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2018年3月

態文法:二段活用から一段活用へ

2018/03/31(土)

 前回、態文法:未然形はあるのか?5をしめくくりとしたが、少し追記したい。
動詞語幹の子音・母音の「う動詞、る動詞」区別についてインターネット検索して
みると、判別法の質問やら、回答やら多数の情報が出てくる。 連用形、已然形の
形態から[r]uを付加して独立した動詞という視点での考察は見当らない。

 前回の「る動詞」を判別する方法を要約再掲すると、
〇動詞語尾音が「~i[r]u」、「~e[r]u」の場合、る動詞である可能性が高い。
★当ブログが推奨する判別法は、(現代口語の日本語話者に適合する方法)
①活用形「連用形-終止・連体形-已然形(仮定)」の語尾音をローマ字表記する。
②語尾音:「i-u-e」ならば、う動詞。(四段・五段活用、子音語幹動詞)
③語尾音:「i-i[r]u-i[r]e」ならば、る動詞。
 (いる動詞:上一段活用、母音幹動詞:[r]を[挿入音素]とみなす)
④語尾音:「e-e[r]u-e[r]e」ならば、る動詞。
 (える動詞:下一段活用、母音幹動詞:[r]を[挿入音素]とみなす)
(いる動詞=連用形「~i」を独立動詞に派生させるため動詞接辞:[r]uを付加)
(える動詞=已然形「~e」を独立動詞に派生させるため動詞接辞:[r]uを付加)
例:原動詞:落つ→いる動詞化=落ちる、原動詞:投ぐ→える動詞化=投げる。

 今回の追加分は、文語文法の二段活用での連体形:「~u[r]u」、「うる」動詞に
ついて考察を記す。(修正:古語連体形:「~u[r]u」表記とする。04/30)
★文語文法での動詞二段活用は、連体形が終止形から離れた形態を用いる。
①動詞の四段活用では語尾音:「i-u-u-e」で、終止と連体は同形だったが、
②二段活用の語尾音:「i-u-u[r]u-u[r]e」で、連体形が独立単語化してしまい
 已然形が連体動詞側での活用になる。(命令形は元の連用形側にもどる)
③二段活用の語尾音:「e-u-u[r]u-u[r]e」で、連体形が独立単語化してしまい
 已然形が連体動詞側での活用になる。(命令形は元の連用形側にもどる)
この状況をみると、原動詞:落つ、投ぐ、の活用しにくさが相当なものだったのだ
ろう。 落つ→落つる、投ぐ→投ぐる、連体動詞として独立させたくなるほど、原
動詞:落つ、投ぐ、は扱いにくい形態だったのだ。
(うる動詞=連体動詞:例:落つる:otu‐[r]u、投ぐる:nagu‐[r]u、を生成すれば
 已然形も「落てば、投げば」でなく、「落つれば、投ぐれば」を生成できる)
・二段活用は、連体:うる動詞が大活躍していき、段々、終止形が連体形に合流し
 、その扱いにくい原動詞が使われなくなりはじめると、連体動詞の存在理由が
 薄れてくる。
・連体動詞の形式が当り前になると、連用側と段差、不釣合いに関心が移り、
 連用:いる動詞、已然:える動詞のほうが、連体動詞(うる動詞)よりも活用全体
 の流れを円滑にできて、一段活用の構成にできる、と気づいたのだろう。
★参照用に変遷表を挿入追記しました。 動詞活用の変遷

→文語時代を、「いる」動詞、「うる」動詞、「える」動詞を通して分析してみた。
 二段活用から一段活用への変遷は長い期間がかかっているが、簡素化と明解さ
 の方向に進んだ。(反面深刻な影響を生み出したのは、連用・已然による母音語
 幹動詞の成立と終止・連体の同形化により動詞活用の相・アスペクト感覚が不
 明瞭になってしまったことだ。それでも、四段活用動詞を含めれば、相感覚は
 全滅でなく半死半生だということを覚えておきたい)
〇連用動詞、已然動詞、連体動詞という言い方は、奇異に感じるかもしれないが、
 動詞活用の列から新しい動詞が生まれたこと(新しい終止形ができる)に注目
 してほしいからです。
★連用:いる動詞、の潜在的な意味を考察すると、
・落ちる、起きる、足りる、過ぎる、など自動詞的で、瞬間的な一過性の動作に適
 合するようだ。「混じる/混ぜる」のように、いる動詞/える動詞で自他交替す
 る場合もある。
★已然:える動詞、の潜在的な意味を考察すると、
・投げる、捨てる、比べる、流れる、寄せる、受ける、届ける、答える、などの他、
 古くは、隠る・恐る・忘る・垂る・分く、など四段活用だった動詞が下一段に変っ
 ていて、已然形の概念自体が「動作の完遂」の意味があるから、どんな動詞にも
 付加できる形態だ。 現代語では、係り結びを回顧しても意味がない。
★連体:うる動詞、の潜在的な意味を考察すると、原動詞形「u」に[r]uが連結し
 たとすると、母音語幹動詞あつかいで「落つ・ます/落つ/落つ・る/落つ・れ」
 、「~ur[]u」の子音語幹でも、「落つ・り/落つ/落つ・る/落つ・れ」となり、
 ほとんど活用しても意味が涌かないが連体形として動作事象の強調にはなる。
 現代語ではほとんど使われない。
★なお、当然ながら、
・「ある」動詞(「ある/あす」動詞、「おる/おす」動詞、など)もあるわけだが、これ
 は、未然動詞に位置づけしないで、態動詞、自他交替動詞を派生する、という範
 疇に入れたい。
以上。

