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2024年9月

2024/09/30

主要見出し一覧表:

◇主要記事への案内状:
2024/6〜:新著を上梓しました:発展版『日本語の述語文法』
2024/01〜:日本語の文章作文に役立つ「基本構文型」を汎用的に
一行形式で明示した「新手法連載」を(1)〜(7)で提案・解説してあります。
 文法のしくみを可視化できるように工夫を盛り込んであります。
(文法を扱う現場での実践演習の原点に「新手法」を試してほしいです)

年表:主要記事一覧:
webnote:態文法: ◆『日本語の述語文法〜「新手法」で学び取れる〜』(新著PR)

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図表一覧:
◇→表:日本語作文技術基本法
 →表:動詞活用形の概念哲学態の「双対環、マトリクス」図
 →態・用言派生流れ図(完成版)

2024/09/15

「またく心」とは「待ち焦がれる心」のこと


「またく心」とは「待ち焦がれる心」のこと

 日常的に閲覧しているネット上のBLOG:mycontentslabo.comの記事で気になる内容がありました。
そのブログで『丁寧に読む古典』小松英雄の書籍が紹介されています。
『古今和歌集』の中の一句についての解釈方法を考察し解説した部分に目が留まりました。
BLOG:Laboの取り上げ方に従い要点を絞り込み引用すると、

 その一句が「いつしかと またく心を脛(ハギ、フクラハギ)に上げて 天の河原を今日や渡らむ」です。
解説の焦点は「またく心」の意味についてです。書籍では解釈先例と、小松の解釈例を上げています。
・小西甚一:織姫が牽牛のいる方向にまっしぐらに馳せる心情、(抽象概念として世に広まった)
・小松英雄:「またく」の具体的解釈:またぐ=跨ぐ、で天の川を跨ぐにつなぐ意味、に解釈した。
どちらの解釈もしっくりしない。
「まっしぐらに馳せる」が「またく」の意味の真芯を捉えておらず、抽象的なのが多くの俗説も生み出したと言う。
しかし「またぐ:跨ぐ」と解釈するのは、俗説の流れに加担することになるだろうと、閲覧後に感じました。

 『古今和歌集』に触れたことが全くないのだが、新文法を提唱する立場からこの句を解釈すると、
「いつしか(いつか、まだか、いつか)と またく(待[-]ak[-]u=mat[-]ak[-]u=待ち焦がれる) 心を(駆動力=エンジンとして)脛(ハギ、スネ)に上げて(装着して)、天の河原を今日や(自力で会いに馳せ)渡りたい」と解釈するのが自然だと考えます。

 つまり、またく=待つ+ak-(-ak-:古語ク語法の接辞)=待ち焦がれること、これを自分の駆動力にして天空を駆け渡りたいこと、の2点がこの句の思い入れ、ダイナミックな心情吐露ではないか、と思います。

 奈良時代、平安初期には、-ak- 接辞が大流行したようですし、現代でもときに登場します。
古代当時には、見ることmi[r]ak[-]u, することsu[r]ak[-]u, 言うことiw[-]ak[-]u, など大流行の片鱗が岩波古語辞典に残っています。遊ばかすasob[-]ak[-]as[-]u, 脅かすobiy[-]ak[-]as[-]u, 散らかすtir[-]ak[-]as[-]u, 散らかるtir[-]ak[-]ar[-]u, など本格的な態接辞としての使い方が次第に定着してきた様子も分かります。
一句の「またく:待つ[-]ak-」が当時から「待ち焦がれる」を限定して意味したのか不明ですが、前ふりに「いつしかと」があるので「待ちぼうけ」ではなく「待ち焦がれる」状態であるのが分かります。
特に「またく心を脛に上げて」(駆動力にしよう)というからには、「待ちぼうけ」や「待ちわびる」の受律的な意味ではないでしょう。

追記:2024/9/16
 簡単に古今和歌集の「またく心」をネット検索してわかったことを追記します。
・この和歌集は平安時代中期の勅撰和歌集であり、藤原兼輔の詠んだ歌だという。
・七夕の前夜に牽牛がハヤる気持ちを俳諧調子で詠みくだしたものらしい。
・そうすると、またく=mat[-]ak[-]u==「待ち焦がれる」または「待ちきれない」という心情を強調しての和歌でありそうです。

 ネット上では「ク語法」に着目した説明が見当たらないようで残念です。
膠着語である日本語をローマ字つづりで書き起こし、語幹と接辞の膠着方法を解き明かす方法をとることで、かな文字頼りで解釈する国語学を乗り越えて発展できるはずです…

:2024/9/18
 さらにgoogle「またく心」検索結果を見渡すと、令和和歌所wakadokoro.com/blog/見えるか?天の川に、俳諧調子で解釈するなかで「待ちわびちゃって、裾をまくって…」と、待つを見る解釈も見えた。ただ「またく心を脛の駆動力にする論理関係」が見えない。脛をあらわにする滑稽さを駆動論理で言い繕う図が解釈されていないのが残念。今日の検索で分かったこと:当ブログページが検索第一ページ内に現れました。…そして消えました…
:…
 …そしてまた現れました。ありがとう…

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