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態文法:哲学でする動詞活用1

2018/07/25(水)

 動詞活用の意味するところ、たとえば「巣立ち未然枠」などについて再考実験し
ながら正確な記述をしたい。 前回までは、日本語文法の動詞活用表が意味する
ところは、「動作相:アスペクト」を表すとの解説しました。 その内容は独特で新
規性があり、万人が直ちに納得できるものではないかもしれない。
なぜなら、長い間、学校文法では動詞活用形の捉え方を「文の構成機能、文の組み
立て機能」という閉じた完結型の活用を説明してたのだから。
〇再考実験の視点は、古代の動詞活用の方法を想起すること。
文字もない、文法書もない古代からの日本語が、現代まで連綿と動詞の四段活用
を大きな手直しもなく使い続けている反面、江戸期の前後に二段活用を短期間に
広範囲に一段活用へ転換する歴史的変革を可能にしたその原動力は何だったの
か。 活用の「動作相:アスペクト」よりも高い概念哲学があったはず、いや、今も
生きているはずだ。

 今回は、その原動力の根源に気づいたので、「哲学でする動詞活用」の題名で
連載回を記載する。

1.哲学でする動詞活用とは、
 現代人が普通に行う「動詞活用」は、江戸期の文語文法書を手掛りとした研究を
踏まえた近世期の「国語学文法でする動詞活用」であると言える。
つまり、現代人は「学校文法に基づいた動詞活用」を守って言語運用してるから
、ほとんど無意識・無批判に動詞を使ってることが多い。
(当方が意識的、批判的に学校文法を思索するようになったのは、例えば、受動態
は、なぜ、受け身、可能、自発、尊敬などの多義性を持つのかという疑問に対して
文法書は的確な解説を用意してないからだった)
 一方、これから解説する「哲学でする動詞活用」とは、
古代人の立場に立ち、文字も文法書もない状況で、動詞活用するならどうするだ
ろうか、という視点で再考する。
おそらく、人類が言語に対して持っている概念化:具象化と抽象化の二つの能力
を意識的に使いこなすことで動詞活用させるのだろう。
〇概念の意味:『広辞苑 第六版』:新村出編:岩波書店から引用。
★概念:(哲)事実の本質をとらえる思考の形式。
 ・事実の本質的な特徴とそれらの連関が概念の内容(内包)。
 ・概念は同一の本質を持つ一定範囲の事物(外延)に適用され一般性をもつ。
★外延:(論)ある概念の適用されるべき事物の範囲。
★内包:(論)概念の適用される範囲(外延)に属する諸事物が共通に有する徴表
 (性質)の全体。<引用終り>
→哲学的に分かりやすくいうと、(動詞の意味概念を考えて活用するとき)
★外延:動作の具体表現→意味概念に合致、連関する具体動作の総体(動作進行
 相:連用形や、打消、推量・勧奨:未然形が相当する。 さらに大きく動作の外延
 形:自動詞・他動詞の交替派生、また、精密に区分けすると動作事象(:内包)の
 外延形:使役・受動など、やらす/やらるの態派生)を思い浮べて活用する。
 (前回までは未然形に巣立ち未然枠を想定し、自他交替も態派生も同一の巣立
 枠に分類したが、間違いであった。概念哲学でいう「外延」を動詞動作に働かす
 のが→自他交替であり、動作事象(:内包)に「外延」を働かす→態派生である)
★内包:動作概念を事象、出来事として把握→抽象化、概念化した事象で関連事
 物を修飾したり、事象の完遂・仮定・命令を想起し活用する。(連体形、已然形、
 仮定形、命令形、相当)
 (古来、命令形は外延的:動作として連用形で代用したり、内包的:遂行目標とし
 て発令したり、であったが、現代は形式的には、完遂目標発令の意味で内包的の
 あつかいである)
〇古語、現代語の動詞活用を概念哲学の視点から見直した活用表を示す。
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★上表の細かな説明は次回に記したい。(つづく)

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コメント

変則的ですが、投稿内容は一般性がありますので匿名形式で公開します。
〇・・・〇様から '態文法:哲学でする動詞活用1' にコメントが投稿
されました。
<コメント内容:Sat, 29 Sep 2018 16:48:53
--------
動詞の活用は単なる語の続による形式の変化で、意義の変化を伴っていません。