前回の記述で二段活用に関する考察がなかったのでこれを追記しました。

態文法:未然形はあるのか?5

2018/03/29(木)

 前回の投稿文の最後を引続き継続する。
〇抜け落ちた?発展考察:項目再掲
×動詞の四段活用/(二段活用/)一段活用の区別について、
 何らかの規則性がある、との提言がどこにもない。(と思う)
×動詞未然形に態接辞や自他交替接辞が連結するのではなく、
 動詞語幹につながる、との提起がどこにも見当らない。

 現代口語文法では、(文語文法を発展的に考察して現代に活かすと)
〇動詞活用表を五段活用/上下一段活用で示す。(別:来る・する:変格動詞2個)
 その心は、連用・已然が大活躍で上下二階建構造を支えているからだ。
→★当ブログの発展考察を交えて記述する。
・古代、原動詞は子音語幹であった。 四段活用できる動詞(未然/連用/終止・連
 体/已然)が多かったが、中には四段活用に不向きな動詞もあった。
 例:落つ、投ぐ、起く、流る、など。(連用/已然で独立単語化→二段・一段活用)
〇四段活用:D[a/・]na‐i/D[i]Ø‐/D[・]u‐/D[・]e‐、:例:書き/書け。
〇一段活用:四段活用できない動詞には「連用か已然の形態を借用」して、母音語
 幹動詞に変身・独立させて活用する。(例:落つ→落ちる、投ぐ→投げる)
 例:落つ→D[i]Ø‐na‐i/D[i]Ø‐/D[i]Ø‐[r]u/D[i]Ø‐[r]e‐:落ち/落ちれ。
 例:投ぐ→D[・]e[]na‐i/D[・]e‐/D[・]e[r]u/D[・]e[r]e‐:投げ/投げれ。
★四段活用の終止形の語尾音で:「う」型動詞(子音語幹動詞)という。
 一段活用の終止形の語尾音で:「る」型動詞(母音語幹動詞)で、連用(上一段)と
 已然形(下一段)が応用されている。
→★動詞型「う」/「る」の識別方法:(打消接辞の付加判定でなく)
〇「う」型は、Di-Du-De、(連用-終止-已然):書き-書く-書け。
〇「る」型は2種、D[i]Ø‐/D[i]Ø‐[r]u/D[i]Ø‐[r]e:落ち-落ち[る]-落ちれ、
 と、D[]e‐/D[]e[r]u/D[]e[r]e:投げ-投げ[る]-投げれ、である。
 「る」型は連用形、已然形に[r]uを付加して母音語幹の動詞に変身させたから、
 終止形以後に[r]音素が追加されるので間違いなく見つけられる。
(日本語経験者ならば、連用-終止-已然の並びで簡単に識別できる)
・「う」型動詞:切り-切る-切れ、帰り-帰る-帰れ、(語尾音:i-u-e)
・「る」型動詞:着-着[る]-着れ、変え-変え[る]-変えれ、
  (語尾音:i-i[r]u-i[r]e、/e-e[r]u-e[r]e)

 ここまでで、発展考察の第一項目の四段/一段活用の規則性を提起できたのだ
が、実際には、第二項目に対しても発展考察の入口を通過した状態である。
→★発展考察の二項目は、「未然形に態接辞をつなぐ」が間違いである、というこ
 と。
〇前項の考察で示した已然形は、一般形式:D[・/r]e‐で、すべて表せる。
・四段:書け、切れ、帰れ、 ・上一:落ちれ、着れ、 ・下一:投げれ、変えれ、。
 この已然形の最後に、「る」をつなぎ込むと、すべて可能動詞に変身できる。
・已然形から可能動詞への一般形式:D[・/r]e[r]u、により、
 書ける、切れる、帰れる;落ちれる、着れる、投げれる、変えれる、可能表現だ。
 「ら抜き」と見るのは誤解だし、必然的に正当に派生した可能態である。
→★可能態接辞:e‐、は、未然形に連結するのではなく、終止形語幹:D[・/r]に
 連結するのだと言える。
・受動態:D[・/r]ar[・]e[r]u、→切られる/着られる、帰られる/変えられる、
 のように、態動詞になると音素並びが四段/一段で完全に同じになることも
 「未然つなぎでない」傍証であろう。
・なお、連用・已然由来である「る」型母音語幹動詞は、強制・使役態に連結する際
 には、[・/r]→[・/s]に替えて連結する。
 ・強制態:D[・/s]as[]u(着さす、落ちさす、投げさす;書かす、切らす、帰らす)
 ・使役態:D[・/s]as[]e[r]u(着させる、落ちさせる、投げさせる;書かせる、)
★文法学界では、任す/任せる、合わす/合わせる、などの形式の差を「四段/一
 段の活用の差」と見做すのが通例らしいが、その活用差の根源である「已然形に
 [r]uが連結する形態」という指摘がなされることがない。機能差も説明なし。
→★だが、当ブログでは、結果態/受動態、強制態/使役態を「四段/一段の活用
 差」だと割り切らないで、態形態の差だ(動作の律仕方に差がある)、と解釈して
 4つの相関的な態と見なしている。 特に已然形の意味を敢行(敢えてやり遂げ
 る)と理解すれば、可能態の機能が添加されてくるはずだ。

