カテゴリー「日本語文法」の274件の記事

態文法:日本語を研究するための道具2

2018/04/20(金)

 当ブログは2017年、新たに「態文法カテゴリー」を立てて、動詞活用を一般形式
(ローマ字つづり)で表記し始めた。
(実際は、その2、3年前から[挿入音素]形式を試行してるが)
★日本語研究の道具2:「ローマ字解析」による「派生文法:連結音素」の手法。
〇前回の道具①:ローマ字解析、を上手に使いこなすために、
〇道具②:派生文法(動詞語幹+連結母音/連結子音+機能接辞)を取り入れる。
 動詞語幹と接辞を連結する際の音節調整に「単母音/単子音」を挟み込む方法を
 文法規則化するべきだ、と提起する下記の研究書籍に感銘を受けた。
・清瀬義三郎則府が1969年『連結子音と連結母音と~日本語動詞無活用論~』
 (PDF入手可能か)を講演した。米国。
・『日本語文法新論-派生文法序説』:清瀬義三郎則府:桜楓社:1989年
・『日本語文法体系新論―派生文法の原理と動詞体系の歴史』:清瀬義三郎則府
 :ひつじ書房:2013年12月
→★当ブログでは、清瀬原案を汎用化するため「一般形式化」する工夫を採用し
 た。
・一般形式:語幹末尾音+[挿入音素:連結母音/連結子音]+接辞語頭音の連結状
 態を明確に選択しやすく表示し、汎用的に意味のある派生ができる、という法
 則性を感得できるようにした。
★動詞語幹:D(=子音末、母音末)+[挿入音素(=連結母音/連結子音)]+機能接
 辞(=子音頭接辞/母音頭接辞)、が規則動詞の表記に適用できる。
実例:動詞活用の大部分は規則的で、次の①、②の一般形式で表せる。
 四段・一段を共用の一般形式で示す。 (語例:書く、話す、見る、食べる)
①一般形式:(未然、連用、終止・連体、已然仮定、命令)の表示。
 D[a/・]na‐i、D[i/・]mas‐u、D[・/r]u、D[・/r]u、D[・/r]e+ba、
 D[・/r]e【[y]o】(=四段活用)/D[・/r]【e[y]】o(=一段活用)。
また、古語、文語での二段活用の一般形式(上/下共用)を表記すれば、
(語例:落つ:ot-、投ぐ:nag-を思い浮べて一般形式を確認してください)
②(上/下)二段活用:D[(i/e)]z‐u、D[(i/e)]te、D[(・/・)]u、
 D[・/・]u[r/r]u、D[・/・]u[r/r]e+ba、D[(i/e)]+yo、で示せる。

→★態文法:二段活用から一段活用へで一般形式を二段活用表現に適用して
 大きな発見をしたことに触れた。
〇二段活用の「連体形」は、終止形に「る」を付加して再動詞概念化したもの。
 (例:D[・/・]u+[r/r]u→おつ+る/なぐ+る、で口語動詞的になる)
〇二段活用の「連用形」に「る」を付加して動詞概念化すると一段活用へ移行可。
 (例:D[(i/e)]+[r]u→おち+る/なげ+る、など母音語幹動詞になる)
→★つぎに、今回また発見したことは、
〇古語の完了・過去表現の助動詞「つ」は、口語のおち+た/なげ+た、の「た」語源
 で二段活用すると、「て、て、つ、つる、つれ、てよ」と古語辞典に記述がある。
・現代の学習現場では、「た形、て形の活用」と見なした扱いが行われるが、
〇四段・一段でも使える完了接辞:teを一般形式で示すと、(語例:話す、見る)
 D[i/・]te[+]na‐i、 D[i/・]te[+]mas‐u、D[i/・]te[r]u、D[i/・]te[r]u、
 D[i/・]te[r]e+ba、D[i/・]te[r]【e[y]】o、という形式が一部では使われて
 いる。(二段活用から一段活用への変遷の流れに乗ったと推定した)
〇つまり、完了接辞:teの連用形、D[i/・]teに「る」を付加して動詞概念化する
 という文法則を応用することが論理的で、便利であるし、理屈を言える。
・「二段活用から一段活用へ移行するのに、2、3世紀遅れてきただけです」
 (話してる、見てる、書いてる、読んでる、話してろ、見てろ、書いてれば、
 読んでれば、などを正当化する理屈である) 

★前回の道具1で紹介した
『複数の日本語~方言からはじめる言語学~』:工藤真由美、八亀裕美:講談社
選書メチエ:2008年11月10日
のなかで、動作進行形/完了形の区別表現が西日本の方言では可能だが、標準
語ではできない(進行相と結果相が同形)、という記述がある。

→★当ブログは出来立ての論理によって、標準語の結果相を新提案したい。
実例:方言と標準語のアスペクト相の違い:動作進行形と動作完遂結果。
・愛媛宇和島:--完成----進行相-----------結果相-----
 非過去:----する---しよる:s[i](y)oru----しとる:s[i]t【e】oru
  過去:----した---しよった:s[i](y)otta---しとった:s[i]t【e】otta
標準語:関東:-完成----進行相(結果相)-----★結果相(新提案)--
 非過去:---する----している:s[i]te‐iru---★してる:s[i]te‐ru
  過去:----した---していた:s[i]te‐ita----★してた:s[i]te‐ta

→★標準語の「結果相(新提案)」の中身について説明する。
 (無意識に使う言葉で、動作済の状態を表現する)
〇D[i/・]te[r]u:二段活用の連用形に「る」を付加して独立動詞化する手法で、
 話してる、見てる、書いてる、読んでる、閉ってる、立ってる、開いてる、怒って
 る、笑ってる、落ちてる、曲ってる、食べてる、考えてる、などと汎用的に動作完
 遂の状態を表現できる。(動作が完遂して結果状態にあることを表現)
〇四段・一段活用の已然形:D[・/r]e、に「る」を付加して独立動詞化する手法が
 、話せる、見れる、書ける、読める、閉める、立てる、開ける、怒れる、笑える、落
 ちれる、曲れる、食べれる、考えれる、などの可能動詞(自他交替もある)を生み
 出した。(これと同じ論理で完了接辞:[i/・]teを独立動詞化してるわけだ)
★現代の日本語学者は、上記二項の独立動詞化の手法を認めないか、気づいてい
 ないか、反対するか、の反応を示す。残念ながら賛成者はいないようだ。
 (しかし、多くの人は日常的に使うはずだ。「そんなこと俺だって考えてたよ」、
 「心配ないよ、毎日しっかり食べてるから、」、「何話してたんだい?」)
〇古語から現代語への変遷で、二段活用から一段活用へ移行する重要な転換法則
 を忘れずに、あるいは無頓着にならないように常に思い起したい。
・古語二段活用の連体形は、終止形:D[・]uに[r]uを直結して独立動詞化した。
・古語二段活用の連用形:D[(i/e)]に[r]uを直結して独立動詞化して一段活用
 へ向かった。
・現代でも、短縮語の語尾に「る」を直結して独立動詞化する方法が意識的に使わ
 れるのは、この転換法則に由来するかもしれない。
・いずれにしろ一段活用が二段活用に先祖返りすることはないから、一段活用化
 を済ませた独立動詞に対しては十分な存在権、生存権を認めるべきだろう。

態文法:日本語を研究するための道具1

2018/04/15(日)

 最近通読した本:
『重力とは何か~アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る~』:大栗
博司:幻冬舎新書:2012年5月30日第一刷、6月20日第三刷、に感銘を受けた。
宇宙を創り出す巨大時空の法則と素粒子の振舞いを支配する極小時空の法則が
連続一体の統合理論で説明・解釈できるようにするべきだという方向へ世界の
物理学者が先陣争いをしながら研究を進めている状況が、よく分る。
もちろん正確な方程式理論を自分では十分に理解できないが、重力と加速度、質
量とエネルギー、粒子の粒と波、時空の収縮と膨張など、対向性の対概念が統一
理論で説明できる時代がまもなくやってくるような研究の動きを感じられた。
 さて、物理学の世界で考察の道具として用いられるのは、動作原理を数式で表
現する方法だろう。数式の論理で説明すれば、直接、世界的な理解につながる。
当然ながら、動作原理の探求には、観測道具に望遠鏡(光学、電波)、実験道具に巨
大円形素粒子加速器や巨大重力波検出器などの巨大観測装置が建設され、それを
活用して新しい発見、理論の検証に努力してこそ、数式表現の信憑性が保証される。
一方、日本語の研究に対する考察道具は何だろうか。

