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態文法:動詞活用の歴史に真価を活かす5

態文法:動詞活用の歴史に真価を活かす5
2018/12/20(木)
     
-「ら抜き」言葉の検証は既に何度も取り上げているが、「れ足す」言葉に陥らない
 ように峻別すれば、可能動詞としてどんどん使うべきです。 国語学や学校文法
 、国語辞典などの「ら抜き言葉」禁止には十分な説明がないように思う。
 (表向きの説明は、「ら抜き」は間違いだとせず、ふさわしくないと言うのみ)
〇「ら抜き」言葉がふさわしい時・場所・状況を明示すればいいのです。
 (本来、可能動詞の誕生が「ら抜き」に由来するわけではなく、可能として独自の
  由来で派生したのです)
     
     37.「ら抜き」言葉を「音素戻し法」で検証
-国語学関連で「ら抜き」の用例としてあげる動詞は、受動態が「られる」の動詞が
 「ら抜き」して「れる:可能動詞」となったと錯誤の解釈をしたものです。
〇便宜的に受動態から可能態へ変化する形式で音素戻し検証してみよう。
例:書かれる:書‐ka‐re‐ru→書k‐【ar】‐er‐u→書k‐er‐u:書ける←可能動詞。
  (受動態から結果接辞:【ar】を抜くと可能態動詞となる)
 :食べられる:食べ‐ra‐re‐ru→食べr‐【ar】‐er‐u→食べr‐er‐u:食べれる←可能
  動詞。(受動態から結果接辞:【ar】を抜くと可能態動詞となる)
〇一般形式:D[・/r]ar[]e[r]u→D[・/r]【ar[]】e[r]u→D[・/r]e[r]u:
 のように、受動態から結果接辞:【ar】を抜くと可能態動詞となる。
 例外はありません。 「ら抜き」でなく【ar抜き】であり、母音語幹、子音語幹の両
 方で可能態が成立しますから、「ら抜き」概念自体に大きな錯誤があります。
     
     ★可能態、受動態を使い分けるにふさわしい時・場所・状況を一般論とし
      て明示する。それぞれの可能状態の意味の違いを基準にしてある。
     〇可能態:D[・/r]e[r]u→例:立てる、割れる、書ける、見れる、食べれる
      、渡せる、見せる、浴びせる、などの接辞:e[r]uが共通に果す機能は、
     ・意味:已然形を内包純化→「動作完遂する」が原意。自他交替や動作完遂
      、尽力可能を意味する。(銘記:完遂・互律)
     ・律仕方:動作完遂の条件には、主体・客体・対象・道理の「相互律し合い=
      互律」が必要です。(特に対人他動詞の完遂条件には、互律、手助け、介助
      などが必須になります)
     ・陳述:動作の完遂事態(自他交替)、完遂意思、完遂回想などを表現する。
      完遂可能の周囲条件を揃えた陳述が期待される。
     〇受動態:D[・/r]ar[]e[r]u→例:立たれる、立たせられる、立てられる
      、割られる、?割れられる、書かれる、見られる、食べられる、渡される、
      ?渡せられる、見せられる、浴びせられる、などの接辞:ar[]e[r]uが共
      通に果す機能は、結果:ar[]と可能:e[r]uの合成であり、
     ・意味:「動作結果が生る、有る、在る、ある事態」を表現するのが原意で、
      その事態に登場・関与する人・物が各個の視点で相互関係を陳述する。
      (動作結果の事態は自他動詞にも、強制、使役にも発生するから、受動態
      はすべての動作動詞に派生できます)
     ・律仕方:結果事態(果律)に関与する主体・客体・対象・道理の「相互律し合
      い=互律」をなし、各個の立場で対応する。(銘記:結果・互律)
     ・陳述:結果事態に立場の違う各個が同じ受動態を使って、「結果事態は、
      自分の実体験だ」と表現・陳述する場面が想像できるでしょうか。
      一見して、?割れられる、?渡せられるが想像しにくい使い方でしょう。
      受動態が「受身」専用ではなく、既に成立した結果に対する「果互律」表現
      であるところが、可能態「互律」との相違です。
     