 以上で、未然形はあるのか?と古語辞典の発展考察に追加する考察のしめくく
りとする。

 最後に、動詞活用表を使い続けるとしたら、未然形を縮小し、已然形の内容を増
やし、意味を明示する方針を試してみた。
→★新しい旧式動詞活用表の試行案:
①未然形:打消・意向に限定:(自他交替・態接辞との連結はない)
 ・打消:D[a/・]na‐i(書かない、切らない;着ない、投げない)
 ・意向・推量:D[・/y]oo(書こう、切ろう;着よう、投げよう)
②連用形:中止・相接辞に連結(前方体言の述部と解釈させるのが望ましい)
 ・中止:D[i/・]Ø(書き、;投げ、) ・連用:D[i/・]Ø[+]te(書いて、;投げて、)
 (D[i/・]Ø[・/r]u→D[i]Ø[r]u→「~いる型」母音語幹動詞を派生できる)
 ・「~いる型」母音語幹動詞:D[i]Ø[r]u→落ち‐る、起き‐る、
③終止・連体形:言い切り・体言修飾(後方体言を限定・修飾すると解釈)
 ・終止:D[・/r]u、(書く;落ちる、投げる、)
 ・連体:D[・/r]u[+]~、(書く人、読む側;投げる球、起きる時刻)
④已然形:仮定・命令に連結:(「~える型」母音語幹動詞を派生できる)
 ・仮定形:D[・/r]e[+]ba(書けば、読めば;食べれば、起きれば)
 ・命令形:D[・/r]e[y]o:書けよ、食べれよ(已然形)、書き・食べ・なさい(連用)
  書け→D[・/r]e【[y]o】:已然形で継続。(文語時代から「~よ」は付かず)
  食べろ→D[・/r]【e[y]】o:已然形に確定。(食べれよ「べ・れ」が已然臭い「え
  音」の連続なので、D[・/r]o:食べろ、見ろ、覚えろ、忘れろとなったと推測)
 ・命令形を簡略一般形式で、D[・/r]e/o:と表記してもよい。
  (由来が已然形態であると覚えておきたいのだが・・・)
 ・「~える型」母音語幹動詞を派生し、可能動詞や自他交替動詞を生み出す。
  已然形の動詞化一般形式:D[・/r]e[・/r]u→D[・/r]e[r]u→書け‐る、
  食べれ‐る(可能態・可能動詞)、立て‐る、割れ‐る、(可能態と自他交替動詞)
 
以上

態文法:未然形はあるのか?4

2018/03/25(日)

 『岩波古語辞典机上版』:大野晋・佐竹昭広・前田金五郎:1982/11/12を図書
館で閲覧、参照しての考察を記述している。
(前2回を含め辞典の共著者名を訂正:前田金五郎)同辞典補訂版をネット注文し
て著者名の記憶間違いに気づき訂正しました。
〇古語辞典を読んでいると、「ク語法」使用が盛んだった頃には、
・行かまく:ik[a/・]m[・/r]ak‐u:行こうと思うコト、トコロ、
・見まく:mi[a/・]m[・/r]ak‐u:見ようとするコト、
・浮からかす:uk‐ar[・/r]ak‐as‐u:あおって興奮させる、陽気にさせる、
→当ブログ解釈:相手が浮かれてしまうようにする。(浮かれた本人には自律意
 識を思わせないで):浮く受動・無律・律他の接辞構成で「浮く受身・他動詞」を
 派生したもの。
 (浮からかされたその本人は、自責の念がないので言訳ができる仕掛けだ)
いろいろな単語に無律接辞:ak-を組み合せて使っていたようだ。

 2、3日前TVニュースで「オレオレ詐欺事件」の最高裁判決が報じられた。
・「だます」と「だまかす:damakasu」の犯罪構造の違いが争点になったらしい。
・地方裁判所:有罪、高等裁判所:無罪、最高裁判所:有罪。
(以下、裁判経緯を推測しての独自解釈)
・「だます」主張:必要金額をほのめかしただけ、金銭用意の判断は相手がした。
 (だます:主体は律他で指示・示唆だけ、客体は自律で服従し行動する)
・「だまかす」主張:金額指示、受渡しの手順を誘導、相手を話しに乗せる。
 (だまかす:主体が自律行動で必死になって客体を勧誘し誘導する)
→直接「だます/だまかす」の言葉が議論されたのかは法廷外では判らない。
 しかし、最高裁の判決は頼りになる。社会的判断の基礎になるのも「だます/
 だまかす」の意味の違いと、「だまされた:自責/だまかされた:狡猾さに脱帽」
 の被害感覚の違いを正確に感じとるその社会的知恵だ。
→★だが、残念ながらほとんどの国語辞典は「だまかす」を「だます」の俗語とし
 て扱うだけ。「ク語法」の意味を敷延しての派生が、態機能の付加、動作の律仕方
 の違いを表現することを誰も気づかない。古代・上代から社会生活が生み出し
 てきたものなのに。
 (古語辞典には見出語「だまかし」がないから、明治期の造語だろうか。いくぶん
  強引な接辞連結をして造語したのだから、社会的必要性が高かったのだ。
  「だます」は「黙る」を他動詞化する動詞だそうで、主体が言いくるめて相手を
  黙らせておくのが原意らしいから、口車を黙って聞いていたらだまされる)
・犯罪者側は「だます/だまかす」の意味の差を巧みに突いてくる。
 被害者側が言葉の差(詐欺の語り口の差)に無頓着ではダメなのだ。
 自己防衛のために、話し手の語り口が「だます」なのか、「だまかす」なのか見極
 める心積りを持つことが大事。勝手な語り口の展開に乗らず、話の発端に何度
 も何度も何度も戻って「うそ/本当」を追求し、何度もこだわることがよい。
・そうすれば、詐欺行為の被害を少しは防げる。

