違いだ。
・可能態の形態は:D[・/r]e[r]u、受動態の形態は:D[・/r]ar[]e[r]u、だから
 「ar[]抜き言葉」が可能態であり、一般形式で示すごとく動詞語幹:Dは子音末
 でも母音末でも両方で成立する態動詞だ。
・「ar抜き」の可能態は、已然概念を内包するから、「書ける、来れる、思える、知れ
 る、考えれる、言える」など、動作の進展に密着した描写であり、過去形の描写
 であっても、その時点の動作を回想するのである。つまり動作に密着した描写
 であり、可能態の意味は「ar抜き=結果抜き」の「結果に到達前の可能中の動作
 、またはその状態」を描写するものだ。
(受動態の肝心かなめは、「ar[]付き」の結果状態を明確に描写することにある)
・テレビ放送では取材発言を簡易に文字列化して画面に載せる際、間違った概念
 のまま「ら抜き言葉」を目の敵にして受動態言葉に直して載せるという見苦し
 い不合理作業を続けている。
(文字変換プログラムが現代文法則の不合理を見逃すから、動作に密着した描写
口調を台無しにしている)
→受動態の可能は、動作の結果(成果、受け身、実績)を元にした表現だから、可能
 態とは意味が違う。「ar抜き」を排除せず、「可能中:arなし/結果済:arつき」を
 確実に区別して使うべきである。
・まさに「可能態:互律/受動態:果互律」との定義を広めたい。
 一つ一つの機能接辞には独自の意味機能があるのだから、接辞の有る/無しを
 正確に認識し感じとれるように備えておきたい。

★言葉の現場:可能態・互律をどうしたら感じるか
→互律という概念にたどり着いた経緯を手短に記述する。
・D[・/r]e[r]uの形態のなかで、次の単語類の意味を思考して発見した。
例:見る→見す→見せる/着る→着す→着せる/乗る→乗す→乗せる/寝る→
 寝す→寝せる/似る→似す→似せる、(寄る→寄す→寄せる)、など、共通する機
 能接辞が共通に意味することは何か。
・D[・/r]u:見る/着る/乗る/寝る/似る/寄る:自律動詞。
・D[・/s]u:見す/着す/乗す/寝す/似す/寄す:対他自律?軽い律他?(古語)
・D[・/s]e[r]u:見せる/着せる/乗せる/寝せる/似せる/寄せる:互律だ。
〇D[・/s]u:見す/着す、、の古語時代も下二段で活用し、D[・/s]e-:見せ/
 着せの形態は使われたから、下一段化のD[・/s]e[r]u:見せる/着せる、に
 移行するのも自然だったろう。(文語の已然形がなくなったのではなく、一段化
 して新しい動詞類型として独立したのだと言える)
・上記3種類の語形は、接辞が異なるから意味機能にも違いがあるはずだ、と思考
 する。検証の方法として、各接辞語から受ける語感を頼りに「登場人物」を想像
 すると、
 D[・/r]u:動作者+対象、D[・/s]u:注目者?+相手動作者?+対象、
 D[・/s]e[r]u:上位者(熟達者)+相手(受け)動作者+対象、のような情景が
 見える。
→そこで、互律とは、
・D[・/s]e[r]u:見せる/着せる、→熟達者が相手方を手助けして対象物への動
 作を加える。お互に動作を補完しながら成し遂げる、つまりこれを互律と定義
 したのだ。 相手方が手助け不要になれば、自立して自分主体で、
・D[・/r]e[r]u:見れる/着れる、→未熟者?が自律動作で対象物への動作を成
 し遂げる。未熟者も対象物もお互に必要な作法・法則に則った事態を成し遂げ
 たから可能と言えること。これを互律と定義したのだ。やはり、世間の法則、
 物理法則、事理法則に違反せず遵守してこその可能態であるはずだからだ。
(単に自動詞、他動詞の差異でなく、成し遂げる動作に「できる」と太鼓判を押せ
るには、何らかの法則に合致している必要がある)
★一般形式の利点は、D[・/s]e[r]u:と、D[・/r]e[r]u:を上記のように自然の
 流れで説明できる。ところが、子音末動詞の場合では、D[・]e[r]u:の形態一つ
 しか派生できない。 書ける/読める/行ける/打てる、に対向して探すと、
・強制可能態・使役態:D[・/s]as[]e[r]u:書かせる/読ませる/行かせる/打た
 せる、が、D[・/s]e[r]u:に近くなるが同一ではない。(見せる/見させる、で
 少しばかり意味の差があるように)
 ちなみに、強制可能態、使役態の律仕方をともに「律他互律」と定義した。

→最後に別の形態の互律にも触れておこう。
・D[・/y]ou:置こう/書こう/見よう/食べよう:意思、推量の意味のほかに、
 呼びかけ・勧奨・誘導など対他の動作を誘導する意味の場合は、互律的用法と見
 なせる。勧奨する以上は互律として動いてほしい。
〇だが、命令形の場合、
・D[・/r]e【[・/y]o】:置け【よ】/書け【よ】、命令形:互律でない。
・D[・/r]【e[・/y]】o:見れよ→見ろ/食べれよ→食べろ、命令形:互律でない。
(命令形も書きなさい、食べよ、食べなさいの連用混在が「已然形」応用になる。
 ただし、書け/食べろの命令形は公式的には使いにくい)
命令形は相手の自律を認めないから互律ではないと感じる。

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