     38.「ら抜き」操作で可能動詞が誕生したのではない
      便宜的に文字通りの「ら抜き」を模擬再現して受動態から「ar抜き」して
      可能態を誘導したが、実際の歴史上の可能態発生は「ら抜き」で誕生した
      わけではない。
→可能態の発達が江戸期以降までに遅れた理由を推測すると、
 ①古語時代から、二段活用動詞の連体形が終止形:D[]uをさらに事象独立化
  する形態:D[]u・[r]u(落つ→落つ[r]u、投ぐ→投ぐ[r]u)で使われた。
 ②独立動詞化を必要とした要因は、已然形が「落て・ば」「投げ・ば」では具合が
  悪く、「落つれ・ば」「投ぐれ・ば」で派生したかったのだろう。
 ③四段活用、二段活用ともに正然連用形、已然連用形の後続接辞には、奉り文や
  たまう・たまわる文、候文、たり・なり文などを付加することが通例だった。
  この奉る文が一段活用化を遅らせた?(現代のやり・もらい授受文に相当)
 ④連用形が事象独立化し、Db[r]u:落ち[r]u、投げ[r]uの形態になるのが、室
  町、江戸期になってしまった。
  (一段活用化移行の大変化と併行して奉る文、賜る文、候文が減少した)
 ⑤已然連用形が事象独立化し、D[・/r]e[r]u:書け[r]u、読め[r]u、見れ[r]u
  来れ[r]u、となるのが江戸後期・明治期のようだ。
 (江戸期には、例:読む[r]u、知る[r]uの形態(終止形+[r]u)で可能表現を試み
 た記録があり、四段活用動詞の終止形を[r]u追加してまでも、可能動詞を探っ
 ていたことになる)
     〇終止形に[r]uを躊躇なく追加したのに比べて、連用形に[r]uを追加す
      るのには何世紀もの時代をかけた躊躇があったし、未だに国語学者のな
      かには可能の成立ちに疑問(ら抜き指摘)を述べる方もいる。
      (本心から信じているのかな、可能動詞は受動態の「ら」を抜き取ってで
      きる動詞派生なのだと?)
     
     39.已然仮定形でなく、「たら・なら」仮定法も使える
     〇前回の「れ足す」言葉で、可能動詞で仮定形を使うときの注意として、
     ・行ければ:D[・/r]e[r]【e[+]ba】→×行けれる:D[・/r]e[r]【e[r]u】
      仮定形【e[+]ba】から事象化【e[r]u】は「れ足す:二重可能でダメ」だか
      ら、【e[+]ba】→【u】と、元の可能動詞に戻すべきだと説明しました。
      (已然接辞:eを残すと完遂の完遂と二重動作となるからです)
     ★そこで古語時代の「たり、なり」文の知恵を見直しました。
     例:正然、已然の連用形に「たら」仮定法(:tar[a/・]Ø[+]ba)
     ・行ったら:行・[Q]tar[a/・]Ø、 行けたら:行k[]e・tar[a/・]Ø、
     ・食べたら:食べ・tar[a/・]Ø、 食べれたら:食べ[r]e・tar[a/・]Ø、
     例:終止・連体形に「なら」仮定法(:[+]nar[a/・]Ø[+]ba)
     ・行くなら:行く[+]nar[a/・]Ø、食べるなら:食べる[+]nar[a/・]Ø、
     例:名詞、名容詞(形容動詞)にも「なら」仮定法([+]nar[a/・]Ø[+]ba)
      が使える。 ・図書館なら、心配なら、元気なら、新聞のことなら、、、
     →「たら」は機能接辞:~te+ari→~tari→~tar[a/・]Ø、開放未然形で
      あるが、動詞語幹に密結合する。
     ・行‐k[i/・]tar[a/・]Ø:→イ音便の特例で「行いたら→行ったら」となり
      :行ったら:行‐[ki=Q]tar[a/・]Ø→行‐[Q]tar[a]Ø:となる。
     ・「たら」、「たらば」ともに意味開放の未然形なので仮定専用の接辞ではな
      いが、「~てある」の原意から動作成立を示唆してはいる。(時制の過去
      を表すのではなく、動作完了状態を意味します)
      (「たら」を使っていたら、「れ足す」二重可能の心配はいりませんね)
     

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