 本題の動詞活用形に戻ろう。
「岩波古語辞典」後部付録に、基本助動詞の詳しい解説が載っている。
〇明確な説明があり、よい点:
★助動詞相互の配列順序(4+1段階区分)の規則性を明示したこと。
 ①(自他交替接辞)態接辞:使役自発可能受身尊敬、②奉る接辞:尊敬謙譲丁寧、
 ③相接辞:完了存続、④想接辞:打消推量回想、⑤別類:指定比況希求、
(注:自他交替接辞、態接辞、奉る接辞(現代口語では不使用)、相接辞、想接辞は
 当ブログが付記、命名)
 別類は繋辞、断定詞に似た用法で、体言や助詞にも連結する助動詞。
・助動詞を2つ以上続けて連結する場合の順序は優先順に従うと明示した。

〇旧弊を残したままの問題点:
・配列順位①の第一類助動詞は、動詞と密結合して新機能の動詞となる
 (一部の学者は①類の助動詞を接尾辞としている)、と解説する。
★だが、自他交替接辞と態接辞の語尾音節「す」、「る」を敢えて同等に解釈し、
×語尾「す」は動詞の意味が人為的・作為的であることを示す。
×語尾「る」は動詞の意味が自然展開的・無作為的に成立することを示す。
 と位置づける。
→(注:無作為的/作為的の感覚は主語主体の無情/有情が直接影響する現象で
 あり不合理な区分法だ。さらに、語尾が「る」「す」でない動詞は何なのか、見捨
 ててしまうのか!!)
→(当ブログでは、「る/す」や自動詞/他動詞に関わらず、動作動詞(無情・有情
 共に)は自律動作を表すと見なす。 強制・使役の接辞:as-は、主体が指示・律他
 動作、客体が服従・自律動作であるような並行的な動作と見なす。
 結果態・受動態の接辞:ar-は、動作の結果事態が主体・客体・対象をお互に放射
 的に律する描写と見なす)
→★現代の文法界でも、特徴的に「る」「す」を把握するために、作為/無作為の識
 別法を鵜呑みにする風潮がある。見捨てられた動詞が有ること自体が区分法の
 間違いを証明しているので、早く思考停止から抜け出し目覚めてほしい。

〇抜け落ちた?発展考察:
 深い洞察で明確な提起が多い解説のなかで「見当らない提言」に気づいた。
×動詞の四段活用/二段活用/一段活用の区別について、何らかの規則性がある
 との提言がどこにもない。(と思う)
・態接辞のうち、受動の:ar-は「生る:ある」に由来し、下二段活用なので受動態
 も:areと活用する。(強制・使役も下二段活用:現在の一段活用)
・「生る:ある」は受動接辞:ar-:「ある:在る、有る」にも通じる。
×動詞未然形に態接辞や自他交替接辞が連結するのではなく、動詞語幹につながる、
 との提起がどこにも見当らない。(「ある」の「あ」を未然形に渡すな)
(折角、凡例でク語法が未然形連結でない、と指摘しながら動詞派生の本丸に対して
肝心の提言がない)
→四段活用は子音語幹動詞の活用形であり、二段・一段活用は母音語幹動詞の活
 用形であるが、古代の原動詞はほとんどが子音語幹であった。
〇原動詞から自他交替を経て自動詞、他動詞に分れ、動詞が増えていく。
実例:伸ぶ→伸びる/伸ばす、重ぬ→重なる/重ねる、休む→休まる/休める、
 起く→起きる/起こす、流る→流れる/流す、生く→生きる/生かす、
→★古代から江戸期にかけて長い期間で動詞が造語され、活用形が整理されて
 きたのだが、現代の視点を通して振返れば、なぜ動詞活用が四段(五段)/一段
 に収束してきたのか、の疑問に答えられるはずだろう。
★母音語幹動詞(一段活用)の語尾形態は、~i[r]u:いる、~e[r]u:える、の2種
 類である。
 これを洞察すると、動詞活用形の連用形:D[i/・]-、已然形:D[・/r]e-、の形
 態と合致する。 連用形、已然形は意味の自立性が強いので、それが自立・独立
 した単語として、D[i]ru、De‐ru、と変身し、母音語幹動詞になったのだろう。
(変身考察は思考実験の段階)

態文法:未然形はあるのか?3

2018/03/16(金)

