« 2014年2月 | トップページ | 2014年4月 »

2014年3月

2014/03/15

日本語動詞:「態の双対環」で蘇る伝承文法6

2014/03/15(土)

(1)使役受動態をもう一度見直す

 前回、使役受動態と強制受動態の違いについて考察しました。
○使役受動の形態:「泣かせ・られる」が一語でありながら、(泣かせ:強制性/られる:能動性)の表現で、ぎくしゃくした語感になりがちです。
○強制受動の形態:「泣か・される」なら(泣かs:強制性/される:強制結果を見すえる視点)で、連続した感じの表現です。
○「態の双対環」方式では、使役受動態を使わず、強制受動態の利用を勧めたい。と記述しました。
・今、思考実験を続けるなかで、「強制態の双対環」の補助として「使役態の双対環」も正当に解釈するほうがよいと感じ始めたところです。

(2)動詞語彙の態から見直す

 そこでもう一度、動詞全体の態を考察してみます。
○動詞の語彙的「態」を調べるには、「自動詞・他動詞の対構造を生成させる助動詞接辞」を正確に把握する必要があります。
○動詞の文法的「態」を調べるには、能動・受動・使役の接辞を正確に把握する必要があります。
○能動態にはすべての動詞接辞が含まれます。受動には結果:-aru、可能:-eruが含まれます。
使役には強制:-asu、可能:-eruが含まれます。
○これら文法的「態」に必要な接辞が、語彙的「態」のなかにすべて盛り込まれています。
○図を添付します(図解参照)
Photo
・語彙的「態」には、自動詞と他動詞が相互に対を形成するに必要な接辞がすべてそろっています。
・文法的「態」については、羅列的に主要な態接辞を並べました。
・「学校文法」や国語辞典などで「強制態」を取り上げないので残念です。能動態と強制態は「自分がやるか/他にやらせるか」の違いだけで、両者は相似的、並行的な構成になっているのです。

(3)可能受動態と使役受動態も相似性あり

 図解の後尾に「可能受動態」と「使役受動態」に対する注意書きをつけました。
○能動系の「可能受動態」と強制系の「使役受動態」(強制可能態+受動態)は、相似的な形態で文法的な機能も似ています。
・使役態自体が強制動作の意味合いに限定され、「使役態の双対環」が例外なく成立します。
・「可能態の双対環」は動詞の性質に左右されて一部成立しない場合があります。

○「可能受動態」は、語彙的「態」図に示した(-eru)接辞をもつ動詞を受動態表現する場合に必要となります。
・(-eru)を含む自他対は、
 -eru→-u/-eru→-asu/-eru→su/-aru→-eru/-u→-eru
 の5つ対があります。
○このうち、「-eru→-u」形式の対については「可能受動態」が意味不明の表現になってしまいます。
・折れる:の受動:×「折・れ・られる」
・割れる:の受動:×「割・れ・られる」
・焼ける:の受動:×「焼・け・られる」
○無理やりの受動態表現だという印象です。
・これらは単純に他動詞の受動態(自動詞化)で表現するほうが自然です。
(「折られる/割られる/焼かれる」:他受=自動詞化)
○同じ理由で「可能動詞」を受動態にすると意味不明になります。
・読める:の受動:×「読・め・られる」
・書ける:の受動:×「書・け・られる」
○可能受動態が成立する(-eru)動詞類は、「己がする」動作が明確なもの:
・隠れる:の受動:「隠・れ・られる」
・倒れる:の受動:「倒・れ・られる」
(受動態による可能表現か、迷惑受身かもしれない)
○他動詞ならさらに語感がはっきりします。
・あげる:の受動:「あ・げ・られる」
・曲げる:の受動:「曲・げ・られる」

(4)使役受動態のぎくしゃく語感

○使役受動態も強制系他動詞からの可能受動態ですから、強制動作の意味合いは明確です。
・逆に「強制動作」の意味合いが強すぎて、(-eru)形態の使役受動態では、語感に違和感が生じます。
○ぎくしゃく感→意味の明瞭感
 使役受動態 → 強制受動態
 泣かせられる→ 泣かされる
 立たせられる→ 立たされる
 任せられる → 任かされる
 飲ませられる→ 飲まされる
 食べさせられる→食べさされる
 殺させられる→ 殺さされる
 考えさせられる→考えさされる
 聞かせられる→ 聞かされる
 開かせられる→ 開かされる
○「受身」表現ならば例外なく強制受動態のほうがわかりやすいですね。使役受動態のぎくしゃく感は
・「使役受動態」の接辞構造が示すように
 「泣かせ:強制性」と「られる:能動性」が連結されるため、聞手にとっては、「強制受身」なのか、「強制者の能動意図」なのか瞬間的には判断に戸惑うからでしょう。
○「使役受動態」後半接辞が「能動性」なので、否定形にすると「能動性」が効いてきます。
・泣かせ・られない/立たせ・られない/任せ・られない/飲ませ・られない
(受動態に結果の可能を表す機能もあるからですね)
○ただし(使役)受動態の可能表現と、単なる(使役)可能態とは意味に違いがあります。
・任せられる:(くり返し、日常的に任せてもよい))
・任せれる:(この件を任せてみる)
・食べさせられる:(長期にわたり扶養できる)
・食べさせれる:(食事介助できる)

(5)「態の双対環」の種類が増えましたが、それぞれ相似の「双対環」です

 基本の「能動系態の双対環」、「強制系態の双対環」を活用できれば、「可能態の双対環」や「使役態の双対環」も応用できますね。
「結果態の双対環」も部分的にはできるかもしれません。

2014/03/03

日本語動詞:「態の双対環」で蘇る伝承文法5

2014/03/03(月)

