カテゴリー「日本語文法」の287件の記事

態文法:哲学でする動詞活用4

2018/08/18(土)

7.国語学文法が可能動詞、可能態を正しく説明できない理由
 参考表(追加分)を見ていただきたい。

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古語時代から現代へ動詞活用形が移行したとき(鎌倉・室町~江戸期)、
②、③上下二段活用は④⑤上下一段活用へ収れんし、変化なしの四段活用と併せ
て一般形式で表すと、①四段・一段活用の一行ですべての規則動詞の活用を表現
できるようになった。(国語学文法の表現には「ローマ字の一般形式」はないが)

→★動詞活用の転換期に、日本中でいろいろな試行錯誤があったであろうが、
・その錯誤の悪影響が今も続くものに、次の2つがある。
〇已然形の概念を変質?:→已然は「すでに然る」、「動作着手、完遂」の意味。
 仮定形と名前を代えて、「已然は文語の飾り物に置去り」にしたかのよう。
〇安定・不変の四段活用を一時、二段化へ逆行?:→読むる、知るるで可能・自発?
・已然形概念の薄れが始まったのも悪影響したのか、転換期の試行錯誤で、四段
 動詞の「読む」を→「読むる:yom[]u・[r]u」として、「字が読むれぬ」などの(打
 消)自発・可能性表現とする試行例が出始めた。 錯誤で「終止形+[r]u」という
 二段化へ逆行するような→D[・]u[r]u:読むる、知るる、の形態で、対象物の可
 能状態を表す表現例が江戸期の文献に残っているらしい。
→当時は、二段活用動詞の「終止形+[r]u」をやめて、「連用形+[r]u」に取り替え
 て一段活用動詞に大転換していく最中であった。(例:受け/受くる→受ける)
・四段活用動詞は、語幹自体が挿入音素なしのD[・]形態で事象化できるので、
 歴史的必然の「已然形+[r]u」→D[・]e[r]uへ向かえるはずだが、まだ試行が成
 熟してなかったか? 江戸後期・明治期まで待たなければならなかった。
(後遺症は現在も続いてるから深刻だ。 「古き錯誤の実例」が四段動詞で起きた
から、錯誤修正の可能動詞を四段動詞だけに認め、一段動詞の可能動詞を認めな
いという風潮が続く)
〇これが、国語文法が可能動詞を四段活用動詞にしか認めない根拠だろうと推測
 する。

→★一方、当態文法の可能動詞の定義は簡明で独特なものだ。
〇追加表の①四段・一段活用を見て判るように、四段・一段は一般形式として共
 通の一行で表記できる。つまり、[挿入音素]に違いがあっても後続する機能接
 辞は同一である。
・活用前段の「未然・連用」では[挿入音素]の母音が動作識別に有効であり、一段
 動詞は語幹末の母音が効力を利かすから、[挿入音素]は無音でよい。
 活用後段の「終止・連体・已然・命令」では[挿入音素]の[r]接辞が事象識別に有
 効であり、四段動詞は子音語幹のままで事象表現に効力を利かす。
・だから、四段動詞は語幹そのもので動詞の事象化に態応できる。つまり、態動詞
 化への対応が語幹でできる。
実例:D[・/r]、D[・/s]で態派生に対応する。(当態文法の一般形式)
 D[・/r]ar[]e[r]u:読まれる、使われる、渡される/覚えられる、来られる、
  着られる。
 D[・/s]as[]e[r]u:読ませる、使わせる、渡させる/覚えさせる、来させる、
  着させる。
 D[・/r]e[r]u:読める、使える、渡せる/覚えれる、来れる、着れる。
(D[・/s]e[r]u:読める、使える、渡せる、〇着せる/×覚えせる、×来せる、
 古語に「見す」、「着す」が存在し→「見せる」、「着せる」が現在も使える)
→★国語文法は態派生に対して弱点がある。(かな分析はkana分析ができない)
 未然形:D[a/・]に「れる/られる:異形態接辞」、「せる/させる:異形態接辞」
 の助動詞を連結する、という「かな分析」の不都合さが現れる。
・さらに不都合の例:「さ入れ言葉」の錯誤:(未然形は打消接辞と連結するだけ)
 未然形:D[a/・]は、子音語頭の打消接辞と組み合せての形態であり、母音語頭
 の態接辞と連結するときは、D[・/r]、またはD[・/s]の形態だから、未然形と
 無関係だ。(この法則を国語学文法の「かな分析」では全く気づいていない)
→「さ入れ」:読まさせていただく→yom[]as[]as[]e[i/・]te+いただく、
 音素分析する態文法では、asが二連結した二段階の強制・使役と解釈するから
 単なる代読なら「読ませて」でよい。「読まさせて」は孫受け、二段階指示の代読
 の受託表現となる、と素早く解き明かせる。
→×ところが、国語文法に従い未然形:D[a/・]を万能だと信じ込んでいると、
 「読ま・させて」いただく→yom[a]+s[]as[]e[i/・]te+いただく、と解釈して
 錯誤を峻別し排除できない。 実際に著名な文法学者や教育者は峻別・否定より
 も、「一段とへりくだった言い方と感じる」と言う。(市販本の対談・講演などで
 の記述。 二段階使役とも、錯誤とも感じないで、「一段とへりくだった」表現と
 無頓着な解釈をする?)
→態動詞の機能概念は、動作に関与する登場人・物の「数」と「態応の仕方:動作の
 律仕方」を描写すること、だから、二段階使役の動作構造を感知できない国語文
 法は致命的な不都合を抱えている。
→★正しくは、態文法の上記実例のような「事象形」とでも言うべき、
 事象形:D[・/r]に「are」、「e」、の助動詞(受動、可能態接辞)を連結する、
 事象形:D[・/s]に「ase」、「e」、の助動詞(使役、可能態接辞)を連結する、
 という活用哲学が有効である。
(当態文法は、態の接辞に、ar/as/eを根源にして、その已然形として、are
 /ase、があるのだと提唱する)

〇蛇足ながら付記する。
 可能態接辞:e[r]u、は已然接辞:e、に由来してると推測する。
 已然形:→已然は「すでに然る」、つまり「動作着手、完遂へ尽力」の意味があるか
 ら、事象の完遂が成し遂げれる→動作可能の意味につながる、と推測する。
 当然ながら、四段動詞、一段動詞の別なく動作完遂は有るのだから、同じ機能接
 辞で描写するのが基本だろう。
(可能態接辞:e[r]uはいろいろな原動詞に組み込まれている:読める、見せる、
渡せる、割れる、立てる、泳げる、知れる。動作を完遂するために、(対人)他動詞
なら相手と協力し相互尽力して完遂する意味を含み、(対物他動詞、)自動詞なら
自然条件、対人条件、物理条件にうまく適って完遂する意味を含んでる)