 最近図書館で拾い読みした本:
・『複数の日本語~方言からはじめる言語学~』:工藤真由美、八亀裕美:講談社
 選書メチエ:2008年11月10日と、
・『しっくりこない日本語』:北原保雄:小学館新書:2017年8月6日初版、で
共通して気になったことがある。
両著書共に、いわゆる「ら抜き」、「れ足す」、「さ入れ」言葉に関する記述を選んで
読んでみたわけだが、日本語考察の道具に「音節解析:かな解析」を基本にしてい
るから、考察の精度が落ちるので曖昧な説明に終始すると感じた。
 日本語も世界の言語の一つであり、言語解析を行うには「音素:ローマ字解析」
が不可欠であり、特に音素数が1、2音の短い接辞(助動詞)を膠着させて動詞活用
(派生)形態にする言語方式なのだから、機能を正しく解釈するには「ローマ字解
析」が必須道具であるはずだ。
→★「ローマ字解析」を考察道具に用いれば、態接辞など音素の短い接辞を確実に
 切り出せる。(一般形式=動詞語幹[挿入音素]接辞語幹[挿入音素]統語接辞)
〇文語:受動接辞:ar、使役接辞:as
・書かる:kak[・]ar[・]u、書かす:kak[・]as[・]u (子音末動詞)
・食べらる:tabe[r]ar[・]u、食べさす:tabe[s]as[・]u (母音末動詞)
→結果態一般形式:D[・/r]ar[・]u (口語:結果態と命名する)
→強制態一般形式:D[・/s]as[・]u (口語:強制態と命名する)
〇口語:受動:are、使役:ase
・書かれる:kak[・]ar[・]e[r]u、書かせる:kak[・]as[・]e[r]u (子音末動詞)
・食べられる:tabe[r]ar[・]e[r]u、食べさせる:tabe[s]as[・]e[r]u、(母音末
 動詞)
→受動態一般形式:D[・/r]ar[・]e[r]u (口語:受動態=結果+可能)
→使役態一般形式:D[・/s]as[・]e[r]u (口語:使役態=強制+可能)
〇口語:可能態接辞:e、(可能動詞、自他交替接辞)
・書ける:kak[・]e[r]u、食べれる:tabe[r]e[r]u (子音末、母音末動詞)
→可能態一般形式:D[・/r]e[r]u (口語:可能態と命名する)
★当ブログ提唱の「ローマ字解析法」を用いて、態動詞を派生させれば、態接辞が
 正確に規定できるし、動詞活用表の「未然形」に態接辞を連結させるのではない
 ことが分るはずである。

 一方、「かな解析:音節解析」を考察道具にすると、態接辞のとらえ方が異形態
(五段活用/一段活用の別により)となって正しい接辞を切り出せない。
〇口語:受動:れる/られる、使役:せる/させる (未然形に連結と見なす)
・書か・れる、   書か・せる (子音末動詞)
・食べ・られる、 食べ・させる (母音末動詞)
〇口語:可能:eる/れる([r]eる)、(←★便宜的:已然形に「る」を連結と見なす)
・書け・る(子音末動詞)、食べ・れる(母音末動詞) :(なぜか「れる」を認めない)
→「かな解析」で「ら抜き」と命名したのは、「食べ・ら・れる」から「ら」を抜いたと
 の見立てが由来らしい。 だが、その見立て自体が的外れだろう。
★食べ[r]ar[・]e[r]u、のar[・]を抜いた「ar抜き」と見立てるのが妥当だ。
 「動作+ある」とは、動作結果(状態、成果)があることを端的に表現する。
 つまり「かな解析」では合成する音素を分解表示する性能が低くすぎて、本当の
 姿を切り出せない限界があり、「ar抜き」を感じとれない。
・食べ[r]e[r]u:食べる動作を完遂するという意味で、「動作可能態」である。
・食べ[r]ar[・]e[r]u:食べる「動作の結果」があるという意味で、「実績の行為、
 行為結果物」を意味する。あるいは、未来に「食べれる」動作を想定し、「食べる
 動作の完遂結果を出せる」と予測して「絶対食べられる」ということも可能だ。
・書ける、書かれるの両単語が必要であると同様、本来は、食べれる、食べられる
 の両単語が必要なのだ。

 上記の両書籍には、共通語や方言での「ら抜き、さ入れ、れ足す」言葉を「かな解
析」の立場で専門的な解説をするのだが、学校文法で習う範囲を越える視点がな
い。
・特に文意をこじらせるのは、「文法は守るべき規範ではない」とか、「音節を取り
 出し分析しても意味がない」、「文法は体系的なものであり、文法的な形は他の
 形との関係のなかで存在する」という曖昧な態度記述があることだ。
・また、専門家同志がする対談形式の文法談義で、「読ま・せていただく」を「読ま
 ・さ・せていただく」という「さ入れ」言葉の風潮を取り上げての考察が、
〇「せて」だけでは使役の意味合いが弱いので、へりくだる意味で「させて」にな
 ったのだと思う、と解説する。
→すこぶる情緒的な感覚を元にした考察であり、呆れてしまう。
→★読ませて:yom[・]as[・]e+te、と、読まさせて:yom[・]as[・]as[・]e+te、
 の態構成の違い(二重強制、強制+使役になる)に対する指摘も忠告もなしに、
 単にへりくだりの意味合いだというのには、とても同調できない。
 少なくとも、二重使役の形式で「上司から代読を命じられ、今ここで皆様のお許
 しをいただき、読ま・さ・せていただきます」という二重代読のへりくだりだと
 する解釈説明ならば、なんとか納得できるだろう。
 (ただ、「させていただく」の乱発には少々うんざりします)
→★異形態の態接辞を便宜的な言い方で少しでも改善表記すると、
〇口語:受動:aれる/られる、(便宜的な言い方:未然形に連結)
〇口語:使役:aせる/させる、(便宜的な言い方:未然形に連結)
〇口語:可能:eる/れる([r]eる)、(便宜的な言い方:已然形に「る」を連結)
・五段活用につながる「かな接辞」は、「れる、せる、る」だ。(a/e音が無表示)
・一段活用につながる「かな接辞」は、「られる、させる、れる」であり、この方が
 意味を捉えたり、伝えたりしやすいだろう。だからといって、
〇「られる、させる、れる」の方を重用し、
・「ら入れ重用:ら抜きを嫌う裏返しとして「ら付」を重用する」とか、
・「さ入れ重用」、「れ足す重用」を勧めたり、容認したり、は筋違いだろう。
→★態の一般形式:つぎの3式を基本に据えて考察の道具にしてほしい。
・使役:D[・/s]as[・]e[r]u、
・受動:D[・/r]ar[・]e[r]u、
・可能:D[・/r]e[r]u 。(口語では、3態の語尾は已然動詞化:e[r]uが付く)
★態の語尾を已然動詞化する理由は、一段活用型にする方が意味安定・弱変化に
 できるからだと推測する。

態文法:二段活用から一段活用へ

2018/03/31(土)

 前回、態文法:未然形はあるのか?5をしめくくりとしたが、少し追記したい。
動詞語幹の子音・母音の「う動詞、る動詞」区別についてインターネット検索して
みると、判別法の質問やら、回答やら多数の情報が出てくる。 連用形、已然形の
形態から[r]uを付加して独立した動詞という視点での考察は見当らない。

 前回の「る動詞」を判別する方法を要約再掲すると、
〇動詞語尾音が「~i[r]u」、「~e[r]u」の場合、る動詞である可能性が高い。
★当ブログが推奨する判別法は、(現代口語の日本語話者に適合する方法)
①活用形「連用形-終止・連体形-已然形(仮定)」の語尾音をローマ字表記する。
②語尾音:「i-u-e」ならば、う動詞。(四段・五段活用、子音語幹動詞)
③語尾音:「i-i[r]u-i[r]e」ならば、る動詞。
 (いる動詞:上一段活用、母音幹動詞:[r]を[挿入音素]とみなす)
④語尾音:「e-e[r]u-e[r]e」ならば、る動詞。
 (える動詞:下一段活用、母音幹動詞:[r]を[挿入音素]とみなす)
(いる動詞=連用形「~i」を独立動詞に派生させるため動詞接辞:[r]uを付加)
(える動詞=已然形「~e」を独立動詞に派生させるため動詞接辞:[r]uを付加)
例:原動詞:落つ→いる動詞化=落ちる、原動詞:投ぐ→える動詞化=投げる。

