日本語文法:『曲がり角の日本語』水谷静夫4
2014/05/12(月)
(7)さらに戻って「使役態」を再度究明する
水谷本の記述を読み返しながら、国語学者の使役態への理解の薄さが非常に気にかかります。
(第1章18頁)
○辞書の改訂には、日々の用例集めが大事なことだという。
以下引用:
・例:司馬遼太郎『坂の上の雲』文春文庫1288頁:→訂正:第1巻288頁
** 旧藩が鳴雪に期待していたのはその士大夫(したいふ)としての素養や精神をもって書生たちを感化せしめることであり
**
「書生たちを感化せしめる」でなく、ここは「書生たちを感化する」ではないでしょうか。
「書生たちを感化せしめる」と言うと、書生が他の人間に感化を及ぼさなければならなくなります。
書生を使って他に良い影響を与えさせた場合だけが「感化せしめる」ですから、ここは「感化する」なんです。
司馬さんはこういう勇み足をよくやります。特に漢文口調でたたみかけてくる文脈に、この手の誤用がしばしば見られます。
引用終わり:
以下思考実験を始めます。
○水谷本では「感化せしめる」の意味を何ととらえたのだろうか。
・後段で、ここは「感化する」なんだ と修正を入れるからには、
小説文の「感化せしめる」=「感化させる」の意と解釈されたのだろう。(文語体の使役形なので明言しにくいが、「させる」の意味だろう)
○もし「書生たちを感化させる」と解釈したのなら、書生は感化を受けるのであって、感化を他の人間に与える意味ではないはずだ。
○「感化」:影響を受ける/与える の両面をもつ言葉と解釈すると、「書生たちを」感化する/「書生たちを」感化させる のどちらの構文も「書生たちが」影響を受けるのであり、影響を与えることを意味しない。
○もう一度、水谷本の引用:
・「書生たちを感化せしめる」と言うと、書生が他の人間に感化を及ぼさなければならなくなります。
○この点、思考実験では考察しても理由がわからない。
・口語体文法の知識では「感化せしめる」→「感化させる」(この場合:影響を受けさせる)の一段使役と解釈する。
・水谷本では、あたかも、二重使役、二段使役を想定したような解釈ですが、全くの誤解でしょう。
(単純な一段使役です)
・しかも、解決策として使役形をやめてしまい、「感化する」を示します。(これも間違いです)
・司馬遼太郎が「鳴雪が書生たちを感化する」という単純な構図を思い描いたと速断してしまった。
思考実験では、司馬遼太郎のこの例文を次のように解釈します。
○旧藩が鳴雪に「書生たちを」素養と精神で「感化させる」ことを期待したのだ。
・旧藩は「鳴雪が書生たちを感化すること」をさせようと目論んだ ということなのでしょう。
(旧藩から見て鳴雪に動作を強制する一段使役の構文です)
(旧藩が鳴雪を使って「書生たちに影響を与える」ことを目論んだとの見解なのです)
○強制態、使役態の構文は「動作を相手にやらせる」形式ですから、文に登場する人・物の役回りを的確に把握する必要があります。
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