 前回の後段で、『岩波古語辞典机上版』:大野晋・佐竹昭広・前田金五郎:1982/
11/12の巻頭の凡例に書かれた「ク語法」の具体解説に対する感想を記した。
改めて、大野晋:「ク語法」解説にある論理手順を検証する。
①ク語法の接辞:aku、の解釈:「すべからく:するべきコト」のごとく、~コト、~
 トコロ、など動名詞化の機能であり、名詞扱いできる。あこがれ:語源→アク:場
 所、ガレ:離れる、を想定し、アクの二文字を名詞と見なす。
②奈良時代に多用された「有らく、老ゆらく、語らく、来らく、すらく、」をみると
 、未然形に「ク」接続でなく、連体形に「アク」接続するという解釈が実態に適合
 する。 (連体形~(r)u:+aku→~(r)aku、に母音結合変化するから)
③造語の場合、単語と単語の複合つなぎの例が多く、母音の重なりが一音に変換
 されて連結する。(u+a→a、i+a→e、など)

→★手順骨子を記憶から抜き書きした。①~③全体は古語時代を読み解く論理だ
 が、ただ一つ、現代でも共感できる視点は、②未然形に「ク」接続でなく(未然形
 接続が通用しないから)別の道が必要だ、という指摘である。
・未然形に「ク」接続とは、一般形式:D[a/・]ku:で表記する形態である。
 「曰く、すべからく、語らく、」の四段活用動詞には成立するが、二段・一段活用
 の「有(あ)らく、見らく、すらく、老いらく」の説明根拠に未然形は役立たない。
・連体形に「アク」接続とは、現代では一般形式:D[・/r]ak[]u:で表記する形態
 である。(上代の二段活用では終止形と連体形が異なる形態だった)
・「かな音節解析」では、接辞を「アク」と見なしても、未然形に(ア)が取られて、
 残りの(ク)が接辞となる。また、二段・一段活用に対しては(ラク)が異形態の
 接辞になる。つまり、(ク)と(ラク)の二形態の使い分けが必要となる。
・「ローマ字解析」で一般形式を正確に理解して使い分けできないとすれば、現状
 でも、(ク)と(ラク)異形態の混乱が起きる。
正誤例:現代口語として正誤が混在している。
 (古語)〇惜しけく:wosikeku ← wosiki+aku、
 〇惜しまく、 ×惜しむらく   〇望まく、 ×望むらく
 〇思はく(思惑は当て字)、 ×思うらく、(×?思えらく) 
 などが、間違い形態のままで(文語文法の丸写しで)国語辞典に載っている。
(善くも悪くも大野古語辞典には啓発される。後に続く方々に現代口語文法への
 解釈改訂を期待したい)

→敢えて改訂に向けて、古語解釈の論理を見直すと、
・古語辞典の凡例手順①「アク」が動名詞化の接辞であり、②未然形でなく、連体
 形に、③[+]複合語的に連結する、との論理構成は、現代の終止形・連体形の共
 通化時代に適合しない。
→★正しいと信じる新手順を提示する。(ク語法の現代的解釈)
・新手順①機能接辞:ak-:動作主体の動作意識を無意思化=無律化する機能。
・新手順②終止形態(語幹)に派生(密結合)接続する:一般形式:D[・/r]ak[]u:
・新手順③(態接辞と同様に)新手順②に従って動詞派生(密結合)し、次の二次
 派生に備える。
★実際にク語法・現代解釈による派生の仕方を新手順に従って習ってみよう。
〇無律化動詞の例:一般形式:D[・/r]ak[]as[]u、D[・/r]ak[]ar[]u、:
・あそばかす:asob[]ak[]as[]u:「若君を遊ばかし奉るほどに」<今昔>
 強制態:遊ばす:asob‐as‐u:の意味構造を分析すると、
 →主体は律他動作(指示するだけで放任する、遠隔指示するだけ)、
 →客体・若君は自律動作(指示を受けて具体行動を自律で行う)、
 つまり、「若君を遊ばす」の表現では、主体が放任の律他動作を若君にする
 と見なされる。 それを避けるために、
・動作の無意思化=無律化:asob‐ak‐u:遊ばく:遊びの概念化、を活用して、
 無律事象の他動詞化:遊ばかす:asob‐ak‐as‐u:主体が主導して自律動作する。
 →主体が自律動作で、客体の若君に対して遊びを勧奨・誘引して手助けする、と
  の意味構造に仕立てて派生造語する。
(現代語の使役態「遊ばせる」は敢行可能形なので、律他互律(手助けあり)で、
 放任の「遊ばす」よりも相互動作があると見なされる。自覚やありか?)
・あまやかす、おびやかす:amay[]ak[]as[]u、obiy[]ak[]as[]u、:
 「あまえさす、おびえさす」では、相手の自律動作のままに放任(律他)する、の
 意味に取られる。 そこで自律動詞:「あまゆ、おびゆ」を「あまやく、おびやく」
 と概念化したうえで、他動詞:「あまやかす、おびやかす」と派生造語したもの。
→他動詞ならば、動作主体が自律動作で対他・相手を律する、と表現できる。
・ちらかす、ちらかる:tir[]ak[]as[]u、tir[]ak[]ar[]u、:
 散る:という事象現象を無意思化・無律化する→「散らく」:これを他動詞化する
 と→「散らかす」:また、散らく状態になる結果を「散らかる」:と表現する。