 今回の追加分は、文語文法の二段活用での連体形:「~ur[]u」、「うる」動詞に
ついて考察を記す。
★文語文法での動詞二段活用は、連体形が終止形から離れた形態を用いる。
①動詞の四段活用では語尾音:「i-u-u-e」で、終止と連体は同形だったが、
②二段活用の語尾音:「i-u-ur[]u-ur[]e」で、連体形が独立単語化してしまい
 已然形が連体動詞側での活用になる。(命令形は元の連用形側にもどる)
③二段活用の語尾音:「e-u-ur[]u-ur[]e」で、連体形が独立単語化してしまい
 已然形が連体動詞側での活用になる。(命令形は元の連用形側にもどる)
この状況をみると、原動詞:落つ、投ぐ、の活用しにくさが相当なものだったのだ
ろう。 落つ→落つる、投ぐ→投ぐる、連体動詞として独立させたくなるほど、原
動詞:落つ、投ぐ、は扱いにくい形態だったのだ。
(うる動詞=連体動詞:例:落つる:ot‐ur[]u、投ぐる:nag‐ur[]u、子音語幹動詞
と見做す)
・二段活用は、連体:うる動詞が大活躍していき、段々、終止形が連体形に合流し
 、その扱いにくい原動詞が使われなくなりはじめると、連体動詞の存在理由が
 薄れてくる。
・連体動詞の形式が当り前になると、連用側と段差、不釣合いに関心が移り、
 連用:いる動詞、已然:える動詞のほうが、連体動詞(うる動詞)よりも活用全体
 の流れを円滑にできて、一段活用の構成にできる、と気づいたのだろう。
★参照用に変遷表を挿入追記しました。 動詞活用の変遷

→文語時代を、「いる」動詞、「うる」動詞、「える」動詞を通して分析してみた。
 二段活用から一段活用への変遷は長い期間がかかっているが、簡素化と明解さ
 の方向に進んだ。(反面深刻な影響を生み出したのは、連用・已然による母音語
 幹動詞の成立と終止・連体の同形化により動詞活用の相・アスペクト感覚が不
 明瞭になってしまったことだ。それでも、四段活用動詞を含めれば、相感覚は
 全滅でなく半死半生だということを覚えておきたい)
〇連用動詞、已然動詞、連体動詞という言い方は、奇異に感じるかもしれないが、
 動詞活用の列から新しい動詞が生まれたこと(新しい終止形ができる)に注目
 してほしいからです。
★連用:いる動詞、の潜在的な意味を考察すると、
・落ちる、起きる、足りる、過ぎる、など自動詞的で、瞬間的な一過性の動作に適
 合するようだ。「混じる/混ぜる」のように、いる動詞/える動詞で自他交替す
 る場合もある。
★已然:える動詞、の潜在的な意味を考察すると、
・投げる、捨てる、比べる、流れる、寄せる、受ける、届ける、答える、などの他、
 古くは、隠る・恐る・忘る・垂る・分く、など四段活用だった動詞が下一段に変っ
 ていて、已然形の概念自体が「動作の完遂」の意味があるから、どんな動詞にも
 付加できる形態だ。 現代語では、係り結びを回顧しても意味がない。
★連体:うる動詞、の潜在的な意味を考察すると、原動詞形「u」に[r]uが連結し
 たとすると、母音語幹動詞あつかいで「落つ・ます/落つ/落つ・る/落つ・れ」
 、「~ur[]u」の子音語幹ならば、「落つ・り/落つ/落つ・る/落つ・れ」となり、
 ほとんど活用しても意味が涌かない。連体形として動作事象の強調にはなる。
 現代語ではほとんど使われない。
★なお、当然ながら、
・「ある」動詞(「ある/あす」動詞、「おる/おす」動詞、など)もあるわけだが、これ
 は、未然動詞に位置づけしないで、態動詞、自他交替動詞を派生する、という範
 疇に入れたい。
以上。

前回の記述で二段活用に関する考察がなかったのでこれを追記しました。

態文法:未然形はあるのか?5

2018/03/29(木)

 前回の投稿文の最後を引続き継続する。
〇抜け落ちた?発展考察:項目再掲
×動詞の四段活用/(二段活用/)一段活用の区別について、
 何らかの規則性がある、との提言がどこにもない。(と思う)
×動詞未然形に態接辞や自他交替接辞が連結するのではなく、
 動詞語幹につながる、との提起がどこにも見当らない。

 現代口語文法では、(文語文法を発展的に考察して現代に活かすと)
〇動詞活用表を五段活用/上下一段活用で示す。(別:来る・する:変格動詞2個)
 その心は、連用・已然が大活躍で上下二階建構造を支えているからだ。
→★当ブログの発展考察を交えて記述する。
・古代、原動詞は子音語幹であった。 四段活用できる動詞(未然/連用/終止・連
 体/已然)が多かったが、中には四段活用に不向きな動詞もあった。
 例:落つ、投ぐ、起く、流る、など。(連用/已然で独立単語化→二段・一段活用)
〇四段活用:D[a/・]na‐i/D[i]Ø‐/D[・]u‐/D[・]e‐、:例:書き/書け。
〇一段活用:四段活用できない動詞には「連用か已然の形態を借用」して、母音語
 幹動詞に変身・独立させて活用する。(例:落つ→落ちる、投ぐ→投げる)
 例:落つ→D[i]Ø‐na‐i/D[i]Ø‐/D[i]Ø‐[r]u/D[i]Ø‐[r]e‐:落ち/落ちれ。
 例:投ぐ→D[・]e[]na‐i/D[・]e‐/D[・]e[r]u/D[・]e[r]e‐:投げ/投げれ。
★四段活用の終止形の語尾音で:「う」型動詞(子音語幹動詞)という。
 一段活用の終止形の語尾音で:「る」型動詞(母音語幹動詞)で、連用(上一段)と
 已然形(下一段)が応用されている。
→★動詞型「う」/「る」の識別方法:(打消接辞の付加判定でなく)
〇「う」型は、Di-Du-De、(連用-終止-已然):書き-書く-書け。
〇「る」型は2種、D[i]Ø‐/D[i]Ø‐[r]u/D[i]Ø‐[r]e:落ち-落ち[る]-落ちれ、
 と、D[]e‐/D[]e[r]u/D[]e[r]e:投げ-投げ[る]-投げれ、である。
 「る」型は連用形、已然形に[r]uを付加して母音語幹の動詞に変身させたから、
 終止形以後に[r]音素が追加されるので間違いなく見つけられる。
(日本語経験者ならば、連用-終止-已然の並びで簡単に識別できる)
・「う」型動詞:切り-切る-切れ、帰り-帰る-帰れ、(語尾音:i-u-e)
・「る」型動詞:着-着[る]-着れ、変え-変え[る]-変えれ、
  (語尾音:i-i[r]u-i[r]e、/e-e[r]u-e[r]e)

 ここまでで、発展考察の第一項目の四段/一段活用の規則性を提起できたのだ
が、実際には、第二項目に対しても発展考察の入口を通過した状態である。
→★発展考察の二項目は、「未然形に態接辞をつなぐ」が間違いである、というこ
 と。
〇前項の考察で示した已然形は、一般形式:D[・/r]e‐で、すべて表せる。
・四段:書け、切れ、帰れ、 ・上一:落ちれ、着れ、 ・下一:投げれ、変えれ、。
 この已然形の最後に、「る」をつなぎ込むと、すべて可能動詞に変身できる。
・已然形から可能動詞への一般形式:D[・/r]e[r]u、により、
 書ける、切れる、帰れる;落ちれる、着れる、投げれる、変えれる、可能表現だ。
 「ら抜き」と見るのは誤解だし、必然的に正当に派生した可能態である。
→★可能態接辞:e‐、は、未然形に連結するのではなく、終止形語幹:D[・/r]に
 連結するのだと言える。
・受動態:D[・/r]ar[・]e[r]u、→切られる/着られる、帰られる/変えられる、
 のように、態動詞になると音素並びが四段/一段で完全に同じになることも
 「未然つなぎでない」傍証であろう。
・なお、連用・已然由来である「る」型母音語幹動詞は、強制・使役態に連結する際
 には、[・/r]→[・/s]に替えて連結する。
 ・強制態:D[・/s]as[]u(着さす、落ちさす、投げさす;書かす、切らす、帰らす)
 ・使役態:D[・/s]as[]e[r]u(着させる、落ちさせる、投げさせる;書かせる、)
★文法学界では、任す/任せる、合わす/合わせる、などの形式の差を「四段/一
 段の活用の差」と見做すのが通例らしいが、その活用差の根源である「已然形に
 [r]uが連結する形態」という指摘がなされることがない。機能差も説明なし。
→★だが、当ブログでは、結果態/受動態、強制態/使役態を「四段/一段の活用
 差」だと割り切らないで、態形態の差だ(動作の律仕方に差がある)、と解釈して
 4つの相関的な態と見なしている。 特に已然形の意味を敢行(敢えてやり遂げ
 る)と理解すれば、可能態の機能が添加されてくるはずだ。

