態文法:可能態動詞の成立条件
2017/02/14(火)
前回、鴨長明:『方丈記』(平安後期、鎌倉初期)の一節を引いて、考察した。
>およそ物の心を知れりしよりこのかた、四十あまりの春秋をおくれる間に、世
のふしぎを見ることややたびたびになりぬ。<の連体形:「おくれる」が可能態だ。
・「おくる」間に←なら普通の動詞連体形だが、「おくれる」間に、は、下一段活用
に替わっており、可能の意味では通じない。
〇「おくれる」:已然・既然動作の回顧述懐と解釈すれば語感に合います。
という記述でした。
今回は、この一節の冒頭、「物の心を知れりしよりこのかた」の「知れり」を取り
上げながら、思考を深めたい。
・知る:他四段→知れり:自下二段→知れる:自下一段と変化してきたはずです。
知る/知れり/知れる、で四段動詞から下一段へ変化し自他交替を果した。
〇まず、重要な自他交替の構造を考える。
・知れり=知り+あり=知り+(つつ)あり=sir・i+ari=sir(i+a=e)ri、つまり
=sir・e・ri=知れり、という音韻連結(連声)で「e[r]i」ができる可能性がある。
・知れる=知り+ある=sir(i+a=e)ru=sir・e・ru、で「e[r]u」ができる。
〇動詞の連用形[i]+「ある」が、「える:e[r]u」を生み出した可能性がある。
四段(子音語幹)動詞の連用形に「ある」が連結して、「える」形態ができた。
直接の意味:動作をしつつある「進行形」とか、動作による「変化状況」とかを表
現する機能なのだろうか。已然形、既然形の意味に近いのではないか?
・ちょうど、已然形が仮定形と見なされはじめた時代でもあるから、
「える:e[r]u」が已然形に、「えば:[r]eba」が仮定形に住み分けしつつあったの
かもしれない。
〇ただし、「おくれる」「知れる」が、直接「~しつつある」を狙った派生であるかど
うか強い証拠立てがないであろう。(進行の語感より既然の感覚を引き起す)
・たとえば、「花が咲けり:花が咲き+あり」ならば時間経過にあわせた「進行形」を
想定しやすい。「未然・連用」よりも当然のこと、「既然・進行」の感じがつよい。
★「える:eru」の意味は広いので、ひとまず動詞活用形の実態から考察しよう。
江戸時代には母音語幹動詞の活用形式が、二段活用から一段活用へ収れんする
方向に進み、「終止形、連体形の同形化」、「已然形が仮定形へ」と変化した。
★上二段、下二段の動詞活用を一般式で表記すると、D(子音語根)+(i/e)で
〇D(i/e)~、D(i/e)~、D[]u、D[]uru~、D[]ure~、D(i/e)yo、
となります。
・二段活用が生まれて、動詞表現の幅が広がったが、一般式で見ても終止・連体・
已然の形態が違いすぎるのが目障りになります。
〇ローマ字音素解析が進んでいなかった時代でも、解決策が徐々に広がって行っ
たのでしょう。解決策はつぎの2つです。
(1)母音語尾を語幹に組み入れる:D(i/e)→新たにD:母音語幹と見做す。
(2)四段活用の「終止・連体・已然」形式にそろえる。
★解決結果の一般式は、
〇D[]~、D[]~、D[r]u、D[r]u~、D[r]e~、D[r]e/o、で活用表記でき、
子音・母音語幹を含めたD:四段活用・一段活用を含めた一般式ならば、
★D[a]~、D[i]~、D[r]u、D[r]u~、D[r]e~、D[r]e/o、
という形式で共通表記することができます。
〇例:知る/知れる、忘る/忘れる、(四段/一段)
・知る:sir[a]ない,sir[i]ます,sir[]u,sir[]u-,sir[]eba,sir[]e,
・知れる:知れ[]ない,知れ[]ます,知れ[r]u,知れ[r]u-,知れ[r]eba,知れ[r]o,