(1)「学校文法」が失ったもの

 「学校文法」で失ってしまったものを「態の双対環」で取り戻せたらなあと思いめぐらしています。
「学校文法」で受動態、使役態しか習っていない世代が「態の双対環」方式になじむのに時間がかかりますね。
 そこで、今回のシリーズでは、可能態、結果態、強制態に焦点をあてて、「学校文法」の落し物を拾い直してみたい。
最後の仕上げには、受動態、使役態について考察します。

(2)「使役態」の怪

 前回の「強制態」で記述したように、
・「使役態」は強制態+可能態の合成だと解釈しました。
・「強制態」の出自が文語体の使役態に相当します。
○「態の双対環」方式では、強制系統の「強制態の双対環」を提案しました。
・能動系統の「態の双対環」と相似の「双対環」ですが、直接の接続はありません。
○「学校文法」や寺村本では「強制する」という用語が出て来ますが、「強制態」という概念は出て来ません。
・使役態が合成(強制+可能)であることも深く追跡されていません。

(3)「態の双対環」使役態接辞:+(r/s)as・eru

 「態の双対環」方式では、使役態を(法則として)明示します。
・子音語幹、母音語幹を問わずにすべての動詞を使役態にできます。(形態として可能)
・例:「強制態の双対環」
・強制:休m・asu/使役:休m・as・eru/強結:休m・as・aru/強受:休m・as・ar・eru
・強制:調べ・(s)asu/使役:調べ・(s)as・eru/強結:調べ・(s)as・aru/強受:調べ・(s)as・ar・eru
・例:「二重強制態の双対環」
・二重強制:休m・as・asu/二重使役:休m・as・as・eru/二重強結:休m・as・as・aru/二重強受:休m・as・as・ar・eru

(4)使役態の意味

 使役態(接辞:+(r/s)as・eru)は、強制態と同様に動作を相手にやらせるという行為を意味しますが、「強制行為者」が仲介・受命者に対して「強制を代行させる」場合も含みます。
・動作の強制・使役、動作の許可、動作の放任なども含みます。
・「目を輝・かせて~」など自動詞を構文上の要請で使役態(他動詞化)にすることもあります。

(5)強制受動態と使役受動態の違い

 両者の違いは、前回の後半に追記した説明に示しました。ご参照ください。
(くり返しを避けて、補足だけ記述します)
○「態の双対環」方式では、
・受動態は、自分や他人が行った行為での「動作の結果状態:達成、未達成」を認識して、どう「反応することが可能」か、という構造をしていると解釈します。または、単に「動作の結果状態」に「なるのを開始します」という構造だと解釈します。
・ですから、「結果態」生成がうまくいかないと受動態がしっくりしません。
○「結果態」をうまく生成できるのは、使役受動態よりも強制受動態のほうが勝れていると感じます。
(個人的な感性ですが、次の例で思考実験してみました)

○語彙的「態」の考察です。
・動詞語幹に~s・eruがつく動詞例:かぶせるの場合、
・文語段階では、「かぶる/かぶす」の自他相対だったかも。
○能動:かぶせる/可能:かぶせれる/結果:かぶせらる/受動:かぶせられる
・文語能動:かぶす/可能:かぶせる/結果:かぶさる/受動:かぶされる
両者の「結果態」:かぶせらる/かぶさる を比べると、文語結果態のほうがはるかに結果到達を感じます。
これは「かぶ(s)eru」という音素構成によるものですが、(s)音素が特別な文法力をもっているのでしょう。
(「かぶ(s-)」の段階で「かぶ・す」の存在が想起され、「かぶ(s)e・(r)aru」の(s)音素と(r)音素がぶつかり合うのかもしれません)
○(s)の付かない例:重ねる、終える、受ける。
・結果態:重ねらる、終えらる、受けらる。
・受動態:重ねられる/終えられる/受けられる。
・どれも結果到達の感じが十分あります。
(重ねらるの場合:かさne・(r)aru: かさね以外に重複単語は想起されません)

○語彙の階層でも、(s)音素と(r)音素が態接辞として同時配列されることに「大きな抵抗」があるようです。
・もちろん、「かぶせる/かぶす」が完全同義か、「かぶせらる/かぶさる」が完全同義かどうかを考証するわけではありません。(s)/(r)同時配列する場合の聞取り感覚の問題です。
・自他相対の語彙では、動詞語幹+aru:自動詞(結果状態)/+eru:他動詞(行為動作)の音素組み合せが一番多い。おそらく、「かぶ(s)e・(r)aru」→「かぶ(s)aru」や「重ねらる」→「重なる」も伝承文法として定着していただろう。(行為の結果と結果状態との対応関係)

○使役受動態の接辞構成が(強制+可能)+(結果+可能)ですから、「強制を開始してその結果の状態が開始になる」という解釈になります。(「態の双対環」方式では推奨しない接辞構成です)
・強制受動態の接辞構成は(強制+結果+可能)であり、「強制の結果の状態が開始になる」という解釈でしょう。
○強制態では語幹に(s)音素が必ず付きますから、使役態を直接的に受動態接辞付きにせずに、強制受動態に転換する方法がよいと思います。
・強制態、使役態の場合は、「泣・か・せ・られる:使役受動」と「泣・か・される:強制受動」が同義に近いことが要求されます。
・さらに重要なのは、一語のなかでの「話しの視点」を比べると、使役受動はふらついていますが、強制受動はふらつきません。日本語では一つの文中で視点をふらつかせないのが原則ですから。
○「一語のなかで視点がふらつく」というのは、「泣かせ:強制性」+「られる:能動性」の合成状態を考察してのことですが、あくまでも行為者(仲介)側の視点です。「視点は一定で、視線がふらつく」という?べきでした。

« 2014年2月 | トップページ | 2014年4月 »