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2018年2月

2018/02/18

態文法:態文法を組み上げる11

2018/02/18(日)

5-6. 受動態:果互律とは
 現代口語文法での受動、使役の形態は、一般形式の例で表記すると、
受動:D[・/r]ar[]e[r]u→D[・/r]ar・e[r]u:書かれる/食べられる、
使役:D[・/s]as[]e[r]u→D[・/s]as・e[r]u:書かせる/食べさせる、
である。 両者とも語尾側に可能態接辞:e[r]uが後続した形態であるが、
もともとの自然感覚で(已然・既然形により結果に到達を)描写すると、
受動:D[・/r]are、:書かれ、/食べられ、
使役:D[・/s]ase、:書かせ、/食べさせ、
の(一段活用の)連用形になり、文語時代にも使われていた。
(下二段活用→下一段活用)
→受動態動詞の律仕方は「果互律」と定義する。(結果接辞と可能接辞の結合)
 (使役態の律仕方は「律他互律」と定義した。使役受動態の律仕方は「律他互律・
  果互律」から短縮して「律他互果互律、または使役果互律」と定義する)
以下、受動態:果互律について説明する。(果律互律を短縮して果互律とする)

★果互律(受動態):とは、動作(の結果)が引き起す事態に登場人物がどんな相互
 反応をするかを描写する。「動作の結果がある」事態になり(果律)、主体、客体
 、対象、物理法則、事理法則、自然法則が何らかの相互反応(互律)をする。
→結果には、目の当りにする動作の収束・完遂そのものだけでなく、動作の結果
 により生じる事態、作成物などのほか、動作の結果実績、業績、また動作の習慣
 、動作の経験などを思い描いて表現する。また、動作目標として予測する結果を
 あらかじめ記述対象にすることもある。
・結果の事態に態応する表現が、受動態:果互律(受身だけではない)であり、他動
 詞だけでなく、自動詞にも受動態が当然に存在する。また、強制系・使役系動詞
 にも可能態、結果態、受動態が当然に存在する。

★言葉の現場:受動態:D[・/r]ar[・]e[r]u:の機能
実例:動作[が]あれる・在れる・有れる、の事態を表す。つまり、動作結果があり、
 それに対する妥当性(経験則、物理法則、事理法則などに反しない)があること
 を暗黙のうちに描写する。(結果に到達するのは理に適っている)
・書かれる:kak[・]ar・e[r]u:→果律:ar[・]互律:e(実績可能・表敬・受身など)
・食べられる:tabe[r]ar・e[r]u:→果律:ar[・]互律:e(実績可能・表敬・受身)
・任される:mak[・]as[・]ar・e[r]u:→律他:as[・]果律:ar[・]互律:e、
 (強制可能・表敬:強制・被強制・強制受身)
・偲ばれる:sinob[・]ar・e[r]u:→果律:ar[・]互律:e(自然発生・表敬・受身)
・降られる:hur[・]ar・e[r]u:→果律:ar[・]互律:e(自然発生・間接受身)

〇態動詞の派生(活用)は、律他:as、果律:ar、互律:e、のような機能接辞を組み
 上げて成立する。それぞれの接辞には固有の意味機能がそなわっているから、
 ときどき意識的に接辞の律仕方を味わいながら解釈するのを勧めたい。
→当ブログ態文法では、「動詞派生を一般形式で表記する方法」を採用してから
 は、[挿入音素]の助けにより接辞の異形態を考えずに、常に一形態で一つの機
 能を表せるようになった。また、逆に「同一機能に同一接辞」の一般形式が成立
 しないと見なされる動詞活用にも、この一般形式を適用してよく調べれば、「同
 一形態の流れ」が見つかることが分ってきた。
実例:可能態と命令形の派生を一般形式で検証する。
 ・可能態の一般形式:D[・/r]e[r]u:kak[・]e[r]u、tabe[r]e[r]u、
 →「書ける」、「食べれる」ともに合理的な派生形態であり、太鼓判を押せる。
  (受動態ならば、「書かれる」と「食べられる」が並行し釣り合う表現である)
 ・命令形の一般形式:D[・/r]e[y]o:kak[・]e【[y]o】、tabe[r]【e[y]】o、
 →「書け」、「食べろ」は一見すると別接辞だが、同一接辞:e[y]oからの省略が
  異なるだけなのだ、とわかる。「書けよ」、「食べれよ」と言うこともある。
  命令の一般形式:D[・/r]e[y]o:として広範囲に試せるはずだ。