態文法:哲学でする動詞活用3

2018/08/04(土)

 参考表:動詞活用表の概念哲学

5.国語学文法に活用哲学なし?
 前回の後段4節に記した項目を詳説する。
→★「活用の流れ」が2本あり。国語文法では指摘なし。しかし、継承すべきこと。
→活用哲学を国語文法は忘れ去ってるのか、気づいてないのか、古語時代の哲学
 論理を指摘しない。 使いにくい二段動詞を無理やりにでも活用するため、
 ①その動詞自体の活用形、②傍流への活用形(自他動詞への派生、態の派生)の
 2本の活用形式を試すことが古語時代には日常的に起きていただろう。

〇国語学文法が活用哲学を指摘・重用しない実例を示す。
 (「可能動詞」に対する説明を『国語学大辞典』国語学会編から抜粋する)
<可能動詞とは、  → (注釈を付加)実例を示すと、
・五段動詞を     → 書く、立つ、(なぜ五段動詞に限定するのか?)
・下一段に転じて  →e音付加:(kak[]e[r]u、tat[]e[r]u)書ける、立てる、
・可能の意味を    →(理由説明なし)
 表すようになった。
・五段以外に    → 見る、食べる、(五段以外の動詞も同等に)
・「れる」を付けて →e音付加:(見[r]e[r]u、食べ[r]e[r]u)見れる、食べれる、
・簡便な可能動詞表現するのは   →(↑正規な生成手順のはずだが?)
・正規のものと認められていない。  →(理由説明なし)
と説明がある>
〇学校文法や文法学者は『国語学大辞典』の見解に不思議を感じないらしい。

6.態文法の活用哲学:可能動詞を実例に
→★当家態文法は、動詞活用の概念哲学を継承したいから、考える舞台を一般形
 式にする。つまり、対象の動詞が五段活用、上下一段活用、カ行変格、サ行変格
 であっても通用する哲学論理を用いる。
→:可能動詞とは、  → (注釈を付加)実例を示すと、
・すべての動詞活用形の事象形態を準備 →立つ、食べる、来る、する、の(内包:
 接辞添加型式→変格の来る語幹:ko、する語幹:s)
・[挿入音素]付加して →tat[]、tabe[r]、ko[r]、s[]、(外延へ備える:哲学的)
・「e音付加」し(已然形へ) →立て、食べれ、来れ、せ:互律感強い、(動作完遂相)
・これを独立事象化させる →立てる、食べれる、来れる、せる。(態派生の論理)
(立て・立て・立てる・立てる・立てれ・立てろ)→立てる:自→他動詞に交替、また
 自動詞で可能の意味にも)→②傍流活用=動作の外延(自他交替)、事象の外延
 (態派生)の両方の哲学論理の機能が働くからである。
〇この活用哲学を簡単に言えば、どんな動詞も已然形に「る」を付加すれば、新し
 い独立動詞になる。 已然形に「る」を添加するという発想法が哲学論理に合致
 する。(正確に哲学論理を説明すると上記のような手順を踏んでいる)
★已然形を独立させるのであり、決して仮定形の独立ではない。
 (仮定形は動作が完遂するのを条件描写する段階を越えて、念押し的にその先
 の状態を仮定することも可能だが、それを事象化すると、完遂の完遂を事象化
 するという不可思議な世界になる。書ける:OK、書けれる:ダメ)
(可能動詞は動作動詞で、いれる、たべる→入れれる、食べれる:OK、見える→
見えれる:ダメ:二重可能、などダメ条件が存在するが、一律禁止は不適当)
・古語時代、基本形に「る」を添加して、「おつる」、「来る」、「する」の連体形を生成
 したのと同様、また、連用形に「る」を添加して、「落ちる」、「投げる」、「起きる」
 の一段動詞終止形を生成したのと同様の新語派生の論理に適うものだ。
〇なぜ、可能動詞と定義できるのか?
 已然形の意味に深く根差してると判れば、素直に納得できる。
・已然形→もう既に成し遂げる、完遂するように動作してる、という根源的な意
 味である。(古語時代の係り結びの用法や、現代語での仮定形に惑わされないで
 ほしい) 已然形の最重要な意味が江戸後期~明治期に復活して、可能表現が確
 実にできるようになった。
〇立つ→立てる(他動詞化)、割る→割れる(自動詞化)のように、自他交替と他自
 交替という一見すると相反する機能のように見做される。
 已然接辞:e[r]u(正式には可能態接辞と命名するが)が果す役割を文法学者に
 理解できないようである。 当家態文法は敢えて已然接辞:e[r]uを正視する。
・見す→見せる、任す→任せる、この已然接辞:e[r]uによる動作も他者にさせる
 だけでなく、完遂させるために必要なら手助け、介助をするという意味だ。
 (見せるために資料を出したり、見やすく支えたり、また、任せると時々完遂状
 況を確認して助言したりするのが、「任せる」の意味と心得る必要あり)
・立てる、割れる、の已然接辞:e[r]uも動作主・対象物どちらの視点で見るかに
 よる違いはあっても、動作が完遂するには相互の力関係、物理法則に適う行動
 だから、動作が完遂できるという意味だ。
・書く→書ける、走る→走れる、見る→見れる、数える→数えれる、来る→来れる
 の已然接辞:e[r]uも、動作を完遂する、尽力することを確言するから、可能動
 詞、可能態動詞と見なすわけだ。
 (現在、文法学者の多くが世間的に「ら抜き」可能態を認めない立場であるが、
 五段活用だけでなく、一段活用動詞、変格活用動詞でも可能態を生成できると
 已然形の力を見直してほしいものだ。 文法学者なら、「ar抜き」e[r]u可能態と
 「ar付き」e[r]u可能態=受動態との本当の意味の差をたやすく説明できるはず
 だし、どちらも共存すべき動詞だと気づくはずだ)
★可能態接辞、已然接辞:e[r]u、の深層で共通する意味は、
・文字通り、已然→動作を完遂する、完遂に尽力する、完遂に向けて手助けする、
 完遂できる物理法則に則る、相互に助け合って完遂する、である。
(特に、使役動作:任せる、着せる、読ませる、では動作を命じるだけでなく、完遂
のため必要なら手助けする意味を含んでいる。 強制態:任す、着さす、読ます、
ならば、動作を命じるだけと解釈してよい)