〇無律化動詞への派生原理を習う:
 無律転換の表記:律他:D[・/s]as‐u→無律他動詞化:D[・/r]ak‐as‐u、
・強制態(律他):寝さす、笑わす、たぶらす、やらす、:放任?で相手が自律動作。
 無律他動詞化:寝かす、笑わかす、たぶらかす、やらかす、:相手を律する動作。
 ne[k]as‐u、wara【w‐a】k‐as‐u、tabur[]ak‐as‐u、yar[]ak‐as‐u、
 赤児を寝さす、でなく「寝かす・寝かせる」(赤児に任さず自律互律動作で律す)
 両者の了承事項を「やらす」、一方の勝手自律で「やらかす」。
 相手に任して笑わすは序の口、格段に強烈な仕掛けで笑わかす、笑かす(無律・
 無意識で笑ってしまうように工夫し敢行する)
〇無律他動詞化は、敢えて、主体が主導権を持って事象を律する(客体の自律動
 作を規制する)という強制優先動作の構造にする、という工夫であり、それを古
 代、上代から実行していた語法なのだ。
〇無律化接辞:ak-は汎用的に応用が利くわけでないが、強引な使い方もある。
・だます→だまかす→だまくらかす:damas‐u→dam‐ak‐as‐u→dam‐akur‐ak‐
 as‐u、
・また、無律化したその動作結果を表現する方法もある。
 おそらく:osor‐ak‐u、ク語法を近代の造語に生かしたものだろう。
→ずる:zur‐u→ずらく:zur‐ak‐u→ずらかる:zur‐ak‐ar‐u、:さぼりや悪事をし
 て、その場から姿を消して、行方をくらました結果を言う。
・「ずらく:ずらかる」、「ちらく:散らかる」のように、概念化の際に「ずる」「散る」
 :原動詞の動作が引き起す事態を含み込んだ情景として動名詞化をすることも
 あるから、派生した動詞も意味が膨らんで来る。

〇現代口語文法がク語法の「無律化」機能を正しく解釈・説明していないと感じて
 いる。 また、「態接辞」も未然形に接続するのではない、に該当する。

態文法:未然形はあるのか?2

2018/03/13(火)

 手元の古語辞典『旺文社古語辞典[改訂新版]』1988年10月20日の巻末付録、
国語・国文法用語解説を読むと、次のような解説がある。
〇文語動詞活用形の辞書解説(要約):
・未然形:「未だ実際には起きていない事実を述べるのに用いる」
 後続①:助動詞・【打消】ズ、【意向】ム、【態の助動詞】ス/サス、ル/ラル、
 後続②:助詞・バ、デ、終助詞・バヤ、ナム、
 単独(後続なし)での文中使用例はない。【自立していない】
・已然形:「すでに(已)そうなっている事態(然)を表す」
 後続①:助詞・ド、ドモ、(確定の逆接)
 後続②:助詞・バ、(確定の順接)
 単独①:係り助詞「コソ」の結び詞となる。
 単独②:上代では単独で逆接、順接を表すこともある。
★この解説に対する不満は、
→【辞典の未然形】の説明では、未然定義が曖昧であり、「未だ然らずの様態」が規
 定できていない。
・【打消】、【意向】の助動詞が膠着するなら、未然動作の様態がはっきりする。だが、
・【態の助動詞】との膠着では、未然の概念を超えて「新しい態動詞」の派生となる。
・未然形活用語尾を付加しただけでは、自立した動作様態、動作相を想起できず
 、後続の詞辞を連結しなければ意味を拡張、生成することができない。
 膠着語としての派生法則の明示、文法化が「かな解析」では不十分である。
 (文語・口語文法ともに「かな解析」文法では、膠着音素の解析・説明が不十分で
  あり、自立できない未然形が余計に問題視されやすい)
→【辞典の已然形】の定義は分かりやすい。ただ、確定条件法の意味合いに傾きす
 ぎた解釈だ。
 (本来、動作動詞の場合には「すでに(已)敢行する事態(然)を表す」という「敢行
  形」の意味・概念が底流にある)
★前回にすでに、已然形が「敢行の意味」を含むと記して、敢行可能→可能態派生
 につながり、敢行仮定→仮定形に、敢行指示→命令形に、つながるとの独自解釈
 を述べた。なぜ、敢行という用語にこだわるのか、説明しておきたい。
・古語辞典:「敢へて:あへて」(副)①押し切って、積極的に、②(打消を伴い)進ん
 では~しない、と、副詞の解釈は「動作の切っ掛け・意向に」集中しているが、
 動詞:「敢ふ:あふ」(自・他下二)①持ちこたえる、②押し切ってする、③終りまで
 ~しおおせる、とあり、解釈の主眼は、「動作の持続、尽力、完遂、」にある。
 (文語の助動詞:aFu:四段動詞と結合し、動作の継続、繰返しを意味する、の原
  動詞だったかもしれない。例:住まふ、語らふ、戦ふ、散らふ)
・現代の国語辞典で「敢行」を引くと、「思い切って行う、強行、決行」の説明があり
 、やはり「動作の切っ掛け」に意識を向けさせる。 だが、本来は「動作の完遂」を
 想定した動詞であり、動詞活用の「已然形」に相当する。
★已然形に係わる動詞を一般形式:D[・/r]e-:から派生させると、
 (敢行)可能態→書ける:D[・]e[r]u、食べれる:D[r]e[r]u、
 (敢行)可能態・自他交替→立つ→立てる(自・可能→他):D[・]e[r]u、
 (敢行)可能態・自他交替→割る→割れる(他・可能→自発):D[・]e[r]u、
 (敢行)仮定形→書けば:D[・]e[+]バ、食べれば:D[r]e[+]バ、
 (敢行)命令形→書け:D[・]e【[y]o】、食べろ::D[r]【e[y]】o、:【省略部分】
 のように、動作の完遂を目指す意味を匂わす動詞ができ上がる。
・已然形の概念はこういう形で現代口語文法の中でも確実に機能を果している。
 (残念ながら文法書に、このような「已然形の機能・効用」の解説がない)
★下記の『岩波古語辞典机上版』では:古代での已然形・仮定の「ё音」と命令形の
 「e音」は異なり、「書けり」の「e音」は命令形と同じだが、意味の同一性が保証で
 きるわけではない、との説明(付録:助動詞解説)がある。