 以上で、未然形はあるのか?と古語辞典の発展考察に追加する考察のしめくく
りとする。

 最後に、動詞活用表を使い続けるとしたら、未然形を縮小し、已然形の内容を増
やし、意味を明示する方針を試してみた。
→★新しい旧式動詞活用表の試行案:
①未然形:打消・意向に限定:(自他交替・態接辞との連結はない)
 ・打消:D[a/・]na‐i(書かない、切らない;着ない、投げない)
 ・意向・推量:D[・/y]oo(書こう、切ろう;着よう、投げよう)
②連用形:中止・相接辞に連結(前方体言の述部と解釈させるのが望ましい)
 ・中止:D[i/・]Ø(書き、;投げ、) ・連用:D[i/・]Ø[+]te(書いて、;投げて、)
 (D[i/・]Ø[・/r]u→D[i]Ø[r]u→「~いる型」母音語幹動詞を派生できる)
 ・「~いる型」母音語幹動詞:D[i]Ø[r]u→落ち‐る、起き‐る、
③終止・連体形:言い切り・体言修飾(後方体言を限定・修飾すると解釈)
 ・終止:D[・/r]u、(書く;落ちる、投げる、)
 ・連体:D[・/r]u[+]~、(書く人、読む側;投げる球、起きる時刻)
④已然形:仮定・命令に連結:(「~える型」母音語幹動詞を派生できる)
 ・仮定形:D[・/r]e[+]ba(書けば、読めば;食べれば、起きれば)
 ・命令形:D[・/r]e[y]o:書けよ、食べれよ(已然形)、書き・食べ・なさい(連用)
  書け→D[・/r]e【[y]o】:已然形で継続。(文語時代から「~よ」は付かず)
  食べろ→D[・/r]【e[y]】o:已然形に確定。(食べれよ「べ・れ」が已然臭い「え
  音」の連続なので、D[・/r]o:食べろ、見ろ、覚えろ、忘れろとなったと推測)
 ・命令形を簡略一般形式で、D[・/r]e/o:と表記してもよい。
  (由来が已然形態であると覚えておきたいのだが・・・)
 ・「~える型」母音語幹動詞を派生し、可能動詞や自他交替動詞を生み出す。
  已然形の動詞化一般形式:D[・/r]e[・/r]u→D[・/r]e[r]u→書け‐る、
  食べれ‐る(可能態・可能動詞)、立て‐る、割れ‐る、(可能態と自他交替動詞)
 
以上

態文法:未然形はあるのか?4

2018/03/25(日)

 『岩波古語辞典机上版』:大野晋・佐竹昭広・前田金五郎:1982/11/12を図書
館で閲覧、参照しての考察を記述している。
(前2回を含め辞典の共著者名を訂正:前田金五郎)同辞典補訂版をネット注文し
て著者名の記憶間違いに気づき訂正しました。
〇古語辞典を読んでいると、「ク語法」使用が盛んだった頃には、
・行かまく:ik[a/・]m[・/r]ak‐u:行こうと思うコト、トコロ、
・見まく:mi[a/・]m[・/r]ak‐u:見ようとするコト、
・浮からかす:uk‐ar[・/r]ak‐as‐u:あおって興奮させる、陽気にさせる、
→当ブログ解釈:相手が浮かれてしまうようにする。(浮かれた本人には自律意
 識を思わせないで):浮く受動・無律・律他の接辞構成で「浮く受身・他動詞」を
 派生したもの。
 (浮からかされたその本人は、自責の念がないので言訳ができる仕掛けだ)
いろいろな単語に無律接辞:ak-を組み合せて使っていたようだ。

 2、3日前TVニュースで「オレオレ詐欺事件」の最高裁判決が報じられた。
・「だます」と「だまかす:damakasu」の犯罪構造の違いが争点になったらしい。
・地方裁判所:有罪、高等裁判所:無罪、最高裁判所:有罪。
(以下、裁判経緯を推測しての独自解釈)
・「だます」主張:必要金額をほのめかしただけ、金銭用意の判断は相手がした。
 (だます:主体は律他で指示・示唆だけ、客体は自律で服従し行動する)
・「だまかす」主張:金額指示、受渡しの手順を誘導、相手を話しに乗せる。
 (だまかす:主体が自律行動で必死になって客体を勧誘し誘導する)
→直接「だます/だまかす」の言葉が議論されたのかは法廷外では判らない。
 しかし、最高裁の判決は頼りになる。社会的判断の基礎になるのも「だます/
 だまかす」の意味の違いと、「だまされた:自責/だまかされた:狡猾さに脱帽」
 の被害感覚の違いを正確に感じとるその社会的知恵だ。
→★だが、残念ながらほとんどの国語辞典は「だまかす」を「だます」の俗語とし
 て扱うだけ。「ク語法」の意味を敷延しての派生が、態機能の付加、動作の律仕方
 の違いを表現することを誰も気づかない。古代・上代から社会生活が生み出し
 てきたものなのに。
 (古語辞典には見出語「だまかし」がないから、明治期の造語だろうか。いくぶん
  強引な接辞連結をして造語したのだから、社会的必要性が高かったのだ。
  「だます」は「黙る」を他動詞化する動詞だそうで、主体が言いくるめて相手を
  黙らせておくのが原意らしいから、口車を黙って聞いていたらだまされる)
・犯罪者側は「だます/だまかす」の意味の差を巧みに突いてくる。
 被害者側が言葉の差(詐欺の語り口の差)に無頓着ではダメなのだ。
 自己防衛のために、話し手の語り口が「だます」なのか、「だまかす」なのか見極
 める心積りを持つことが大事。勝手な語り口の展開に乗らず、話の発端に何度
 も何度も何度も戻って「うそ/本当」を追求し、何度もこだわることがよい。
・そうすれば、詐欺行為の被害を少しは防げる。

 本題の動詞活用形に戻ろう。
「岩波古語辞典」後部付録に、基本助動詞の詳しい解説が載っている。
〇明確な説明があり、よい点:
★助動詞相互の配列順序(4+1段階区分)の規則性を明示したこと。
 ①(自他交替接辞)態接辞:使役自発可能受身尊敬、②奉る接辞:尊敬謙譲丁寧、
 ③相接辞:完了存続、④想接辞:打消推量回想、⑤別類:指定比況希求、
(注:自他交替接辞、態接辞、奉る接辞(現代口語では不使用)、相接辞、想接辞は
 当ブログが付記、命名)
 別類は繋辞、断定詞に似た用法で、体言や助詞にも連結する助動詞。
・助動詞を2つ以上続けて連結する場合の順序は優先順に従うと明示した。

〇旧弊を残したままの問題点:
・配列順位①の第一類助動詞は、動詞と密結合して新機能の動詞となる
 (一部の学者は①類の助動詞を接尾辞としている)、と解説する。
★だが、自他交替接辞と態接辞の語尾音節「す」、「る」を敢えて同等に解釈し、
×語尾「す」は動詞の意味が人為的・作為的であることを示す。
×語尾「る」は動詞の意味が自然展開的・無作為的に成立することを示す。
 と位置づける。
→(注:無作為的/作為的の感覚は主語主体の無情/有情が直接影響する現象で
 あり不合理な区分法だ。さらに、語尾が「る」「す」でない動詞は何なのか、見捨
 ててしまうのか!!)
→(当ブログでは、「る/す」や自動詞/他動詞に関わらず、動作動詞(無情・有情
 共に)は自律動作を表すと見なす。 強制・使役の接辞:as-は、主体が指示・律他
 動作、客体が服従・自律動作であるような並行的な動作と見なす。
 結果態・受動態の接辞:ar-は、動作の結果事態が主体・客体・対象をお互に放射
 的に律する描写と見なす)
→★現代の文法界でも、特徴的に「る」「す」を把握するために、作為/無作為の識
 別法を鵜呑みにする風潮がある。見捨てられた動詞が有ること自体が区分法の
 間違いを証明しているので、早く思考停止から抜け出し目覚めてほしい。