態文法:哲学でする動詞活用2

2018/07/31(火)
 参考表:動詞活用表の概念哲学

2.動詞活用に必要な哲学、論理とは:
 当家の態文法では、動詞派生(活用)を一般形式で以下のように表現する。
〇動詞派生=動詞語幹[挿入音素]接辞語幹[挿入音素]接辞語幹[挿入音素]統語
 接辞。
(最短:動詞語幹[挿入音素]統語接辞の形態で、通常中間に幾つかの[挿入音素]
 接辞語幹が連結して意味を付加する)
〇一般型式で動詞活用、自他交替派生、態派生などを区別なく表記できる。
→古語時代から続いている四段活用と上下一段活用を表記するのに、一般型式
 を使えば一行で表せる。
★四段・一段活用の一般形式:(動詞語幹:D←子音末、母音末の両方表現)
 D[a/・]-,D[i/・]-,D[・/r]u,D[・/r]u-,D[・/r]e-,D[・/r]e/o.
<一方、国語文法では、四段と一段を別々に型式化して説明する。
・四段活用の型式を→母音交替型式と呼ぶ。
 (動詞子音語幹に「-a,-i,-u,-e」母音を交替付加して活用する)
・上下一段活用の型式を→接辞添加型式と呼ぶ。
 (動詞母音語幹に「-,-,[r]u,[r]e」のように接辞[r]を添加して終止形以降
 を派生する)
★国語文法のような場当り的な把握方法では、概念哲学の論理を見出せない>

〇態文法での一般形式表記により、
→[挿入音素]の配列を眺めてみると、哲学論理の痕跡が見えてくる。
・四段・一段活用の一般形式から、[挿入音素]に注目すると、
 [挿入音素]の並び方→[a/・],[i/・]←動作、事象→[・/r],[・/r],
 [・/r],[・/r].
〇未然形、連用形→母音交替(a,i)と無音(・,・):母音語幹の音素に任す。
 (母音添加して動作意味の外延化を果す。母音語幹はそれ自身で動作を示す)
〇終止形~命令形→無音(・,・):語幹に任す、動作事象化の「r」接辞を添加。
 (子音語幹はそれ自身で事象化が可能、母音語幹は「r」、「s」接辞で事象化する)
→つまり、四段動詞は語幹自身が事象・出来事の表現向きの動詞であり、動作の
 表現には母音を選んで[挿入音素]とする。
 一段動詞は語幹自身が動作表現向きの動詞であり、事象・出来事の表現には
 「r」、「s」接辞を添加する。
 という概念哲学が古語時代から続いてるのだ。
→さらにつまり、活用表の未然・連用は動作表現、終止形~命令形は事象・出来事
 としての描写を優先する形式である。と説明すると哲学論理が生きてくる。

3.古語二段活用の試行錯誤:
 次に古語時代の上下二段活用を哲学するため、当家態文法で一般形式を表記し
よう。(動詞例に、落つ、投ぐを思い浮べながら考察してみよう)
→二段活用の一般形式:動詞語幹:Dが子音末ながら、四段活用になれない。
 D[i/e]-,D[i/e]-, D[・]u, D[・]u[r]u-,D[・]u[r]e-,D[i/e]yo.
 ([挿入音素]→便宜的に[i/e]で上/下一段活用の振り分けを表現した)
〇未然・連用は、落ち:ot[i]、投げ:nag[e]、固定の母音添加で動作を外延表現し
 (ot[a],nag[a],nag[i]の母音添加では動作意味が湧かない)
〇古語時代は基本形(終止形)を変形したくなかったらしい。
 しかし、連体形・已然形は後続する詞辞を支えるために事象化・内包化の形態に
 整える必要があるから、基本形に[r]を添加し→D[・]u[r]u-,D[・]u[r]e-を
 生み出した。
〇つまり、二段活用動詞の基本形:D[・]uは、それ自身が活用に不向きの形態で
 あり、動作表現:外延化に母音添加するし、事象表現:内包化にも基本形+[r]u
 を無理やり接辞添加する方法をとったのだ。概念哲学の深層論理が働いてる。
→連体・已然を事象化・内包化形態にすべきだという論理が古語時代から働いて
 たことがすばらしい。
 (oteba→otureba、nageba→nagureba:比較すれば事象化すべきだという
 哲学論理が判るはず)
★古語時代の二段活用、変格活用などでは基本形を変えずに、前段(未然連用)を
 母音交替、後段(連体已然)を[r]接辞添加するという混合形式の活用形であっ
 た。
→日本語動詞活用の哲学論理は、古代から単純明解だった。人称や単複などの
 要素に拘らず、動作表現と事象表現を大きな区分とし活用形に合体させた。
 さらに、関連動作動詞の造語にも同じ哲学論理が応用でき、自他交替には動作
 表現の方法:語幹と接辞を直結(外延派生)を採用し、態の派生には事象表現の
 方法:語幹[r]態接辞の連結(内包派生)を採用した。
 (使役系の態派生には動作事象を[s]接辞で内包化する。[s]が顕在するのは、
 母音語幹動詞が使役系に派生するときで、tabe[s]as[]u,ko[s]as[]e[r]u
 など例示できる)
〇動作派生(外延派生)と事象派生(内包派生)による「新動詞の造語生成の区分」
 の視点は、最近の思い付きなので十分な検証ができていない。
→たたきあふ:tatak[i]0[+]afu複合動詞なのか、
 たたかう:tatak[]afu内包派生の造語なのか。 古語時代でも外延/内包の
 扱いに揺らぎがあったであろうが、多くは順当な論理判断がなされてきた。
 だから、現代でも哲学の試行錯誤をして論理判断を高めていくべきだろう。
 思考停止で踏み外してはいけないだろう。

4.現代の動詞活用論理:
 古語時代から順当に継承してきた動詞活用哲学の形態は、参考表の下段に示す
ものである。再掲:動詞活用表の概念哲学
★「活用の流れ」が2本あり。国語文法では指摘なし。しかし、継承すべきこと。
①当該動詞自身の外延/内包による活用形→
 (未然・連用:動作外延/終止・連体・已然・仮定・命令:事象内包)
②分岐動詞(関連動詞へ)の外延/内包外延による態派生→
 (自他交替、関連動詞:動作外延/態動詞:内包・事象の外延)
古語時代は、子音語幹動詞が多いものの、自動詞・他動詞の分離が未完状態であ
る動詞も多かった。 そのため、未完状態の基本動詞を部分的に:未然・連用の動
作外延形態だけで(自他変換)活用することもあったはずだ。
(『岩波古語辞典』:大野晋他編では動詞見出し語を終止形でなく連用形の形態で
記載した。その意図は、文献上の記述例や複合語生成例などが連用形で残って
いる事実を精査しての新機軸だと明記あり)
→現代では、自他交替が完了した独立動詞(母音語幹)が十分に揃ってきたし、
 態動詞も揃っているので、②派生の論理が目立たなくなっている。
 (しかし、外延/内包のどちらで活用するのかという認識は、動詞の真の意味を
 解釈するのに重要なことだ)
〇当家態文法にしても活用哲学には最近の気づきである。
 思考を深めていこう。