・古代、上代から日本語文法の流れには、動詞の何行何段活用方式:「未然形、連用
 形、終止形、連体形、已然・仮定形、命令形」の概念と、態接辞の異形態方式:「る
 /らる」、「す/さす」、「れる/られる」、「せる/させる」の2つが深層にある。
 この2方式は常に「かな音節/ローマ字音素」解析との間で矛盾を露呈する。
→動詞と接辞の連結には、動詞語幹末の子音/母音の差と接辞語頭の子音/母音
 の差に対応した[挿入音素]を挟み込み、「音節の連続性」を確保する連結法があ
 り、原初では日本語文法の深層の深層で「動詞派生の一般形式」がなりたってい
 たのではないか、との思いがある。
〇以下、別連載に進む。

2018/02/11

態文法:態文法を組み上げる10

2018/02/11(日)

 文語文法での態形態を一般形式の例で表記すると、
動作:D[・/r]u→書く/食べるを中心軸にして、受動・使役が、
受動:D[・/r]ar[]u→書かる/食べらる、
使役:D[・/s]as[]u→書かす/食べさす、となる。
受動と使役で挿入音素が[・/r]と[・/s]に交替し、機能接辞がar[]uとas[]u、
に交替する。まさに、「r」と「s」が律仕方の対語要素になり、動作の反対像が写り
こむ鏡像関係にあたる。
★現代口語文法での受動、使役の形態は、一般形式の例で表記すると、
受動:D[・/r]ar[]e[r]u→D[・/r]ar・e[r]u:書かれる/食べられる、
使役:D[・/s]as[]e[r]u→D[・/s]as・e[r]u:書かせる/食べさせる、となり、
両者ともに、可能態接辞:e[r]uが後続派生した形態で使われる。
→可能態派生というよりも、ar→are:已然形へ、as→ase:已然形へ、移行してか
 ら下一段化し独立語化したのであろうと推測する。
・当ブログ態文法では、結果態:D[・/r]ar[]u、強制態:D[・/s]as[]u、として
 「態の双対環」に機能を残す。両者の接辞は自他交替に機能発揮しており現代語
 の動詞でも重要な構成要素になっているからだ。

5-5. 結果態:果律とは
 ・結果態:D[・/r]ar[]u、は動作:Dが収束し、結果の出た状態が事態全体に及
 ぼす影響を表現するもの。「動作結果」が事態を律する、登場人物に引き起させ
 る対応を律する。つまり、構文の主体は、動作主体に限定せず、客体でも対象で
 も成立する。また、動作結果には、自動詞の場合も他動詞の場合も含まれる。
 (日本語の場合、自動詞にも結果態・受動態があるのは、動作結果による果律が
 自動詞の結果にも適用されるからだ)
・日本人の深層心理に基づく「自他動詞の動作結果が事態を律する」感覚、それを
 「果律」と定義した。西欧語を学習すると「受身だけ」を受動態と勘違いし始める
 ので注意が必要になる。(国語文法も受動を所動だけとする傾向がある)
→結果態:D[・/r]ar[]u、受動態:D[・/r]ar・e[r]uのごとく、動詞語幹に機能
 接辞を付加して派生するので、表現する結果状態は過去、現在、未来にわたり
 自由に想定した構文を作れる。(未来の動作結果を予測・推測する表現も可)
〇書かる、食べらる:Dがaru:→主体:Dの実績が有る(実績可能)、(尊敬表現:
 第三者発話)、客体:Dの結果が在る(直接・間接受身)、対象:Dがなされる(受身
 ・自発・習慣・常用)などの構文要素になる。