〇抜け落ちた?発展考察:
 深い洞察で明確な提起が多い解説のなかで「見当らない提言」に気づいた。
×動詞の四段活用/二段活用/一段活用の区別について、何らかの規則性がある
 との提言がどこにもない。(と思う)
・態接辞のうち、受動の:ar-は「生る:ある」に由来し、下二段活用なので受動態
 も:areと活用する。(強制・使役も下二段活用:現在の一段活用)
・「生る:ある」は受動接辞:ar-:「ある:在る、有る」にも通じる。
×動詞未然形に態接辞や自他交替接辞が連結するのではなく、動詞語幹につながる、
 との提起がどこにも見当らない。(「ある」の「あ」を未然形に渡すな)
(折角、凡例でク語法が未然形連結でない、と指摘しながら動詞派生の本丸に対して
肝心の提言がない)
→四段活用は子音語幹動詞の活用形であり、二段・一段活用は母音語幹動詞の活
 用形であるが、古代の原動詞はほとんどが子音語幹であった。
〇原動詞から自他交替を経て自動詞、他動詞に分れ、動詞が増えていく。
実例:伸ぶ→伸びる/伸ばす、重ぬ→重なる/重ねる、休む→休まる/休める、
 起く→起きる/起こす、流る→流れる/流す、生く→生きる/生かす、
→★古代から江戸期にかけて長い期間で動詞が造語され、活用形が整理されて
 きたのだが、現代の視点を通して振返れば、なぜ動詞活用が四段(五段)/一段
 に収束してきたのか、の疑問に答えられるはずだろう。
★母音語幹動詞(一段活用)の語尾形態は、~i[r]u:いる、~e[r]u:える、の2種
 類である。
 これを洞察すると、動詞活用形の連用形:D[i/・]-、已然形:D[・/r]e-、の形
 態と合致する。 連用形、已然形は意味の自立性が強いので、それが自立・独立
 した単語として、D[i]ru、De‐ru、と変身し、母音語幹動詞になったのだろう。
(変身考察は思考実験の段階)

態文法:未然形はあるのか?3

2018/03/16(金)

 前回の後段で、『岩波古語辞典机上版』:大野晋・佐竹昭広・前田金五郎:1982/
11/12の巻頭の凡例に書かれた「ク語法」の具体解説に対する感想を記した。
改めて、大野晋:「ク語法」解説にある論理手順を検証する。
①ク語法の接辞:aku、の解釈:「すべからく:するべきコト」のごとく、~コト、~
 トコロ、など動名詞化の機能であり、名詞扱いできる。あこがれ:語源→アク:場
 所、ガレ:離れる、を想定し、アクの二文字を名詞と見なす。
②奈良時代に多用された「有らく、老ゆらく、語らく、来らく、すらく、」をみると
 、未然形に「ク」接続でなく、連体形に「アク」接続するという解釈が実態に適合
 する。 (連体形~(r)u:+aku→~(r)aku、に母音結合変化するから)
③造語の場合、単語と単語の複合つなぎの例が多く、母音の重なりが一音に変換
 されて連結する。(u+a→a、i+a→e、など)

→★手順骨子を記憶から抜き書きした。①~③全体は古語時代を読み解く論理だ
 が、ただ一つ、現代でも共感できる視点は、②未然形に「ク」接続でなく(未然形
 接続が通用しないから)別の道が必要だ、という指摘である。
・未然形に「ク」接続とは、一般形式:D[a/・]ku:で表記する形態である。
 「曰く、すべからく、語らく、」の四段活用動詞には成立するが、二段・一段活用
 の「有(あ)らく、見らく、すらく、老いらく」の説明根拠に未然形は役立たない。
・連体形に「アク」接続とは、現代では一般形式:D[・/r]ak[]u:で表記する形態
 である。(上代の二段活用では終止形と連体形が異なる形態だった)
・「かな音節解析」では、接辞を「アク」と見なしても、未然形に(ア)が取られて、
 残りの(ク)が接辞となる。また、二段・一段活用に対しては(ラク)が異形態の
 接辞になる。つまり、(ク)と(ラク)の二形態の使い分けが必要となる。
・「ローマ字解析」で一般形式を正確に理解して使い分けできないとすれば、現状
 でも、(ク)と(ラク)異形態の混乱が起きる。
正誤例:現代口語として正誤が混在している。
 (古語)〇惜しけく:wosikeku ← wosiki+aku、
 〇惜しまく、 ×惜しむらく   〇望まく、 ×望むらく
 〇思はく(思惑は当て字)、 ×思うらく、(×?思えらく) 
 などが、間違い形態のままで(文語文法の丸写しで)国語辞典に載っている。
(善くも悪くも大野古語辞典には啓発される。後に続く方々に現代口語文法への
 解釈改訂を期待したい)

→敢えて改訂に向けて、古語解釈の論理を見直すと、
・古語辞典の凡例手順①「アク」が動名詞化の接辞であり、②未然形でなく、連体
 形に、③[+]複合語的に連結する、との論理構成は、現代の終止形・連体形の共
 通化時代に適合しない。
→★正しいと信じる新手順を提示する。(ク語法の現代的解釈)
・新手順①機能接辞:ak-:動作主体の動作意識を無意思化=無律化する機能。
・新手順②終止形態(語幹)に派生(密結合)接続する:一般形式:D[・/r]ak[]u:
・新手順③(態接辞と同様に)新手順②に従って動詞派生(密結合)し、次の二次
 派生に備える。
★実際にク語法・現代解釈による派生の仕方を新手順に従って習ってみよう。
〇無律化動詞の例:一般形式:D[・/r]ak[]as[]u、D[・/r]ak[]ar[]u、:
・あそばかす:asob[]ak[]as[]u:「若君を遊ばかし奉るほどに」<今昔>
 強制態:遊ばす:asob‐as‐u:の意味構造を分析すると、
 →主体は律他動作(指示するだけで放任する、遠隔指示するだけ)、
 →客体・若君は自律動作(指示を受けて具体行動を自律で行う)、
 つまり、「若君を遊ばす」の表現では、主体が放任の律他動作を若君にする
 と見なされる。 それを避けるために、
・動作の無意思化=無律化:asob‐ak‐u:遊ばく:遊びの概念化、を活用して、
 無律事象の他動詞化:遊ばかす:asob‐ak‐as‐u:主体が主導して自律動作する。
 →主体が自律動作で、客体の若君に対して遊びを勧奨・誘引して手助けする、と
  の意味構造に仕立てて派生造語する。
(現代語の使役態「遊ばせる」は敢行可能形なので、律他互律(手助けあり)で、
 放任の「遊ばす」よりも相互動作があると見なされる。自覚やありか?)
・あまやかす、おびやかす:amay[]ak[]as[]u、obiy[]ak[]as[]u、:
 「あまえさす、おびえさす」では、相手の自律動作のままに放任(律他)する、の
 意味に取られる。 そこで自律動詞:「あまゆ、おびゆ」を「あまやく、おびやく」
 と概念化したうえで、他動詞:「あまやかす、おびやかす」と派生造語したもの。
→他動詞ならば、動作主体が自律動作で対他・相手を律する、と表現できる。
・ちらかす、ちらかる:tir[]ak[]as[]u、tir[]ak[]ar[]u、:
 散る:という事象現象を無意思化・無律化する→「散らく」:これを他動詞化する
 と→「散らかす」:また、散らく状態になる結果を「散らかる」:と表現する。

〇無律化動詞への派生原理を習う:
 無律転換の表記:律他:D[・/s]as‐u→無律他動詞化:D[・/r]ak‐as‐u、
・強制態(律他):寝さす、笑わす、たぶらす、やらす、:放任?で相手が自律動作。
 無律他動詞化:寝かす、笑わかす、たぶらかす、やらかす、:相手を律する動作。
 ne[k]as‐u、wara【w‐a】k‐as‐u、tabur[]ak‐as‐u、yar[]ak‐as‐u、
 赤児を寝さす、でなく「寝かす・寝かせる」(赤児に任さず自律互律動作で律す)
 両者の了承事項を「やらす」、一方の勝手自律で「やらかす」。
 相手に任して笑わすは序の口、格段に強烈な仕掛けで笑わかす、笑かす(無律・
 無意識で笑ってしまうように工夫し敢行する)
〇無律他動詞化は、敢えて、主体が主導権を持って事象を律する(客体の自律動
 作を規制する)という強制優先動作の構造にする、という工夫であり、それを古
 代、上代から実行していた語法なのだ。
〇無律化接辞:ak-は汎用的に応用が利くわけでないが、強引な使い方もある。
・だます→だまかす→だまくらかす:damas‐u→dam‐ak‐as‐u→dam‐akur‐ak‐
 as‐u、
・また、無律化したその動作結果を表現する方法もある。
 おそらく:osor‐ak‐u、ク語法を近代の造語に生かしたものだろう。
→ずる:zur‐u→ずらく:zur‐ak‐u→ずらかる:zur‐ak‐ar‐u、:さぼりや悪事をし
 て、その場から姿を消して、行方をくらました結果を言う。
・「ずらく:ずらかる」、「ちらく:散らかる」のように、概念化の際に「ずる」「散る」
 :原動詞の動作が引き起す事態を含み込んだ情景として動名詞化をすることも
 あるから、派生した動詞も意味が膨らんで来る。