態文法:哲学でする動詞活用1

2018/07/25(水)

 動詞活用の意味するところ、たとえば「巣立ち未然枠」などについて再考実験し
ながら正確な記述をしたい。 前回までは、日本語文法の動詞活用表が意味する
ところは、「動作相:アスペクト」を表すとの解説しました。 その内容は独特で新
規性があり、万人が直ちに納得できるものではないかもしれない。
なぜなら、長い間、学校文法では動詞活用形の捉え方を「文の構成機能、文の組み
立て機能」という閉じた完結型の活用を説明してたのだから。
〇再考実験の視点は、古代の動詞活用の方法を想起すること。
文字もない、文法書もない古代からの日本語が、現代まで連綿と動詞の四段活用
を大きな手直しもなく使い続けている反面、江戸期の前後に二段活用を短期間に
広範囲に一段活用へ転換する歴史的変革を可能にしたその原動力は何だったの
か。 活用の「動作相:アスペクト」よりも高い概念哲学があったはず、いや、今も
生きているはずだ。

 今回は、その原動力の根源に気づいたので、「哲学でする動詞活用」の題名で
連載回を記載する。

1.哲学でする動詞活用とは、
 現代人が普通に行う「動詞活用」は、江戸期の文語文法書を手掛りとした研究を
踏まえた近世期の「国語学文法でする動詞活用」であると言える。
つまり、現代人は「学校文法に基づいた動詞活用」を守って言語運用してるから
、ほとんど無意識・無批判に動詞を使ってることが多い。
(当方が意識的、批判的に学校文法を思索するようになったのは、例えば、受動態
は、なぜ、受け身、可能、自発、尊敬などの多義性を持つのかという疑問に対して
文法書は的確な解説を用意してないからだった)
 一方、これから解説する「哲学でする動詞活用」とは、
古代人の立場に立ち、文字も文法書もない状況で、動詞活用するならどうするだ
ろうか、という視点で再考する。
おそらく、人類が言語に対して持っている概念化:具象化と抽象化の二つの能力
を意識的に使いこなすことで動詞活用させるのだろう。
〇概念の意味:『広辞苑 第六版』:新村出編:岩波書店から引用。
★概念:(哲)事実の本質をとらえる思考の形式。
 ・事実の本質的な特徴とそれらの連関が概念の内容(内包)。
 ・概念は同一の本質を持つ一定範囲の事物(外延)に適用され一般性をもつ。
★外延:(論)ある概念の適用されるべき事物の範囲。
★内包:(論)概念の適用される範囲(外延)に属する諸事物が共通に有する徴表
 (性質)の全体。<引用終り>
→哲学的に分かりやすくいうと、(動詞の意味概念を考えて活用するとき)
★外延:動作の具体表現→意味概念に合致、連関する具体動作の総体(動作進行
 相:連用形や、打消、推量・勧奨:未然形が相当する。 さらに大きく動作の外延
 形:自動詞・他動詞の交替派生、また、精密に区分けすると動作事象(:内包)の
 外延形:使役・受動など、やらす/やらるの態派生)を思い浮べて活用する。
 (前回までは未然形に巣立ち未然枠を想定し、自他交替も態派生も同一の巣立
 枠に分類したが、間違いであった。概念哲学でいう「外延」を動詞動作に働かす
 のが→自他交替であり、動作事象(:内包)に「外延」を働かす→態派生である)
★内包:動作概念を事象、出来事として把握→抽象化、概念化した事象で関連事
 物を修飾したり、事象の完遂・仮定・命令を想起し活用する。(連体形、已然形、
 仮定形、命令形、相当)
 (古来、命令形は外延的:動作として連用形で代用したり、内包的:遂行目標とし
 て発令したり、であったが、現代は形式的には、完遂目標発令の意味で内包的の
 あつかいである)
〇古語、現代語の動詞活用を概念哲学の視点から見直した活用表を示す。
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★上表の細かな説明は次回に記したい。(つづく)

態文法:動詞活用形から巣立つ独立動詞3

2018/06/30(土)

 かな分析を元に文法を組み立てる学校文法や国語学、国語辞典が最も不得意な
説明分野は何だろうか。日常の言語運用でも個人個人が不具合な言回しに困惑し
たり、辞典を引いても意味の違いがはっきりしない経験をするのは、態動詞や態
文法の月並な意味説明に出会うときではなかろうか。

3.音素分析なら、動詞の態派生について正確で清雅な説明をすべきだ。
 ローマ字つづりで音素単位の分析ができると、動詞語幹に連結する機能接辞が
正確に識別・切出しできる。 この正確な切出し効果を生かすべきで、音素分析の
役割であると思う。

★音素分析が果すべき役割と順序:
 学者や辞典編者でなく、一般人としての希望を記述する。
①音素分析で正確な機能接辞を切り出すこと。
 結果態接辞:ar-、(自他交替接辞:ar-との異同を示す)
 強制態接辞:as-、(自他交替接辞:as-との異同を示す)
 可能態接辞:e-、(自他交替接辞:er-との異同を示す)
 受動態接辞:are-、(結果態:arに可能態:eが連結するとの異同を示す)
 使役態接辞:ase-、(強制態:asに可能態:eが連結するとの異同を示す)