★言葉の現場:結果態接辞:ar-の由来
→文語文法の受動態:動詞未然形に助動詞「る」または「らる」が連結する、との
 説明があり、「ar」を正確に説明していない。口語文法でも同様である。
・わずかな文法学者が「ある」と解釈するが、なかでも大野晋:国語辞典の記述と
 して「ある=生まれるの意味の生る:ある」だと説明、下一段「あれる」と活用す
 るから、「生る」の適合性が高いと述べる。
→当ブログ態文法では、「ar」を→「ある=合計(生る、有る、在る、ある)」の全部を
 意味する、と広く解釈するのが最適だと勧める。
 事象・動作の結果(動作受身、成果物、自発、実績、周辺影響、など)が「ある」と
 描写する。
→動詞語幹と連結する機能接辞:ar-には、自他交替の機能と態派生の機能が
 ある。結果態の活用法は下一段(已然概念が基礎にある状態)的動詞になる。
実例:D[・/r]ar[]u
・自他交替で独立した動詞:休まる、始まる、終る、重なる←動作が完了しないで
 打消すと:休まらない、始まらない、終らない、重ならない、で表現する。
・結果態動詞:書かる、食べらる、←四段活用で打ち消すと、書からない、食べらら
 ない。これでは動作結果の打消しに感じられない。
 結果態は已然形で打消しする:書かれない、食べられない、これで結果予測に対
 する打消しに感じる。(文語時代から下二段、下一段活用だった)
 (已然状態の想定をすれば、後追いで「生る」に由来を求めずともよいのでは)
→已然形というと、係り結びを想定する風潮が強いが、動作進行形を意味する動
 作相:アスペクトの意味合いが強いのだと優先解釈するべきだ。
 係り結びをやめた現代ではなおさらのこと、思考停止に陥らず、生きた解釈を
 して「已然=動作進行中・完遂に近い」概念を呼び戻したい。

★言葉の現場:機能接辞:ar-の用法
 「ある:ar-]は、在る、有る、生る、ある、を表すが、自他交替と結果受動の態と
 両方の機能がある。
実例:D[・/r]ar[・]ar[・]u、二重派生の場合
・一次派生:D[・/r]ar[]u:休まる、掴まる、の「ar」は、自他交替の自動詞化の機
 能で、動作の目標完了状態を表す。同時に目標完了への自律努力を含む。
・二次派生:D[・/r]ar[・]ar[・]u:休まらる、掴まらる、二次目の「ar」は結果受
 動の態表現になる。
作例1:  「知らぬ間にジャケットの後すそを小さな子に掴まれていた。」
作例2:  「知らぬ間にジャケットの後すそを小さな子に掴まられていた。」
 めったに使わない表現だろうが、どちらも間違いではない。
・両文の意味の差は、原動詞:「つかむ」と「つかまる」の差であり、
 「つかむ=にぎる:自律動詞」→「つかまる=しっかり(身体が揺らがないよう)
 にぎる:自律動詞/=にぎらる:受身・果律動詞」の二通りの解釈ができるが、
 「つかむの受身の受身」=「二重受身の形態」にすると意味不明になるので、
 「つかまられる=つかまるの受身=しっかりにぎられる」と解釈する。
→「同一態機能の二段重ね」には各種あり得るが、「可能+可能」、「結果+結果」、
 「受動+受動」など基本的に意味不明になる。 ただ、強制系、使役系では律他動
 作性が強いのでいくぶん様相が違っている。
 (次回、受動態・果互律で余力があれば検証する)

2018/02/04

態文法:態文法を組み上げる9

2018/02/04(日)