〇現代口語文法がク語法の「無律化」機能を正しく解釈・説明していないと感じて
 いる。 また、「態接辞」も未然形に接続するのではない、に該当する。

態文法:未然形はあるのか?2

2018/03/13(火)

 手元の古語辞典『旺文社古語辞典[改訂新版]』1988年10月20日の巻末付録、
国語・国文法用語解説を読むと、次のような解説がある。
〇文語動詞活用形の辞書解説(要約):
・未然形:「未だ実際には起きていない事実を述べるのに用いる」
 後続①:助動詞・【打消】ズ、【意向】ム、【態の助動詞】ス/サス、ル/ラル、
 後続②:助詞・バ、デ、終助詞・バヤ、ナム、
 単独(後続なし)での文中使用例はない。【自立していない】
・已然形:「すでに(已)そうなっている事態(然)を表す」
 後続①:助詞・ド、ドモ、(確定の逆接)
 後続②:助詞・バ、(確定の順接)
 単独①:係り助詞「コソ」の結び詞となる。
 単独②:上代では単独で逆接、順接を表すこともある。
★この解説に対する不満は、
→【辞典の未然形】の説明では、未然定義が曖昧であり、「未だ然らずの様態」が規
 定できていない。
・【打消】、【意向】の助動詞が膠着するなら、未然動作の様態がはっきりする。だが、
・【態の助動詞】との膠着では、未然の概念を超えて「新しい態動詞」の派生となる。
・未然形活用語尾を付加しただけでは、自立した動作様態、動作相を想起できず
 、後続の詞辞を連結しなければ意味を拡張、生成することができない。
 膠着語としての派生法則の明示、文法化が「かな解析」では不十分である。
 (文語・口語文法ともに「かな解析」文法では、膠着音素の解析・説明が不十分で
  あり、自立できない未然形が余計に問題視されやすい)
→【辞典の已然形】の定義は分かりやすい。ただ、確定条件法の意味合いに傾きす
 ぎた解釈だ。
 (本来、動作動詞の場合には「すでに(已)敢行する事態(然)を表す」という「敢行
  形」の意味・概念が底流にある)
★前回にすでに、已然形が「敢行の意味」を含むと記して、敢行可能→可能態派生
 につながり、敢行仮定→仮定形に、敢行指示→命令形に、つながるとの独自解釈
 を述べた。なぜ、敢行という用語にこだわるのか、説明しておきたい。
・古語辞典:「敢へて:あへて」(副)①押し切って、積極的に、②(打消を伴い)進ん
 では~しない、と、副詞の解釈は「動作の切っ掛け・意向に」集中しているが、
 動詞:「敢ふ:あふ」(自・他下二)①持ちこたえる、②押し切ってする、③終りまで
 ~しおおせる、とあり、解釈の主眼は、「動作の持続、尽力、完遂、」にある。
 (文語の助動詞:aFu:四段動詞と結合し、動作の継続、繰返しを意味する、の原
  動詞だったかもしれない。例:住まふ、語らふ、戦ふ、散らふ)
・現代の国語辞典で「敢行」を引くと、「思い切って行う、強行、決行」の説明があり
 、やはり「動作の切っ掛け」に意識を向けさせる。 だが、本来は「動作の完遂」を
 想定した動詞であり、動詞活用の「已然形」に相当する。
★已然形に係わる動詞を一般形式:D[・/r]e-:から派生させると、
 (敢行)可能態→書ける:D[・]e[r]u、食べれる:D[r]e[r]u、
 (敢行)可能態・自他交替→立つ→立てる(自・可能→他):D[・]e[r]u、
 (敢行)可能態・自他交替→割る→割れる(他・可能→自発):D[・]e[r]u、
 (敢行)仮定形→書けば:D[・]e[+]バ、食べれば:D[r]e[+]バ、
 (敢行)命令形→書け:D[・]e【[y]o】、食べろ::D[r]【e[y]】o、:【省略部分】
 のように、動作の完遂を目指す意味を匂わす動詞ができ上がる。
・已然形の概念はこういう形で現代口語文法の中でも確実に機能を果している。
 (残念ながら文法書に、このような「已然形の機能・効用」の解説がない)
★下記の『岩波古語辞典机上版』では:古代での已然形・仮定の「ё音」と命令形の
 「e音」は異なり、「書けり」の「e音」は命令形と同じだが、意味の同一性が保証で
 きるわけではない、との説明(付録:助動詞解説)がある。

 今回、「敢ふ、敢えて」を図書館で調べるうちに、びっくりな発見をした。
『岩波古語辞典机上版』:大野晋・佐竹昭広・前田金五郎:1982/11/12の巻頭
の凡例に「ク語法」の解説が載るのに気がついた。(凡例に用法の具体解説が載る
とは思わず、今まで目を通したことがなかった)
・この古語辞典の利点は、動詞の見出し語形式に「連用形」を採用したこと。
 古文例で検証可能な用例で多いのが連用形だからという合理的な理由による。
・辞典本文でも、辞句の派生を部分的に「ローマ字表記」して説明するという先進
 的な構成だ。が、惜しまくは(←正しいク語法)動詞活用体系の考え方が「音節・
 かな解析」に留まっている。
・凡例の「ク語法」解説では、接辞:aku(曰く、すべからく、老ゆらく、恐らく)の
 派生について、「未然形」連結でなく「連体形」連結にするとよい、と明察する。
 だが、接辞:akuを「コト」「トコロ」(動名詞形態素)としか認めないので、場当り
 的で発展性がない。他の助動詞、接辞の連結法に対する見直しに役立てる気配
 がない。
★次回に古語辞典の「ク語法」を検証しよう。
 (当ブログはすでに、下記の2つ記事によりク語法の新解釈を記載している)
態文法:発見!挿入音素と機能接辞の同源性態文法:「ク語法」を現代的に解釈する

態文法:未然形はあるのか?1

2018/03/02(金)

 日本語動詞の活用法で疑問点にあげるべきものの筆頭は、「未然形」の可否、
正否だろう。
まず準備を兼ねて、活用形の全体に注目してみよう。
〇学校文法や国語辞典では、動詞活用を「かな音節で解析」するから、
実例:(各「活用形の形態素」は語尾のカタカナ部分を除いた「・」前までで示す)
・子音語幹動詞:書く→未然:書か・ナイ/連用:書き・マス/終止・連体:書く・
 /已然・仮定:書け・バ/命令:書け・。 (カ行四段活用)
・母音語幹動詞:食べる→未然:食べ・ナイ/連用:食べ・マス/終止・連体:食べる・
 /已然・仮定:食べれ・バ/命令:食べろ・。 (バ行下一段活用)
という活用形式を示す。
〇ここまでの説明ならば、慣用的に「活用形:未然・連用・終止・連体・已然・仮定
 ・命令」を理解できるし、また、活用形の並び方を検証すると「未然:動作未満、
 打消/連用:動作進行/終止・連体:動作事象化/已然(仮定、命令):動作着手・
 敢行、動作指示、命令」という「動作事象の実行局面を順番に描写する相・アスペ
 クト感覚」が伝わってくる。(←当方の得心だが、一般論で成立するか不明)
〇さらに「活用形の概念」が優れているのは、「活用形の末尾」に後続の詞・辞を連
 結できることを示せる点です。膠着語の特長は単語末に助動詞、接続助辞を連
 結して意味を深めていけるから、学習の場での演習には効果があるだろう。
実例:ここは都合のよい例だけを示す。(態動詞の生成を含めない)
・未然:書か・ズニ、食べ・ズニ、書か・ヌ、食べ・ヌ、(既出:書か・ナイ、食べ・ナイ)
・連用:書き[+]オワル、食べ[+]オワル、書き[+]タガル、食べ[+]タガル、
 書き[+]ナガラ、食べ[+]ナガラ、(連用形:用言などに複合[+]連結する)
・連体・終止:書く[+]方法、食べる[+]方法、書く[+]ノダ、食べる[+]ノダ、
 (連体形、終止形:体言、断定辞に複合[+]連結する)
・已然:(敢行可能)書け・ル、食べれ・ル、(敢行条件)書け・テモ、食べれ・テモ、
・命令:(敢行指示)書け・(ヨ)←(e・【[y]o】)、食べ(れ・ヨ)ロ←(r【e[y]】o)、
★已然形:動作の着手、敢行の状態相と解釈したので、仮定・命令の深層意味を
 持つと表現した。残念ながら学校文法や国語辞典の説明と異なるが、文法構造
 を維持したまま、「食べれ・ル、見れ・ル、来れ・ル、」などを正当な可能態動詞と
 して「派生(造語)」できる、という特長がある。(下一段化で定着している)
★→同じく未然形にも大きな特長:「派生(造語)」機能を秘めている。
 ①未然形が連結する接尾辞は、ナイ、ヌ、ズ、マイ、など助動詞である。
  (連用形、終止・連体形、仮定形、命令形に連結する辞は、「ウ、ル、ロ、れ、など
  文法的統括辞」とか、比較的緩やかな複合[+]連結でつながる体言・用言・断定
  辞とか接続助辞:バ、テモ、である。 つまり、連用形~命令形はその形態だけ
  でも意味に一定の自立性があり、後続に複合[+]連結でゆるく接続できる)
 ②未然形は、助動詞(特定の機能を持った接辞)と密結合(派生・造語の一般法則
  に相当)することで動詞活用の新しい意味・方向性が決る。
  つまり、動詞活用表の未然形は、動作相・アスペクトの位置づけとして「事象生
  起の前段階の概念」を描写する役割を担わされるが、「未然形のあ段音」語形が
  必然的にその意味を決めているわけではない。
  (態接辞が密結合し態動詞が派生することを「未然形に接続した」と解釈する
  のはあまりにも無茶だ)

