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態文法:ら抜き擁護に真価を活かす

態文法:ら抜き擁護に真価を活かす
2018/11/30(金)
      
〇いわゆる「ら抜き言葉」は論理的に必然の動詞派生ですから、動作を完遂でき
 ると表現したいときに心おきなく使いましょう。 なぜなら、
-「られる」の「ら抜き」で「れる」だという見立ての概念自体が間違いで、
〇「rareru」の「r【ar】eru」=【ar】抜き=結果抜き=結果到達前の完遂尽力を表現
 する言葉です。 (書かれる:kak[]【ar[]】e[r]u→kak[]e[r]u:書ける)
     
     28.「ら抜き」偏見の氷解に真価を活かす
     〇動作可能態:D[・/r]e[r]u→書ける、食べれる:動作を完遂するの意。
     〇動作受動態:D[・/r]ar[]e[r]u→書かれる、食べられる:動作結果の
      事象に対応する事態描写の意。 動作主の能動的事態であれば、実績と
      しての可能・習慣動作を意味する。
      (関与する登場人・物の誰が構文主体になるかにより結果の意味合いが
      異なる。客体が構文主体であれば、受身を意味することになる)
     ・同じ可能でも、両者の意味(片や動作、片や実績・習慣)は異なるのです。
      両者とも一般形式で矛盾なく文法則化できる論理的な態の形態です。
     ・両者:動作可能・実績可能は併存でき、意味の差による使い分けをする必
      要がありますが、文化庁の最近の国語世論調査を見ると各世代とも大半
      が使い分けを実行できているように思えます。
     ★接辞構造も「ら抜き」ではなく、動作受動態:D[・/r]【ar[]】e[r]uの
      中間にある結果接辞:ar[]を抜いた→動作完遂を言う構造なのです。
     〇不規則動詞:来る、する、の態派生は、終止形:k[]u[r]、s[]u[r]、では
      なく、ko[r]、s[]、を基本形に据えると判りやすい。
     ・来る:-ko[・/r]e[r]u-ko[・/r]ar[]u-ko[・/r]ar[]e[r]u、
     ・来さす:ko[・/s]as[]u-ko[・/s]as[]e[r]u-ko[・/s]as[]ar[]u
      -ko[・/s]as[]ar[]e[r]u、という一般形式表記に合わせた形態で通用
      する。
     ・する:-s[・/r]e[r]u(文語的)-s[・/r]ar[]u-s[・/r]ar[]e[r]u、
     ・さす:s[・/s]as[]u-s[・/s]as[]e[r]u-s[・/s]as[]ar[]u
      -s[・/s]as[]ar[]e[r]u、という一般形式表記に合わせた形態で通用
      する。(使役態:させる:での利用が多いが、強制系:さす:も使える)
     ★不規則動詞:来る、する、の已然・連用形と已然・仮定形を比べると、
     ・已然連用:これて:ko[r]e[i/・]te、→ko[r]e[r]u:来れる:独立化。
     ・已然仮定:くれば:k[]u[r]e[+]ba、(仮定独立:くれる、ダメ)
     ・已然連用:?すれて、?せて:s【[]u[r]】e[i/・]te、→s[]e[r]u:せる?
     ・已然仮定:すれば、せば:s【[]u[r]】e[+]ba(仮定独立:すれる、ダメ)
     〇来る→来れて→来れる:は已然連用形から独立動詞化して「来れる」の
      可能表現になった。(已然:既に然る、が長い世代を経て独立化した)
      する→して(正然連用)→?せて(?已然連用が生まれなかった)。
      (するの可能表現は、「せる:わずかに」「できる:多く」が使われる)
     
-国語学・学校文法は問題の認識自体に「かな欠陥」を持ち、「ら抜き」的な解釈に
 陥っています。
 (国語学や学校文法では、可能の意味で「書ける」を認めるが、「食べれる」を認め
 ないで「食べられる」を勧める。なぜか理由を丁寧に説明することがない)
-おそらく、国語学では「書ける」の可能動詞(可能態とも説明できていない)とし
 ての説明も満足にできてないが、文献実例が「読む・る、知る・る」などからの発
 展として辿れるから、可能動詞を限定付きで認めただけかもしれない。
-(未然形に接続でない助動詞:e[r]uを国語学の論理では説明できないらしい)
     
     ★本来、態接辞は「動作事象:事象然→事然:D[・/r]、D[・/s]」に対する
      対応・反応をする「事態描写」の機能接辞だから、事然形(終止形):語幹
      に接続する助動詞(機能接辞)なのです。
     ・また、同時に可能接辞:e[r]u→已然・連用形:D[・/r]e、D[・/s]e、が
      独立動詞化の[r]uを後続させた形態と合致します。 已然・連用の独立
      動詞化で生まれる意味も「動作が(可能なら)完遂する事象、事態」と設定
      できるだろう。
     
〇「ら抜き言葉」は論理的に必然の動詞派生ですから、動作を完遂できると表現
 したいときに心おきなく使いましょう。 ただし、その可能表現の意味すること
 は、「動作を完遂できると言う」ことです。(完遂には本来たくさんの条件がある
 はずで、聞き手は話を聞きながら、完遂条件の折り合いを暗算で見積ります)
・可能表現ばかり使っていると、「それならここで、やって見せろ」、「条件が違っ
 たら不可能にならんのか?」とか、動作のやり方に議論が起きることも想定する
 べきです。
・「書けた」、「食べれた」「行けた」「来れた」「果せた」などの動作完遂完了形で語ら
 れると、動作完遂の回想場面を聞かされるような、またはもっと詳しく聞き出
 したいような感覚になります。(可能態表現が周囲との互律動作である所以で
 しょう)
・その点、受動態の可能表現は「動作結果、実績の可能、習慣動作」を語るのだから
 安定した結果状態との関係表現ができます。

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