5-3. 能動系四態の律仕方を検証する:
 能動系での互律、果律、果互律を解説する。(強制系、使役系にも通じる)
①能動態:D[・/r]u:自律←自らの意図、意思で動作する。
②可能態:D[・/r]e[r]u:互律←対自・他・物に対し合理的動作を成し遂げる。
③結果態:D[・/r]ar[]u:果律←事象の(収束)結果が事態を律する状態を表す。
④受動態:D[・/r]ar[]e[r]u:果互律←事象結果に対して合理的態応を表現。
→互律、果律、果互律の言葉は新造語、新定義ですから、詳しく説明したい。
 ただ、動詞を一般形式で表記し、一般形式で動詞の意味を考えることに慣れて
 いない方には少し難解かもしれない。しんぱいです。

5-4. 可能態:互律とは
 ・可能態は、原形態動作が進展し、成就する局面になることを表す。(已然状態)
 ・動作主体の動作と対物・対人の動作が互に合理法則に則って成就する局面で
  あることを表す。(已然状態、自他交替、自発交替を結果的に起す)
→可能態は原形態の進展・已然状態を共通に内包するから、主体(と対象:自然界
 とか)が合理的な相互運動量の法則に則れば成し遂げる動作状態となる。
実例:可能態:D[・/r]e[r]u:可能と自他交替、自発交替へと多義になる例
 ・立つ→立てる:可能/他動詞交替:幼児が立てる/看板を立てる。
 ・割る→割れる:可能/自発交替:厚板を割れる/氷が割れる。
 ・流る→流れる:已然(態は替らないが、合理的な動作様態を想定できる)
実例:可能態:D[・/r]e[r]u:書ける、話せる、休める、食べれる、考えれる、。
 ・彼は字が書ける、英語が話せる、仕事が休める:字形や英語の発音が正しい法
  則に従い、また仕事の段取りに無理がないので、それぞれ動作を成し遂げる。
 ・彼は納豆が食べれる:互いの嗜好、嗜好性能に従い動作を成し遂げる。
 ・回りがうるさくて彼は宿題が考えれなかった:場所が不適当で動作に取りか
  かれなかった。(当然、考えらるに到達しないから、動作結果(成果)がない)
→互律:自動詞動作であっても「主体の動作」と「あるべき基本の動作様態」との相
 互関係が合理的か/不合理かはだれでも判定できる。これも互律という。
 ・他動詞、強制・使役では、2者/3者間の相互関係での合理/不合理に関わる。

★言葉の現場:「ら抜き言葉」という概念自体が間違い
→「見れる、来れる、食べれる」なども、已然形態からの必然の発展だから正当な
 可能態として認める必要がある。「ら抜き言葉」という概念自体が間違いだ。
・可能態の形態は:D[・/r]e[r]u、受動態の形態は:D[・/r]ar[]e[r]u、だから
 「ar[]抜き言葉」が可能態であり、一般形式で示すごとく動詞語幹:Dは子音末
 でも母音末でも両方で成立する態動詞だ。
・「ar抜き」の可能態は、已然概念を内包するから、「書ける、来れる、思える、知れ
 る、考えれる、言える」など、動作の進展に密着した描写であり、過去形の描写
 であっても、その時点の動作を回想するのである。つまり動作に密着した描写
 であり、可能態の意味は「ar抜き=結果抜き」の「結果に到達前の可能中の動作
 、またはその状態」を描写するものだ。
(受動態の肝心かなめは、「ar[]付き」の結果状態を明確に描写することにある)
・テレビ放送では取材発言を簡易に文字列化して画面に載せる際、間違った概念
 のまま「ら抜き言葉」を目の敵にして受動態言葉に直して載せるという見苦し
 い不合理作業を続けている。
(文字変換プログラムが現代文法則の不合理を見逃すから、動作に密着した描写
口調を台無しにしている)
→受動態の可能は、動作の結果(成果、受け身、実績)を元にした表現だから、可能
 態とは意味が違う。「ar抜き」を排除せず、「可能中:arなし/結果済:arつき」を
 確実に区別して使うべきである。
・まさに「可能態:互律/受動態:果互律」との定義を広めたい。
 一つ一つの機能接辞には独自の意味機能があるのだから、接辞の有る/無しを
 正確に認識し感じとれるように備えておきたい。