 今回、「敢ふ、敢えて」を図書館で調べるうちに、びっくりな発見をした。
『岩波古語辞典机上版』:大野晋・佐竹昭広・前田金五郎:1982/11/12の巻頭
の凡例に「ク語法」の解説が載るのに気がついた。(凡例に用法の具体解説が載る
とは思わず、今まで目を通したことがなかった)
・この古語辞典の利点は、動詞の見出し語形式に「連用形」を採用したこと。
 古文例で検証可能な用例で多いのが連用形だからという合理的な理由による。
・辞典本文でも、辞句の派生を部分的に「ローマ字表記」して説明するという先進
 的な構成だ。が、惜しまくは(←正しいク語法)動詞活用体系の考え方が「音節・
 かな解析」に留まっている。
・凡例の「ク語法」解説では、接辞:aku(曰く、すべからく、老ゆらく、恐らく)の
 派生について、「未然形」連結でなく「連体形」連結にするとよい、と明察する。
 だが、接辞:akuを「コト」「トコロ」(動名詞形態素)としか認めないので、場当り
 的で発展性がない。他の助動詞、接辞の連結法に対する見直しに役立てる気配
 がない。
★次回に古語辞典の「ク語法」を検証しよう。
 (当ブログはすでに、下記の2つ記事によりク語法の新解釈を記載している)
態文法:発見!挿入音素と機能接辞の同源性態文法:「ク語法」を現代的に解釈する

態文法:未然形はあるのか?1

2018/03/02(金)

 日本語動詞の活用法で疑問点にあげるべきものの筆頭は、「未然形」の可否、
正否だろう。
まず準備を兼ねて、活用形の全体に注目してみよう。
〇学校文法や国語辞典では、動詞活用を「かな音節で解析」するから、
実例:(各「活用形の形態素」は語尾のカタカナ部分を除いた「・」前までで示す)
・子音語幹動詞:書く→未然:書か・ナイ/連用:書き・マス/終止・連体:書く・
 /已然・仮定:書け・バ/命令:書け・。 (カ行四段活用)
・母音語幹動詞:食べる→未然:食べ・ナイ/連用:食べ・マス/終止・連体:食べる・
 /已然・仮定:食べれ・バ/命令:食べろ・。 (バ行下一段活用)
という活用形式を示す。
〇ここまでの説明ならば、慣用的に「活用形:未然・連用・終止・連体・已然・仮定
 ・命令」を理解できるし、また、活用形の並び方を検証すると「未然:動作未満、
 打消/連用:動作進行/終止・連体:動作事象化/已然(仮定、命令):動作着手・
 敢行、動作指示、命令」という「動作事象の実行局面を順番に描写する相・アスペ
 クト感覚」が伝わってくる。(←当方の得心だが、一般論で成立するか不明)
〇さらに「活用形の概念」が優れているのは、「活用形の末尾」に後続の詞・辞を連
 結できることを示せる点です。膠着語の特長は単語末に助動詞、接続助辞を連
 結して意味を深めていけるから、学習の場での演習には効果があるだろう。
実例:ここは都合のよい例だけを示す。(態動詞の生成を含めない)
・未然:書か・ズニ、食べ・ズニ、書か・ヌ、食べ・ヌ、(既出:書か・ナイ、食べ・ナイ)
・連用:書き[+]オワル、食べ[+]オワル、書き[+]タガル、食べ[+]タガル、
 書き[+]ナガラ、食べ[+]ナガラ、(連用形:用言などに複合[+]連結する)
・連体・終止:書く[+]方法、食べる[+]方法、書く[+]ノダ、食べる[+]ノダ、
 (連体形、終止形:体言、断定辞に複合[+]連結する)
・已然:(敢行可能)書け・ル、食べれ・ル、(敢行条件)書け・テモ、食べれ・テモ、
・命令:(敢行指示)書け・(ヨ)←(e・【[y]o】)、食べ(れ・ヨ)ロ←(r【e[y]】o)、
★已然形:動作の着手、敢行の状態相と解釈したので、仮定・命令の深層意味を
 持つと表現した。残念ながら学校文法や国語辞典の説明と異なるが、文法構造
 を維持したまま、「食べれ・ル、見れ・ル、来れ・ル、」などを正当な可能態動詞と
 して「派生(造語)」できる、という特長がある。(下一段化で定着している)
★→同じく未然形にも大きな特長:「派生(造語)」機能を秘めている。
 ①未然形が連結する接尾辞は、ナイ、ヌ、ズ、マイ、など助動詞である。
  (連用形、終止・連体形、仮定形、命令形に連結する辞は、「ウ、ル、ロ、れ、など
  文法的統括辞」とか、比較的緩やかな複合[+]連結でつながる体言・用言・断定
  辞とか接続助辞:バ、テモ、である。 つまり、連用形~命令形はその形態だけ
  でも意味に一定の自立性があり、後続に複合[+]連結でゆるく接続できる)
 ②未然形は、助動詞(特定の機能を持った接辞)と密結合(派生・造語の一般法則
  に相当)することで動詞活用の新しい意味・方向性が決る。
  つまり、動詞活用表の未然形は、動作相・アスペクトの位置づけとして「事象生
  起の前段階の概念」を描写する役割を担わされるが、「未然形のあ段音」語形が
  必然的にその意味を決めているわけではない。
  (態接辞が密結合し態動詞が派生することを「未然形に接続した」と解釈する
  のはあまりにも無茶だ)