②態派生の一般形式を理解し、接辞が汎用的に使えることを確認する。
・態派生の一般形式:動詞語幹:D[挿入音素]態接辞語幹[挿入音素]統語接辞。
例:受動態の一般形式:D[・/r]ar[・/r]e[・/r]u→D[・/r]ar[・]e[r]u
  →D[・/r]are[r]u。(書く:書かれる、考える:考えられる)
 同様に使役態の一般形式:D[・/s]as[・/r]e[・/r]u→D[・/s]as[・]e[r]u
  →D[・/s]ase[r]u。(書く:書かせる、考える:考えさせる)
〇ここまでは、音素分析を提唱する方々がほぼ異議なしで通過できるかと思いき
 や、可能態に異議が飛ぶ。(かな分析・国語学の呪縛から抜け切れないでいる)
・可能態の一般形式:D[・/r]e[・/r]u→D[・/r]e[r]u。(書ける、考えれる)
 書かれる、書けるの両方が必要な可能(意味の差がある)表現だ。
 考えられる、考えれるの両方が必要な可能(意味の差がある)表現だ。
★話が横道にそれるが、一言付け加えておきたい。
 書かれる(態:動作結果が律する)、と同じような表現に、「書けてる」(相:動作
 完遂完了)を当てることができる。同様に書かれてる(態相:動作結果完了相)も
 解釈可能である。
〇しかし、可能(の意味)動詞の仮定形独立やその命令形は意味不明となり、活用
 適用外とする。
 (動作完遂の仮定・仮想に「る」が直結すると、仮想の尽力が現実事象と見做され
 、可能態動作と位置づけられる。 それに再度の仮想を重ねると尽力事象に尽力
 の二段重ね事象という不可思議な事態になる)
 ◎D[・/r]e[r]u:書ける、→再度、可能化するのはダメである。
  →×D[・/r]e[r]e[r]u:×書けれる、×書けれろ、×書けれてる、
 〇D[・/r]are[r]u:書かれる、→再度、可能化するのはダメである。
  →×D[・/r]are[r]e[r]u:×書かれれる、×書かれれろ、×書かれれてる、
 ◎D[・/r]e[r]u:考えれる、→再度、可能化するのはダメである。
  →×D[・/r]e[r]e[r]u:×考えれれる、×考えれれろ、×考えれれてる、
 〇D[・/r]are[r]u:考えられる、→再度、可能化するのはダメである。
  →×D[・/r]are[r]e[r]u:×考えられれる、×考えられれろ、×考えられれてる。
・蛇足ながら、◎D[・/r]e[r]u、と〇D[・/r]are[r]u、を比べて判るように、国
 語文法で◎「ら抜き言葉」という呼び方は見当違いで、本来は〇「ar」を連結して
 結果の視点を表すか、◎e[r]u、により動作完遂の可能を言うのか、の違いなの
 だ。 ◎e[r]u、を四段動詞にだけ認めて、一段動詞で禁止するのは国語学の完
 全な思考停止である。(四段も一段も可能態を認めてよい)
 (考える:語尾のe[r]uは、一段活用の完遂への尽力動作を表す。古語に遡れば
 考ふ:kamuk[]af[]u→kang[]af[]e[r]u→kangae[r]u、と変化してきた
 動作動詞で「考ふ:くり返し問う」の意味で、可能の意味はない。だから、
 考えれる:kang[]af[]e[r]e[r]u、ではじめて、動作完遂可能を表す)

③汎用的に使える機能接辞(自他交替接辞、態接辞、活用形から巣立独立した接
 辞など)の統一的・深層的な意味を探り出す。
★受動態接辞は、受け身、可能、自発、尊敬の意味があると一般的に言われている
 が、一つの接辞は一つの深層意義があり、深層意義は二つ、三つではない。
★可能態接辞は、自他交替の機能(しかも自→他、他→自、の両側交替をする)や
 動作可能、自発、已然形巣立独立動詞、など多義的な機能であるが、一つの接辞
 は一つの深層意義があり、深層意義は二つ、三つではない。
★他の接辞も多義的な機能であるが、一つの接辞は一つの深層意義があり、深層
 意義は二つ、三つではない。
〇現在の国語学、学校文法、国語辞典は、「接辞の切出しができない」、「一つの接
 辞の多義性に注目するが、共通の一つの深層意義」を感じ取れないでいる。
〇音素分析の立場でも「共通の一つの深層意義」を探し求める必要性に気づかな
 ければ、新しい文法は生まれない。
(態接辞の深層意義を解説した図表が、態文法:日本語を研究するための道具3続
にある)
・一般人の希望はこの位置で止り。 夢や仮定想定を語れるが、語らえる時代は
 未だか。

 以上、ここで連載回を打ち止めにする。

態文法:動詞活用形から巣立つ独立動詞2

2018/06/24(日)

 前回では二段活用において派生する独立動詞を説明した。
・終止形+「る」→連体形の派生、(連体・已然・に限定して使用した)
・連用形+「る」→母音語幹動詞、(iru型/eru型母音語幹動詞:巣立てる)
・已然形+「る」→可能態動詞、(eru型母音語幹動詞:巣立てる)
〇巣立てる連用形由来の母音語幹動詞は、一段活用形を生み出す効果を発揮
 した。(二段活用動詞に対する古代人の窮余の初期対処法がすばらしい)
〇また、巣立てる已然形由来の母音語幹動詞は、可能態動詞を生み出す効果を
 発揮するが、二段動詞経由の可能態動詞を「ら抜き」扱いする風潮が100年
 続いてる。
この風潮は日本語の発展を著しく妨げるものだから、中途半端な理解でなく、
意味を完全に体感してから自身の文法に組み入れてほしい。
以上が前回の要旨。

2.「活用形は動作相:アスペクトを表す」と説明すべき
 大多数の動詞活用形を考察するのに都合のよい「規則活用:四段/一段」表を
参照しながら説明する。

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〇当態文法では、「動詞活用形が動作相:アスペクトを表す」と説明する。
 ・連用形:→動作進行相(中止法は進行相の一部)として使用することが多い。
 ・已然仮定形:→動作完遂相(動作成就に尽力)として使用することが多い。
(二段活用では、不活発な動詞終止形を無理やり活用させるために「i音:連用、
 e音:已然」を付加して連用形を作り出した)
〇未然形には、2つの顔があり、正面向き(アスペクト)の顔が、
 ・未然形:→「あ音」は動作相を連想させない唯一の音として古代から扱うが、
  未然の名にふさわしい動作相:→打消:D[a/・]nai、意向推量:D[・/y]oo
  だけを配置する。
  (古語での意向推量は、D[a/・]mu、読まむ、起きむ、「あ」音付きだった)
〇未然形のもう一つの顔は、比喩で言うと舞台向き(態・ボイス)の顔で、
→・未然巣立ち形:舞台上で、演者、道具、観客が動作機能を繰り出し合うように
 「自他交替動詞、態動詞、新造語などを派生させ」原動詞に新しい接辞の機能を
 付加させる、という文法空間の巣箱である。
〇未然巣立ち形:自他交替、態動詞、新造語にも「あ」音を当てる傾向がある。
  (古代より意図も偶然もあって「あ」音を当てたのかもしれない)
★音素分析で「動詞語幹」に接辞を連結すると表現できるが、かな分析国文法で
 は「語幹」の表現ができない。(語幹と活用語尾を区切れず、一体表現する)
例:新造語:一般形式。(古代では未然形を狙い、「あ」音を接辞語頭に置いたが、
 強いて言うなら、未然巣立形である)
 D[・/r]af-:住まふ、語らふ、戦かふ、散らふ、/老い痴らふ、:af-反復、継続
  の接尾語。
 D[・/r]ak-:曰く、願わく、望まく、/老いらく、甘やかす、脅かす、:ak-名詞
  概念化、無律:ak(他動詞:as)化。(ク語法)
例:態動詞:接辞語頭「あ」音なので未然形に勘違い。未然巣立形とすべき。
 D[・/r]ar-:書かる、飲まる、/見らる、食べらる、:ar-動作結果を表す接辞。
 D[・/s]as-:書かす、飲ます、/見さす、食べさす、:as-動作強制を表す接辞。
(D[・/r]e-:書ける、飲める、/見れる、食べれる、 :e-已然巣立・動作完遂の
接辞。完遂のため相互に助け合う、自然が適合するのが条件。可能態である。
可能態だけが「あ」音始まりでないから、国学文法では正当な評価ができない?)
 D[・/r]are-:書かれる、飲まれる/見られる、食べられる:are-受動接辞。
  動作結果との相互・自然の関与態応の状態を表す接辞。
 D[・/s]ase-:書かせる、飲ませる/見させる、食べさせる:ase-使役接辞。
  動作強制し、完遂のため必要なら相互に助け合うことを表す接辞。
例:自他交替:接辞語頭「あ」音以外も加わり、自動詞-他動詞の対向関係が強い。
 日本語の動詞は自他交替を原動詞:Dから接辞交替で行う。12通りの交替形が
 ある。簡略的に「動詞語幹:Dと接辞だけ」で自/他を表示すると、次の通り。
 ①Dar/Du:②Dar/Der:③Du/Der:④Der/Du:
 ⑤Der/Das:⑥Drer/Dsu:⑦Du/Das:⑧Dir/Das:
 ⑨Dir/Dos:⑩Dru/Dsu:⑪Dru/Dser:⑫Der/Day:
・原動詞語根が母音末だと、接辞が子音語頭である。⑥、⑩、⑪、が母音末語根
 動詞だと判る。
・自他交替形で一番多いのが②形式で、始まる/始める、決まる/決める、変わる
 /変える、伝わる/伝える、曲がる/曲げる、など、結果態と可能態の対向配置
 で自他交替を感じてるわけだ。
・国語文法では、未然形、未然巣立形の区別に無関心であり、活用語尾で「あ」音の
 もぎ取り、接辞の異形態(る/らる、す/さす、など)に対する無関心、方便の正
 当化が続いてる。 音素分析ならば、無関心のまま見過すことはない。