★言葉の現場:可能態・互律をどうしたら感じるか
→互律という概念にたどり着いた経緯を手短に記述する。
・D[・/r]e[r]uの形態のなかで、次の単語類の意味を思考して発見した。
例:見る→見す→見せる/着る→着す→着せる/乗る→乗す→乗せる/寝る→
 寝す→寝せる/似る→似す→似せる、(寄る→寄す→寄せる)、など、共通する機
 能接辞が共通に意味することは何か。
・D[・/r]u:見る/着る/乗る/寝る/似る/寄る:自律動詞。
・D[・/s]u:見す/着す/乗す/寝す/似す/寄す:対他自律?軽い律他?(古語)
・D[・/s]e[r]u:見せる/着せる/乗せる/寝せる/似せる/寄せる:互律だ。
〇D[・/s]u:見す/着す、、の古語時代も下二段で活用し、D[・/s]e-:見せ/
 着せの形態は使われたから、下一段化のD[・/s]e[r]u:見せる/着せる、に
 移行するのも自然だったろう。(文語の已然形がなくなったのではなく、一段化
 して新しい動詞類型として独立したのだと言える)
・上記3種類の語形は、接辞が異なるから意味機能にも違いがあるはずだ、と思考
 する。検証の方法として、各接辞語から受ける語感を頼りに「登場人物」を想像
 すると、
 D[・/r]u:動作者+対象、D[・/s]u:注目者?+相手動作者?+対象、
 D[・/s]e[r]u:上位者(熟達者)+相手(受け)動作者+対象、のような情景が
 見える。
→そこで、互律とは、
・D[・/s]e[r]u:見せる/着せる、→熟達者が相手方を手助けして対象物への動
 作を加える。お互に動作を補完しながら成し遂げる、つまりこれを互律と定義
 したのだ。 相手方が手助け不要になれば、自立して自分主体で、
・D[・/r]e[r]u:見れる/着れる、→未熟者?が自律動作で対象物への動作を成
 し遂げる。未熟者も対象物もお互に必要な作法・法則に則った事態を成し遂げ
 たから可能と言えること。これを互律と定義したのだ。やはり、世間の法則、
 物理法則、事理法則に違反せず遵守してこその可能態であるはずだからだ。
(単に自動詞、他動詞の差異でなく、成し遂げる動作に「できる」と太鼓判を押せ
るには、何らかの法則に合致している必要がある)
★一般形式の利点は、D[・/s]e[r]u:と、D[・/r]e[r]u:を上記のように自然の
 流れで説明できる。ところが、子音末動詞の場合では、D[・]e[r]u:の形態一つ
 しか派生できない。 書ける/読める/行ける/打てる、に対向して探すと、
・強制可能態・使役態:D[・/s]as[]e[r]u:書かせる/読ませる/行かせる/打た
 せる、が、D[・/s]e[r]u:に近くなるが同一ではない。(見せる/見させる、で
 少しばかり意味の差があるように)
 ちなみに、強制可能態、使役態の律仕方をともに「律他互律」と定義した。

→最後に別の形態の互律にも触れておこう。
・D[・/y]ou:置こう/書こう/見よう/食べよう:意思、推量の意味のほかに、
 呼びかけ・勧奨・誘導など対他の動作を誘導する意味の場合は、互律的用法と見
 なせる。勧奨する以上は互律として動いてほしい。
〇だが、命令形の場合、
・D[・/r]e【[・/y]o】:置け【よ】/書け【よ】、命令形:互律でない。
・D[・/r]【e[・/y]】o:見れよ→見ろ/食べれよ→食べろ、命令形:互律でない。
(命令形も書きなさい、食べよ、食べなさいの連用混在が「已然形」応用になる。
 ただし、書け/食べろの命令形は公式的には使いにくい)
命令形は相手の自律を認めないから互律ではないと感じる。

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