 未然形の概念定義をもう一度検証する。
〇未然の概念として「動作をしない、していない、これからしよう」などの動作相
 を描写する、と狭義に解釈しているならば、問題は(陰に隠れて)現れない。
実例:(動作しよう、動作しまい、など事象生起の前での意思・推量を描写する)
・動作の意思:(動作しよう、との意思・推量を描写する)
 (文語体)未然形:書か・ム、食べ・ム、 (派生解釈:D[a/・]m[・]u)
 (口語体)未然形:書こ・ウ、食べ・ヨウ、(派生解釈:D[・/y]ou)
・打消の推量:(動作しないだろう、との意思・推量を描写する)
 未然形:書か・マイ(カ)、食べ・マイ(カ)、 (マイカを付けて逆説の動作勧誘を
       表すことあり) →(派生解釈:D[a/・]mai)
 終止形:書く[+]マイ、食べる[+]マイ、 (言い切り表現)
      →(派生+複合解釈:D[・/r]u[+]mai)
・動作の未然仮定:(未然の動作仮定を条件に描写する)
 (文語体)未然形:書か・バ、?食べら・バ、→(派生解釈:D[・/r]a[+]ba)
       ←:a・ba-の「a」を機能接辞と認める根拠がない。(定着していない)
 (口語体)已然・仮定形:書け・バ、食べれ・バ、→(派生解釈:D[・/r]e[+]ba)
      →已然・仮定形は(未然の概念から外れて)既然状態の条件を想定する。
      ←:e・ba-の「e」を已然の「機能接辞」と認める根拠がある。(定着)

★一方、広義に解釈する未然形は、使役態や受動態の接辞と連結するとも規定さ
 れ、「事象未然の動作相」を遙かに超えた概念に変ってしまう。
→「全然形」とでも命名すべき活用形式の概念だろう。
 全然形→自他交替派生/態動詞派生/未然形(未然打消・未然推量・未然勧奨)
 派生、などを含む広範囲な概念になる。
 当然、文法学者は態接辞を未然形の枠(助動詞の枠)から外して、態動詞として
 独立させるべきだと主張する方もいる。 その説に賛成だが、現代の文法界でも
 百家争鳴である。
〇なぜ、単語創世時代のような「未然形=全然形」が続いてきたのだろう。
 古語辞典の見出し語の五十音各行「う段」(助動詞語尾)を眺めてみよう。
実例:(機能接辞:ak/ah/am/ay/使役:as/受動:ar、で「a付き」ばかり・・)
・く:ak-:ク語法(動詞概念の名詞化、無律化):願わく・は、老いらく、散らく→
 散らかす:→(未然+く/らく:異形態)←(派生解釈:D[・/r]ak[]u)
 (古代上代までか)派生原理が浸透せず:のぞまく(正)、のぞむらく(誤)、混在。
・つ:[i]tu:完了→現在の完了[i]ta:→(連用+た)
・ぬ:[i]nu:完了→上段「た」に収束し現在口語に使用なし
・ふ:ah-:動作継続、反復:住まふ、語らふ、戦ふ:→(四段未然+ふ)単語化
 ←(派生解釈:D[・/r]ah[]u、汎用性なしか:?書かふ、?食べらふ、?見らふ)
・む:am-:意思、推量、勧誘:→(未然+む/む) 前段に解説済
・らむ:ram-:現在の推量(離れた場所から心配する):→(未然+らむ/らむ)
・ゆ:ay-:可能、自発:→(未然+ゆ/らゆ:異形態)←(派生解釈:D[・/r]ay[]u
 :古語・いわゆる、あらゆる、単語化・見ゆ、聞こゆ→見える、聞える)
★上例の古語辞典「う段」接辞のごとく、「a」始まりの機能接辞が多く、また、態接
 辞:ar-/as-も含まれてしまう。これらの接辞(a*-)で派生する一般形式は、
→母音語頭の接辞に対する動詞派生一般形式:D[・/r]a*[]u、(自律動作)
 強制態や使役態の派生では、D[・/s]as[]u、D[・/s]as[]e[r]u、(律他動作)
 となる。
→子音語頭の接辞:naiで未然形を派生する一般形式:D[a/・]na・i、となる。
〇このように、古代上代の派生法則では、機能接辞で意味構造が決る動詞活用に
 対しては、活用語尾が四段:「あ段」音/一段:「ら」音、「さ」音、「無:D語尾」音、
 という暗黙の文法則があったのだろう。活用語尾がこうなる動詞形態を未然形
 と(江戸期に)命名したとみえる。(江戸期の文法書でも「かな音節」解析が反映
 するのだろう)

つづく

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