 今回のまとめを記述する。
〇動詞活用形の並び方は動作相:アスペクトを反映した構成である。
→現代口語の(四段/一段)規則活用では、已然形が仮定形の名称に変ったから、
 已然形の意味合いを可能態のなかに込めておきたい。
★未然形には、打消、推量勧奨の活用形(通常の未然形)のほかに、未然巣立形が
 ある。音素分析では、「語幹」形と言い表せるが、かな分析の国語学では「語幹」
 を言い表せず、(四段)母音交替前の語根、(一段)接辞添加前の語根、の形態を
 →未然(巣立)形と(仮称)する。自他交替接辞や態派生接辞が連結する形だ。
★禁止事項がある。已然仮定形で、動作成就・完遂を仮定し想像する機能を使っ
 たうえで、「る」音付加して事象化や独立動詞化してはいけない。
例:可能:行ける、の先を仮定し想定する場合:→行けれ・ば、の表現はOKだが、
 ×仮定形+「る」:→行けれ「る」、はダメ。二重可能の「れ足し」間違いになる。
 「行ければ、、、行ける」、「行ければ、行く」でよい。
 (つまり、仮定事項に軽々しく「る」付加して事象化、独立化すると、「できるをで
 かす」ような気がして、解釈が混乱するばかりで、ダメということなのだ。
 可能態では「するを尽力できる」が正直な論理展開なのだから)
〇見れる、食べれる、来れる、などの可能態は、問題なくOKだと、高校生くらい
 なら考えれるはず。「考えれる:尽力動作」と「考えられる:結果対応」の意味の差
 も十分に解釈できるはずだと期待する。
・二重可能の禁止事項と「ら抜き言葉」の関係は、次回の態派生で触れる。
(つづく)


態文法:動詞活用形から巣立つ独立動詞1

2018/06/21(木)

 動詞活用形の概念は、国語文法(学校文法、音節・かな分析)の伝統的な動詞分析
方法であり、簡明な文法法則で動詞構造や意味を説明できる。
だが、動詞構造を「かな単位」でしか分析しない簡易な文法では、動詞語幹の切出
しも便宜的・方便的な工夫により変則的な動詞活用表を編み出すしかなかった。
(問題は便宜的、方便的、変則的な文法に満足するばかりで、不満だと誰も感じ
ない状態に陥ってること)
 正確な音素構造に分解する方法は、動詞活用形を「ローマ字つづり」で書き下せ
ば、最小の「音素単位」で分析できる時代なのだから、それにふさわしい文法則を
工夫して国語文法を補強していくべきだろう。
(問題は「音素分析」による新法則で学校文法の何を補強するのかに懸っている)

<音素分析:当ブログ態文法>
 学校文法に欠落する視点に対して、音素分析で見つけた新法則で補強すべき項
目を列挙する。
①動詞活用形から巣立って独立動詞になる仕組み、機序について説明すべき。
②「活用形は動作相:アスペクトを表す」と正確に説明すべき。
③動詞の態派生について正確で清雅な説明をすべき。
という、抽象的な表現ではあるが、日本語の動詞活用の根幹に関わる法則を提起
したい。
 この3項目については思考実験の形式でブログ記事に投稿してきたが、今後は
きちんと整理した態文法の基本にしたい。古語時代と現代を何度も往復し、文法
を平準化するという感覚で、先行研究の国語文法と音素文法を相互補完させたい
と思う。

1. 動詞活用形から巣立つ独立動詞

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 動詞活用形について記述する。(動詞活用変遷の図表参照)
動詞の活用には、古代より四段活用、(三段活用、)二段活用、一段活用があって、
〇四段活用:動詞語幹が子音末であり、古代から現代まで安定な形式を保つ。
 かな分析:活用語尾音が「あ、い、う、う、え、え」と母音交替する型式という。
 音素分析:「a、i、」は[挿入音素]、「u、e、」は機能接辞である。安定な形式。
・終止形、連体形を中心に連用形(進行相)と已然形(完遂相)が母音交替で実現。
(三段活用:現在では「来る、する」の不規則動詞2つ程度。ここでは省略)
〇二段活用:語幹は子音末だが、特定の母音交替しか通用せず、語幹に、i音また
 は、e音を付加した音節形態にして活用する。
・連体形は終止形に「る」を付加して独立した動詞形を派生し、已然形にも適用さ
 せる。独特な形態だが、古語時代から始まる法則で、簡略動詞:サボ「る」、けち
 「る」、ググ「る」などの生成原理につながるもの。
・近世に近づき終止形が連体形と同一化し始めると、連用形に「る」付加した独立
 動詞形を終止形にする動きが始まる。