それは、屈折語の動詞が形式の変化により性・数・時制を表すのと混同した誤りで
す。
例えば、未然形は「食べ/よう」の「食べ」の形で、「食べ/ない」と否定の「ない」が続く
時もあります。つまり、意味の変化は次に続く助動詞「よう」や否定の助動詞「ない」が
表しているものです。

そもそも、日本語の音韻である「50音」を物理的な音に過ぎないローマ字表記する
のは文法の問題を離れ、物理的な発音の問題を扱うことです。

膠着語である日本語の語の活用に意味を見ようとするのは根本的な誤りです。単な
るお遊びであれば問題ありませんが。

学校文法(橋本文法)が非科学的であるのは良く知られていますが、これでは、更なる
後退でしかなく、何ら意味のない議論です。■
コメント終り>

 当方からコメント投稿者へ確認したい旨をメール。
<確認メール内容:Sun, 30 Sep 2018 18:11:24
〇・・・〇様
2018/09/30(日)
 ブログにコメントをいただきありがとうございます。
ご指摘の通りに、学校文法の未然形・連用形・・の活用語尾である「あ音」
、「い音」に対して直接の意味を求めるべきではないと存じます。後続の
助動詞が新たな意味を付加するからです。
 あ、まず、この返信の目的を申し上げます。
いただいたコメントを公開にして、あわせて当方の考え方を次にコメント
で公開するという段取りでよろしいでしょうか。その意味で本メールを直
送いたいします。当方のコメント準備の適不適を確認していただきたいと
存じます。
〇膠着語である日本語が動詞と助動詞の接合に際して、子音・子音の連続
 や母音・母音の連続を避ける傾向を顕著に示します。動詞語幹と助動詞
 の結合部、助動詞語幹と次の助動詞との結合部には同種音素のぶつかり
 を避けるため、連結母音や連結子音が挿入されます。
 (もちろん、子音・母音、母音・子音の場合の結合には、挿入はない:
  挿入無音に相当します)
〇膠着語であっても同種音素の結合をいとわない言語であれば、挿入音素
 はまったく不要になります。 当ブログでは日本語の特徴といえる音素
 操作である「挿入音素」を次のように定義しました。
 挿入音素とは、連結母音、連結子音の総称として命名。使い方として、
 [挿入音素]=[連結母音/無音]、[無音/連結子音]のような一般
 形式の表記で説明しています。
〇よりによって「音素の操作、解析」が不得手な「かな文法」日本語が、
 「ローマ字解析」の助けを借りるのは必然ではないでしょうか。
 日本語は、かな/漢字、漢字の訓読み/音読み、ひらがな/カタカナ、
 という二刀流の使い手です。特に動詞と助動詞は密に結合するので、
 文法ではローマ字つづりで分析する二刀流法が必須だと思います。
〇音素としての[挿入音素]が、完全に恣意的に選択されるなら、哲学の
 考察対象にしないでしょう。
・古語文法で動詞の二段活用の時代がわかります。
 終止形:落つ、投ぐ は、連体形で「落つ・る」、「投ぐ・る」となる。
 otu[r]u、nagu[r]uのように動詞基本形[r]uを意図
 的に付加していたのは何故だろうか。こういうことを哲学したわけです。
〇動詞活用の概念を哲学したいと考えた根源には、「態の助動詞は未然形
 に接続する」という文法解釈が間違いだと気づいたことのほかに、動詞
 活用表の前半の未然・連用は動作相そのものを、後半の終止・連体・已
 然は動作による事象・出来事の描写に力点があると感じたからです。
以上です。よろしくお願いします。
                     記名配置。
確認メール終り>

 現在までに確認の返信を得ず。

なお、近日中に当態文法の練習要領、定義集の投稿連載を予定しています。
そこで[挿入音素]や動詞活用表で未然・連用・、、、態接辞の考察を分か
りやすく整理して開示したい。
([挿入音素]や動詞活用語尾を屈折語の変化になぞらえる必要はないし、
 逆に四段活用語尾の母音交替を無意味の変化とだけ見なすのも能がない。
 もっとも、母音交替の[a/・]、[i/・]は挿入音素、[・/r]u、[・/r]e
 の「u」、「e」は接辞、[・/y]ouの「ou」も接辞です)

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