・忘る:wasur[a]ず,wasur[i]て,wasur[]u,wasur[]u-,wasur[]eba,
wasur[]eyo,(上代用語。四段:意識的に忘る動作)
・忘れる:忘れ[]ない,忘れ[]ます,忘れ[r]u,忘れ[r]u-,忘れ[r]eba,忘れ[r]o,
〇例:投ぐ/投げる、尋ぬ/尋ねる、比ぶ/比べる(二段:語幹変化/一段:不変)
・投ぐ:投げ[]ず,投げ[]たり,nag[]u,nag[]uru,nag[]ureba,nag[]eyo,
(二段:語幹変化)
・投げる:投げ[]ない,投げ[]ます,投げ[r]u,,投げ[r]u-,投げ[r]eba,投げ[r]o,
(一段:語幹固定)
・尋ぬ:尋ね[]ず,尋ね[]たり,tadun[]u,tadun[]uru,tadun[]ureba,
tadun[]eyo,(二段:語幹変化)
・尋ねる:尋ね[]ない,尋ね[]ます,尋ね[r]u,尋ね[r]u-,尋ね[r]eba,尋ね[r]o,
(一段:語幹固定)
・比ぶ:比べ[]ず,比べ[]て,kurab[]u,kurab[]uru,kurab[]ureba,
kurab[]eyo,(二段:語幹変化)
・比べる:比べ[]ない,比べ[]ます,比べ[r]u,比べ[r]u-,比べ[r]eba,比べ[r]o,
(一段:語幹固定)
★江戸時代で「ひらがな解釈」を道具としていても、
(1)動詞の四段活用のように動詞語幹が固定である状態を良いと認識して、二段
動詞も着々と一段活用化した。(数世紀の間の言語変遷で良い方向へ進んだ)
(2)四段活用の動詞を下一段化すると自他交替機能が働き、効率的に態動詞を
拡大生産できることを発見していた。
(3)特に、四段活用(子音語幹)動詞に「える:eru」を付加して「可能動詞」を生産
できることも発見していた。
(4)しかし、下一段(母音語幹)動詞に「える:eru」を付加して「可能動詞」を生産
するまでに完全に変遷しきれない時期に明治維新がはじまった。
★平成時代の思考実験で、気づいたことを記す。
(1)動詞四段活用の「未然形~命令形」は語幹が一本ですから【直線活用】です。
(2)動詞一段活用の「未然形~命令形」は語幹が一本ですから【直線活用】です。
(3)【四段直線活用】の後尾「命令形:D[r]e」を新しい動詞語幹として、
可能動詞:D[r]e[r]u:が誕生する。【可能態直線活用=一段直線活用】です。
(4)【四段直線活用】と【可能態直線活用=一段直線活用】は並行する複線活用。
(5)【四段直線活用】と【可能態直線活用=一段直線活用】との連続を考えると、当
該動詞の全景が見えるのではないか。
(6)さて問題は、【一段活用】をさらに重複して【一段活用:可能態活用】すること
が成立するかどうかです。
・成立する条件は、最初の【一段活用】の命令形が意味をもつこと。それならば、
つぎの二重化【一段活用:可能態活用】が成立します。
なぜなら、成立する命令に対して「可能/不可能」を可能態動詞で返答できる
はずだからです。
例:命令形「これを食べろ、食べれよ」、が成立するから、命令形に[r]uをつけて
返答「食べれる/食べれない/食べれます・・」となるのが普通です。
可能態動詞として成立します。
(「ら抜き:ar抜き言葉」が論理的であり、かつ合理的である理由です)
例:命令形一回「行く→行けよ」条件成立、「行ける/行けない・・」可能態成立。
二重命令?「行ける→?行けれろ」不成立、「?行けれる/?行けれない」不成立。
(「行けれろ命令動作」とは何? 「れ足す言葉」がダメな理由がこれです)
(つづく)
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