〇一段活用:二段動詞の語幹にi音、e音を組み入れた母音語幹動詞が急速に定着
 して一段活用化が進んだ。
・最下段の規則活用表に四段/一段を共通形式で示す。[挿入音素]で段差を吸収
 するから、已然形、命令形(省略音あり)まで、段差なしの同じ接辞形態になる。
・一段活用では、終止形以後に[r]が挿入されるのは母音語幹に「る」付加で独立
 動詞化するからだ。
 (かな分析:終止形以後「る」を付加する並び形式を接辞添加の型式という)
・また、已然形に「る」付加で独立動詞化するのが「可能動詞」であり、四段/一段
 ともに本質的に正当な可能動詞、可能態である。
 (国語文法は四段動詞の可能態しか認めない。100年の遅れ?)
・已然形は、「すでに然る、つまり完遂努力を(想定)すること」が基本の意義だか
 ら、書け「る」、落ちれ「る」、投げれ「る」の意味は「動作を完遂できる」であり、
 何も異議が出るはずがない。一段活用動詞も可能態、可能動詞になる。
(現代口語では已然形を仮定形と呼ぶが、基本原理は何も変っていない。
 古語時代からの已然概念を見失ってはもったいない)

〇規則活用の已然形:D[・/r]e[r]uの接辞:e=可能態接辞:e-である。
 次の動詞はすべて接辞:e-を含み、深層で「動作を完遂する」という共通の意味
 ・機能を持っている。
例:集める、かぶせる、受ける、立てる、割れる、逃げる、倒れる、通れる、通せる
 、見れる、見せる、着れる、着せる、乗れる、乗せる、任せる、果せる、寝れる、寝
 せる、、、
・「立てる、割れる」など自他交替で自→他/他→自の両反転があり不思議に感じ
 る時期を早く通過してほしい。共通の「動作を完遂する」を経由しての自他交替
 があるだけだと強く感じてほしい。
・可能態動詞の動作律仕方を「互律動作」と命名する理由は、動作を完遂する途上
 で主体と他者、対象との相互間で動作共有の瞬間・兆しが生じるからである。
(原形が古語の、集む、受く、逃ぐ、などもあるから、それを考慮に入れると分か
りやすい。古代から日本人は動作共有の瞬間を共感しながら已然形を使ってきた
はずだ。だから、対人他動詞の可能態:見せる、着せる、乗せる、任せる、寝せる、
などをじっくり吟味すると他者との動作共有の感じを体得できるだろう)

(つづく)

態文法:「なぜ日本は強いと思われますか」

2018/06/15(金)

 <引用:スポーツ報知のネット記事:06/08 01:33>
   ロシアW杯に臨むFIFAランク61位の日本は8日、同6位のスイスと
  同国・ルガノで親善試合を行う。7日は試合会場で前日会見が行われ、
  西野朗監督が出席した。
   地元メディアからは「なぜ日本は強いと①思われますか」と珍質問が
  飛びだし、指揮官は「誰に②思われているんですか。質問された方が
  ③思われているのですか」と戸惑いながらも「日本はW杯に連続して出場
  している現実はある。アジアのサッカーを牽引しているので自信を持っ
  てW杯に出場したい。ただ、これがW杯でチャレンジしてもある程度で
  拒まれている歴史も認めないといけない。W杯の中では十分には実力を
  発揮できず、なかなか認めてもらえない現実もあるのも事実」と冷静に
  答えていた。
 <引用おわり:①②③印は当ブログで付記す>

→(感想)
 珍質問ではなく、「日本は強いと思われる理由はなんでしょうか」という
 生な質問を、日本語らしく「なぜ日本は強いと思われますか」と表現した
 のだろう。日本人でなくてこの表現ができたのだからびっくりします。
 (日本チームが調子を上げていれば、西野監督も戸惑うことなく応答でき
 たはずだ)
→まず、記者会見の受動態:「思われる」の使い方、解釈について、文章上
で考察しておきたい。
①思われ(ますか):通常の会見で質問文形式であれば、受動の尊敬表現の
 「あなたが(思考結果として)思われ・て・るのか」を意味します。
 (思われますか:動作事象・基本相で質問する点も正当手順である)
②誰に「思われ・ている・のか」:受け身の表現と解釈すると、誰に思われ
 るのかを詮索し出すか? (~ている:動作進行相で質問を感じたらしい)
③質問者が「思われ・ている・のか」:質問者に対しての尊敬表現では
 なく、質問者を②誰のうちの一人として想定した言い方で、「質問者に
 思われて」という受け身表現も兼ねたものなのだろう。
戸惑いながらも、受動態の意味するところを冷静に分析しながら、正しい
表現・思考結果を披歴する応答を行った。その点は論理的な判断ができる
人だろう。

 では、当ブログ態文法を活用して、受動態の本質を解明してみよう。
<音素分析:構造>
 当ブログ態文法での、受動態生成の方法を説明する。
〇態の派生原理は、動詞語幹:Dに[挿入音素]をはさんで態接辞を連結する。
 語幹の子音末/母音末の差を[挿入音素:連結母音/連結子音]で調音し
 態接辞の子音語頭/母音語頭に順応する構造である。
〇受動態の一般形式:D[・/r]ar[・/r]e[・/r]u→D[・/r]ar[・]e[r]u。
 子音幹 思う→思われる:omow[・]ar[・]e[r]u→omowareru、
 母音幹 考える→考えられる:kangae[r]ar[・]e[r]u→kangaerareru。
〇受動態接辞:are-の構造は、上に示すように結果態:ar、に可能態接辞:e-
 が連結した二段階の派生である。

<音素分析:意味>
 態の接辞を異形態でなく同一形態で示せるので、意味も統一して明示できる。
〇可能態接辞:e-は、動作完遂への動作相を表し、完遂に必要なら相互に助力し
 合うことを意味する。(動作律仕方を「互律動作」と定義する)
〇結果態接辞:ar-は、古語、文語での受動態を意味する接辞であり、文字通り
 動作の「結果がある」という状態を表す。 「ある」→ある、生る、在る、有る、の
 すべてを内包する意味であり、「過去、現在、未来の動作結果」に対しても有効
 である。(動作結果は主体・客体・対象に対し等距離の関係で態応を律するから
 、律仕方を「果律動作」と定義する。動作結果からの視点なのだ)
〇受動態接辞:are-は、古語、文語でも(結果態の)連用形として使い込まれ
 た形態で、意味は動作結果の完遂に必要なら助力することを意味する。
 単純に、動作結果の完遂による誘発事態に振り回されることも意味する。
 (受動態の律仕方は「果互律動作」と定義する。動作結果からの視点なのだ)

→態動詞の動作律仕方の定義を記述した。(態には三系四態がある)
 三系四態=12態動詞の深層核心の意味を正確に覚えるために、「律仕方」の
 概念を考えたものです。参考の補完に三系原形態3つを追加しておこう。
①能動系・能動態:一般形式:D[・/r]u、
 自律動作→自己の意図で動作する。(自他動詞ともに)
②強制系・強制態:一般形式:D[・/s]as[・]u、
 律他動作→動作を指示し、他者に服従・自律動作をやらす。
③使役系・使役態:一般形式:D[・/s]as[・]e[r]u、
 律他互律動作→律他動作を指示し、完遂に必要ならば手助けする。
〇この3律仕方と上段の可能/結果/受動の3律仕方を組み合せれば、
 すべての態動詞の律仕方が区別して完全理解できると思われる。