 未然形の概念定義をもう一度検証する。
〇未然の概念として「動作をしない、していない、これからしよう」などの動作相
 を描写する、と狭義に解釈しているならば、問題は(陰に隠れて)現れない。
実例:(動作しよう、動作しまい、など事象生起の前での意思・推量を描写する)
・動作の意思:(動作しよう、との意思・推量を描写する)
 (文語体)未然形:書か・ム、食べ・ム、 (派生解釈:D[a/・]m[・]u)
 (口語体)未然形:書こ・ウ、食べ・ヨウ、(派生解釈:D[・/y]ou)
・打消の推量:(動作しないだろう、との意思・推量を描写する)
 未然形:書か・マイ(カ)、食べ・マイ(カ)、 (マイカを付けて逆説の動作勧誘を
       表すことあり) →(派生解釈:D[a/・]mai)
 終止形:書く[+]マイ、食べる[+]マイ、 (言い切り表現)
      →(派生+複合解釈:D[・/r]u[+]mai)
・動作の未然仮定:(未然の動作仮定を条件に描写する)
 (文語体)未然形:書か・バ、?食べら・バ、→(派生解釈:D[・/r]a[+]ba)
       ←:a・ba-の「a」を機能接辞と認める根拠がない。(定着していない)
 (口語体)已然・仮定形:書け・バ、食べれ・バ、→(派生解釈:D[・/r]e[+]ba)
      →已然・仮定形は(未然の概念から外れて)既然状態の条件を想定する。
      ←:e・ba-の「e」を已然の「機能接辞」と認める根拠がある。(定着)

★一方、広義に解釈する未然形は、使役態や受動態の接辞と連結するとも規定さ
 れ、「事象未然の動作相」を遙かに超えた概念に変ってしまう。
→「全然形」とでも命名すべき活用形式の概念だろう。
 全然形→自他交替派生/態動詞派生/未然形(未然打消・未然推量・未然勧奨)
 派生、などを含む広範囲な概念になる。
 当然、文法学者は態接辞を未然形の枠(助動詞の枠)から外して、態動詞として
 独立させるべきだと主張する方もいる。 その説に賛成だが、現代の文法界でも
 百家争鳴である。
〇なぜ、単語創世時代のような「未然形=全然形」が続いてきたのだろう。
 古語辞典の見出し語の五十音各行「う段」(助動詞語尾)を眺めてみよう。
実例:(機能接辞:ak/ah/am/ay/使役:as/受動:ar、で「a付き」ばかり・・)
・く:ak-:ク語法(動詞概念の名詞化、無律化):願わく・は、老いらく、散らく→
 散らかす:→(未然+く/らく:異形態)←(派生解釈:D[・/r]ak[]u)
 (古代上代までか)派生原理が浸透せず:のぞまく(正)、のぞむらく(誤)、混在。
・つ:[i]tu:完了→現在の完了[i]ta:→(連用+た)
・ぬ:[i]nu:完了→上段「た」に収束し現在口語に使用なし
・ふ:ah-:動作継続、反復:住まふ、語らふ、戦ふ:→(四段未然+ふ)単語化
 ←(派生解釈:D[・/r]ah[]u、汎用性なしか:?書かふ、?食べらふ、?見らふ)
・む:am-:意思、推量、勧誘:→(未然+む/む) 前段に解説済
・らむ:ram-:現在の推量(離れた場所から心配する):→(未然+らむ/らむ)
・ゆ:ay-:可能、自発:→(未然+ゆ/らゆ:異形態)←(派生解釈:D[・/r]ay[]u
 :古語・いわゆる、あらゆる、単語化・見ゆ、聞こゆ→見える、聞える)
★上例の古語辞典「う段」接辞のごとく、「a」始まりの機能接辞が多く、また、態接
 辞:ar-/as-も含まれてしまう。これらの接辞(a*-)で派生する一般形式は、
→母音語頭の接辞に対する動詞派生一般形式:D[・/r]a*[]u、(自律動作)
 強制態や使役態の派生では、D[・/s]as[]u、D[・/s]as[]e[r]u、(律他動作)
 となる。
→子音語頭の接辞:naiで未然形を派生する一般形式:D[a/・]na・i、となる。
〇このように、古代上代の派生法則では、機能接辞で意味構造が決る動詞活用に
 対しては、活用語尾が四段:「あ段」音/一段:「ら」音、「さ」音、「無:D語尾」音、
 という暗黙の文法則があったのだろう。活用語尾がこうなる動詞形態を未然形
 と(江戸期に)命名したとみえる。(江戸期の文法書でも「かな音節」解析が反映
 するのだろう)

つづく

態文法:態文法を組み上げる11

2018/02/18(日)

5-6. 受動態:果互律とは
 現代口語文法での受動、使役の形態は、一般形式の例で表記すると、
受動:D[・/r]ar[]e[r]u→D[・/r]ar・e[r]u:書かれる/食べられる、
使役:D[・/s]as[]e[r]u→D[・/s]as・e[r]u:書かせる/食べさせる、
である。 両者とも語尾側に可能態接辞:e[r]uが後続した形態であるが、
もともとの自然感覚で(已然・既然形により結果に到達を)描写すると、
受動:D[・/r]are、:書かれ、/食べられ、
使役:D[・/s]ase、:書かせ、/食べさせ、
の(一段活用の)連用形になり、文語時代にも使われていた。
(下二段活用→下一段活用)
→受動態動詞の律仕方は「果互律」と定義する。(結果接辞と可能接辞の結合)
 (使役態の律仕方は「律他互律」と定義した。使役受動態の律仕方は「律他互律・
  果互律」から短縮して「律他互果互律、または使役果互律」と定義する)
以下、受動態:果互律について説明する。(果律互律を短縮して果互律とする)

★果互律(受動態):とは、動作(の結果)が引き起す事態に登場人物がどんな相互
 反応をするかを描写する。「動作の結果がある」事態になり(果律)、主体、客体
 、対象、物理法則、事理法則、自然法則が何らかの相互反応(互律)をする。
→結果には、目の当りにする動作の収束・完遂そのものだけでなく、動作の結果
 により生じる事態、作成物などのほか、動作の結果実績、業績、また動作の習慣
 、動作の経験などを思い描いて表現する。また、動作目標として予測する結果を
 あらかじめ記述対象にすることもある。
・結果の事態に態応する表現が、受動態:果互律(受身だけではない)であり、他動
 詞だけでなく、自動詞にも受動態が当然に存在する。また、強制系・使役系動詞
 にも可能態、結果態、受動態が当然に存在する。

★言葉の現場:受動態:D[・/r]ar[・]e[r]u:の機能
実例:動作[が]あれる・在れる・有れる、の事態を表す。つまり、動作結果があり、
 それに対する妥当性(経験則、物理法則、事理法則などに反しない)があること
 を暗黙のうちに描写する。(結果に到達するのは理に適っている)
・書かれる:kak[・]ar・e[r]u:→果律:ar[・]互律:e(実績可能・表敬・受身など)
・食べられる:tabe[r]ar・e[r]u:→果律:ar[・]互律:e(実績可能・表敬・受身)
・任される:mak[・]as[・]ar・e[r]u:→律他:as[・]果律:ar[・]互律:e、
 (強制可能・表敬:強制・被強制・強制受身)
・偲ばれる:sinob[・]ar・e[r]u:→果律:ar[・]互律:e(自然発生・表敬・受身)
・降られる:hur[・]ar・e[r]u:→果律:ar[・]互律:e(自然発生・間接受身)