態文法:派生/複合?:継続助動詞:afu

2018/06/05(火)

 古語辞典に継続の助動詞:あふ、afu←合うの原意、が付録一覧表に載る。
(掲載の助動詞形態は:ふ、であり、未然形に連結するとある)
造語例は上代にあり、住まふ、語らふ、戦ふ(叩く+合う)、散らふ、など、継続し
た動作を意味する単語(四段活用)が見つかる。
動詞:あう(合う、会う、逢う、和う、敢う、饗う、の原意)は、自立動詞(四段活用、
下二段活用)でもあるから、通常の機能接辞とは違いがある。
 では、この助動詞をかな分析/音素分析で詳しく調べてみよう。

<かな分析>
四段動詞:住む、語る、たたく、散る、の動作継続を表現するのか、くり返し動作
の事象としての表現なのかで接続様式が異なる。
・動作継続:連用形(住み、語り、たたき、散り、)[+]あふ、の連結(複合の単語)、
 →連用形「住み合う、語り合う、たたき合う、散り合う、」、動作のくり返し。
・事象継続:終止形(住む、語る、たたく、散る、)[・]あふ、の連結(派生、造語)、
 →終止形との連結では語尾:う音と接辞語頭:あ音が母音直結する結果、調合さ
  れ、う音が落ちて、「住まふ、語らふ、戦ふ、散らふ、」という新概念の動詞にな
  る。
(未然形(住ま、語ら、たたか、散ら、)[・]ふ、と解説する辞典も多いが、この説明
は、二段活用(、一段活用)動詞に適用できないし、その造語例もないから不適当
で、発展性もない。この接辞:afuは特定の動詞語幹と連結して継続意味の新造語
を作るのに使われたもので、接辞の役割は済んでいるようだ)

<音素分析>
 古語辞典に継続・繰り返しの助動詞:ふ、とあるから、普通に検証すると、
〇助動詞:ふ、未然形を認めて連結するならば、
・一般形式=動詞語幹[a/・]機能接辞、で表せる。
 子音幹:D[a]fu→住まふ、語らふ、戦ふ、散らふ、
 →子音幹動詞・未然形の条件なら成立する。新造語である。
 母音幹:D[・]fu→?見ふ、?食べふ、?似ふ、
 →母音幹動詞では意味をなさない。 (接辞形態が「ふ」ではダメ)
〇接辞を:afu、あふ、と見直し、母音語頭の接辞に対応すると、
・一般形式=動詞語幹[・/r]afu、で表すのが通例の派生形式だ。
 子音幹:D[・]afu →住まふ、語らふ、戦ふ、散らふ、
 →子音幹で未然形を考慮しなくても新造語が成り立つ。
 母音幹:D[r]afu →?見らふ、?食べらふ、?似らふ、
 →しかし、母音幹動詞で意味が成立しないので、別の考察が必要だ。
〇接辞:afu、あふ、を、自立語:合う、会う、と見なして、
 (子音幹)派生/(母音幹)複合、の変則的な連結様式と考えると自由度が益す。
・一般形式=動詞語幹[・/+]afu、という文法的無音の[挿入音素]を想定する。
 子音幹:D[・]afu →住まふ、語らふ、戦ふ、散らふ、
 →子音幹で新造語が成り立つ。(未然形を考慮しなくてよい)
 母音幹:D[+]afu →見合ふ、食べ合ふ、似合ふ、
 →動作連用の意味合いで、見合い、食べ合う、似合うなどの複合語を生成した。
(古語での造語用例で助動詞扱いであったが、現代口語では接辞として常用は
していない)
〇念のため、連用形で接辞:afu:(自立動詞)との複合を想定し一般化すると、
・一般形式=D[i/・]Ø[+]afu、で考察できるから、
 子音幹:D[i]Ø[+]afu、→住み合う、語り合う、たたき合う、散り合う、
 →動作状態の継続、交互くり返しの描写ができる。
 母音幹:D[・]Ø[+]afu、→見合ふ、食べ合ふ、似合ふ、
 →同様に動作状態の継続、交互くり返しの描写ができる。
(古語での造語用例で助動詞扱いであったが、現代口語では接辞として常用は
していない)

 以上のように、かな分析と音素分析の比較検証を細かく展開すれば、音素分析
の方法が有利だとわかるはず。 特に、動詞派生の場合には、一般形式の表現を採
用することで子音幹・母音幹の両動詞を一度に検証できるから、接辞の汎用性の
有りか、無しかも自分で確実に感じとれる。
また、古語や現代語に対して一貫した音素分析の方法が適用できるから、文法の
効力も実感できる。

態文法:改訂版構想メモへ

2018/05/29(火)

 初版で未解決と感じてた部分も古語文法を現代視点から解釈すれば事の次第が
見えてくると確信できた。そこで改訂版を準備したいと考えて構成を検討し始める。
ホームページに態文法改訂構想、の形で思考メモを載せた。(随時更新する予定)

 この構想メモの「まえがき☆駒」二枚目に記すように、
・日本語は、文字の面からも発音の面からも文法の面からも「二つの面」を並行し
 て持つ、いわゆる「並行世界:パラレルワールド」を体現した言語体系なのだと
 実感した。
(時枝誠記「国語学言論」の「詞/辞=客観/主観」の記述を読んで、一瞬、並行世界
が脳裏に浮んだが、汎用化した具体構図の概念に固定できず悔しい思いが残った)
〇かな/漢字の併存、漢字音読み/訓読みの併存、文語文法/口語文法の併存、
 かな音節分析/ローマ字音素分析の併存などが、ほとんど非協力的に並行併存
 してるのが現状だ。(発展のためには協力的な併存を進めるべきだ)
・たとえば、「かな」は、表音体系だが音節単位の「かな」表現であり、「ローマ字」の
 ような音素単位の「kana」表現へと深めることができない。

〇文法研究では、形態変化する用言の解析に限ってでもよいので、ローマ字音素
 解析をしておくという並行感覚が必要であろう。(望遠鏡:「かな」分析のままで
 、顕微鏡の役目を果そうにも「kana」発見は無理なのだ)
〇宇宙の実体を解き明かすのに、時空の相対論・重力論と極限の量子論が協力的
 に併存(統一)する必要があると言われる。
・日本語の発展のためには、「かな」と「kana」の協力的併存を成し遂げる必要が
 ある。これを目指した改訂版を心がけよう。

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