〇態動詞の派生(活用)は、律他:as、果律:ar、互律:e、のような機能接辞を組み
 上げて成立する。それぞれの接辞には固有の意味機能がそなわっているから、
 ときどき意識的に接辞の律仕方を味わいながら解釈するのを勧めたい。
→当ブログ態文法では、「動詞派生を一般形式で表記する方法」を採用してから
 は、[挿入音素]の助けにより接辞の異形態を考えずに、常に一形態で一つの機
 能を表せるようになった。また、逆に「同一機能に同一接辞」の一般形式が成立
 しないと見なされる動詞活用にも、この一般形式を適用してよく調べれば、「同
 一形態の流れ」が見つかることが分ってきた。
実例:可能態と命令形の派生を一般形式で検証する。
 ・可能態の一般形式:D[・/r]e[r]u:kak[・]e[r]u、tabe[r]e[r]u、
 →「書ける」、「食べれる」ともに合理的な派生形態であり、太鼓判を押せる。
  (受動態ならば、「書かれる」と「食べられる」が並行し釣り合う表現である)
 ・命令形の一般形式:D[・/r]e[y]o:kak[・]e【[y]o】、tabe[r]【e[y]】o、
 →「書け」、「食べろ」は一見すると別接辞だが、同一接辞:e[y]oからの省略が
  異なるだけなのだ、とわかる。「書けよ」、「食べれよ」と言うこともある。
  命令の一般形式:D[・/r]e[y]o:として広範囲に試せるはずだ。

・古代、上代から日本語文法の流れには、動詞の何行何段活用方式:「未然形、連用
 形、終止形、連体形、已然・仮定形、命令形」の概念と、態接辞の異形態方式:「る
 /らる」、「す/さす」、「れる/られる」、「せる/させる」の2つが深層にある。
 この2方式は常に「かな音節/ローマ字音素」解析との間で矛盾を露呈する。
→動詞と接辞の連結には、動詞語幹末の子音/母音の差と接辞語頭の子音/母音
 の差に対応した[挿入音素]を挟み込み、「音節の連続性」を確保する連結法があ
 り、原初では日本語文法の深層の深層で「動詞派生の一般形式」がなりたってい
 たのではないか、との思いがある。
〇以下、別連載に進む。

態文法:態文法を組み上げる10

2018/02/11(日)

 文語文法での態形態を一般形式の例で表記すると、
動作:D[・/r]u→書く/食べるを中心軸にして、受動・使役が、
受動:D[・/r]ar[]u→書かる/食べらる、
使役:D[・/s]as[]u→書かす/食べさす、となる。
受動と使役で挿入音素が[・/r]と[・/s]に交替し、機能接辞がar[]uとas[]u、
に交替する。まさに、「r」と「s」が律仕方の対語要素になり、動作の反対像が写り
こむ鏡像関係にあたる。
★現代口語文法での受動、使役の形態は、一般形式の例で表記すると、
受動:D[・/r]ar[]e[r]u→D[・/r]ar・e[r]u:書かれる/食べられる、
使役:D[・/s]as[]e[r]u→D[・/s]as・e[r]u:書かせる/食べさせる、となり、
両者ともに、可能態接辞:e[r]uが後続派生した形態で使われる。
→可能態派生というよりも、ar→are:已然形へ、as→ase:已然形へ、移行してか
 ら下一段化し独立語化したのであろうと推測する。
・当ブログ態文法では、結果態:D[・/r]ar[]u、強制態:D[・/s]as[]u、として
 「態の双対環」に機能を残す。両者の接辞は自他交替に機能発揮しており現代語
 の動詞でも重要な構成要素になっているからだ。

5-5. 結果態:果律とは
 ・結果態:D[・/r]ar[]u、は動作:Dが収束し、結果の出た状態が事態全体に及
 ぼす影響を表現するもの。「動作結果」が事態を律する、登場人物に引き起させ
 る対応を律する。つまり、構文の主体は、動作主体に限定せず、客体でも対象で
 も成立する。また、動作結果には、自動詞の場合も他動詞の場合も含まれる。
 (日本語の場合、自動詞にも結果態・受動態があるのは、動作結果による果律が
 自動詞の結果にも適用されるからだ)
・日本人の深層心理に基づく「自他動詞の動作結果が事態を律する」感覚、それを
 「果律」と定義した。西欧語を学習すると「受身だけ」を受動態と勘違いし始める
 ので注意が必要になる。(国語文法も受動を所動だけとする傾向がある)
→結果態:D[・/r]ar[]u、受動態:D[・/r]ar・e[r]uのごとく、動詞語幹に機能
 接辞を付加して派生するので、表現する結果状態は過去、現在、未来にわたり
 自由に想定した構文を作れる。(未来の動作結果を予測・推測する表現も可)
〇書かる、食べらる:Dがaru:→主体:Dの実績が有る(実績可能)、(尊敬表現:
 第三者発話)、客体:Dの結果が在る(直接・間接受身)、対象:Dがなされる(受身
 ・自発・習慣・常用)などの構文要素になる。

★言葉の現場:結果態接辞:ar-の由来
→文語文法の受動態:動詞未然形に助動詞「る」または「らる」が連結する、との
 説明があり、「ar」を正確に説明していない。口語文法でも同様である。
・わずかな文法学者が「ある」と解釈するが、なかでも大野晋:国語辞典の記述と
 して「ある=生まれるの意味の生る:ある」だと説明、下一段「あれる」と活用す
 るから、「生る」の適合性が高いと述べる。
→当ブログ態文法では、「ar」を→「ある=合計(生る、有る、在る、ある)」の全部を
 意味する、と広く解釈するのが最適だと勧める。
 事象・動作の結果(動作受身、成果物、自発、実績、周辺影響、など)が「ある」と
 描写する。
→動詞語幹と連結する機能接辞:ar-には、自他交替の機能と態派生の機能が
 ある。結果態の活用法は下一段(已然概念が基礎にある状態)的動詞になる。
実例:D[・/r]ar[]u
・自他交替で独立した動詞:休まる、始まる、終る、重なる←動作が完了しないで
 打消すと:休まらない、始まらない、終らない、重ならない、で表現する。
・結果態動詞:書かる、食べらる、←四段活用で打ち消すと、書からない、食べらら
 ない。これでは動作結果の打消しに感じられない。
 結果態は已然形で打消しする:書かれない、食べられない、これで結果予測に対
 する打消しに感じる。(文語時代から下二段、下一段活用だった)
 (已然状態の想定をすれば、後追いで「生る」に由来を求めずともよいのでは)
→已然形というと、係り結びを想定する風潮が強いが、動作進行形を意味する動
 作相:アスペクトの意味合いが強いのだと優先解釈するべきだ。
 係り結びをやめた現代ではなおさらのこと、思考停止に陥らず、生きた解釈を
 して「已然=動作進行中・完遂に近い」概念を呼び戻したい。

★言葉の現場:機能接辞:ar-の用法
 「ある:ar-]は、在る、有る、生る、ある、を表すが、自他交替と結果受動の態と
 両方の機能がある。
実例:D[・/r]ar[・]ar[・]u、二重派生の場合
・一次派生:D[・/r]ar[]u:休まる、掴まる、の「ar」は、自他交替の自動詞化の機
 能で、動作の目標完了状態を表す。同時に目標完了への自律努力を含む。
・二次派生:D[・/r]ar[・]ar[・]u:休まらる、掴まらる、二次目の「ar」は結果受
 動の態表現になる。
作例1:  「知らぬ間にジャケットの後すそを小さな子に掴まれていた。」
作例2:  「知らぬ間にジャケットの後すそを小さな子に掴まられていた。」
 めったに使わない表現だろうが、どちらも間違いではない。
・両文の意味の差は、原動詞:「つかむ」と「つかまる」の差であり、
 「つかむ=にぎる:自律動詞」→「つかまる=しっかり(身体が揺らがないよう)
 にぎる:自律動詞/=にぎらる:受身・果律動詞」の二通りの解釈ができるが、
 「つかむの受身の受身」=「二重受身の形態」にすると意味不明になるので、
 「つかまられる=つかまるの受身=しっかりにぎられる」と解釈する。
→「同一態機能の二段重ね」には各種あり得るが、「可能+可能」、「結果+結果」、
 「受動+受動」など基本的に意味不明になる。 ただ、強制系、使役系では律他動
 作性が強いのでいくぶん様相が違っている。
 (次回、受動態・果互律で余力があれば検証する)

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